私、触手ちゃん
アラサーの私、結婚したくて今日、祠を壊します! ~壊したら嫁にしてくれるなんてとても都合のいい話ですね?~ より触手ちゃんです。
可愛い触手ちゃん。
私の名前だ。
優しい手が撫でてくれる。時々、食べ物の取り合いもするけど。
毎日が楽しくて優しくて穏やかで……。
そんな日がいつまでも続くと思っていた。
人に化ける練習を続け、ようやく幼女が板についてきたころにそれは告げられた。
「え! 私可愛い触手ちゃんてなまえじゃないのっ!?」
衝撃だった。か、かわいい、じゃない。
気まずそうな女性と男性は、書類上の母と父予定だ。実体は、本体とその契約者と分体の私。
「ほら言わんこっちゃない。
変な呼び方もしないでって言ってたのに」
「いや、その、ごめん。
代わりにとっても可愛いお名前考えたから選んで」
私が見た名前はキラキラだった。
「却下」
「つ、冷たい」
「エリザベスとかなんなの。普通の名前にしなさいよ。みるくとかみくるとかどうなの」
「いやその……煮詰まって。
こちらに人名漢字一覧がございます。いい感じの字に丸つけたので、ぜひよろしく」
「可愛い触手ちゃんっていうのも結構アレだと思うけどね」
冷ややかに告げる本体。透けて見える嫉妬。お前らのほうが可愛がられてない? 僕のほうが大事にされるはずなんだけどとぼやく程度には、彼女の寵愛を受けていた。
ふふん、と挑発してやると表情をひきつらせたのが見えた。
「元に戻すぞ」
「できるものならどうぞ。
お母さん、悲しむと思うなぁ」
「すでにお母さんとか図々しい」
「あらぁ、お父様とでもお呼びします?」
「ちょっと、喧嘩しない。
どの字がいいかな。かわいいのがいいな」
彼女としては仲裁しているつもりだろうが、私は甘えて抱き着いてべーっと本体に舌を出してやる。
ふふふ。
羨ましかろうと思ったのは最初だけだった。
「希姫とかどう?」
この人のネーミングセンスは壊滅的だった。
そうだった。触手に一郎次郎三郎とつける人だった。姫子のほうがましである。そして、笑顔で押されると負けそうだ。
「姫は、もらいます」
無難そうな字を探し、優にたどりついた。優しい。私優しいし。だって、ゆずってあげたもの。かわってあげたもの。そこまで思って、首を傾げた。
ん? なにを? 誰と?
そこだけぽっかり空いている。
「どうしたの?」
「優姫がいいです」
腑に落ちないままに決めた名前を告げる。
私はいい名前ねと笑うのが嬉しくて、その違和感をわすれてしまった。あるいは、忘れたことにした。
昔、なんて、ないのだ。
なにかに食われてしまったモノのことを覚えておくことはない。私は、可愛い触手ちゃんだった。これからは人に擬態して、人として面白おかしく生きていく。
時が至るまで。
「なに?」
じーっと本体をみれば、嫌そうに顔をしかめていた。嫁を取るやつ大嫌いと顔に書いてある。溺愛であるが、それに彼女は気がついていなそうだ。わかりにくい愛情表現では通じんぞ。という忠告は必要かもしれない。
余裕ぶった態度が腹が立つからそのうちに言っておこう。
「長生きしてよね」
「……言われなくても」
役目を降りたときに消えるのではなく、長く、ずっと。
そうすれば、継ぐ日は遠くなり、自由時間は増える。とてもいいことだ。もちろん、家族ごっこを楽しまないとは言わない。
「じゃあ、来る日を楽しみにしてるね」
一旦は二人と別れる。遠縁で、施設に入っていた設定なので設定どおりに施設に入所し、連絡を待つことになる。
長く離れるのは心配だが、それでも必要なことだ。
「またね」
そう言って別れて、初めましてから始めるのだ。
その12年後、 湯煙旅情怪異付 〜温泉行ったら攫われるって聞いてない!〜 で女子高生してます。




