一人の聖女の死とその顛末
久しぶりに友が訪れた。
「サキが亡くなったの」
元同僚の死の連絡をたずさえて。
クリスが働いているのは町の食堂だった。都会というには、田舎すぎ。田舎というには都会すぎ、という絶妙な立地でそこそこに繁盛しているらしかった。
店を運営しているのは兄弟で、実務は兄が、裏方が弟が請け負っている。
兄である店主は優しくて安心できるが、弟のレイのほうはクリスは苦手だった。近くにいるとドキドキするし、話しかけられてもびっくりする。
びくびくしているクリスに呆れてはいるようだが、それとなく気を使われているようでそれも落ち着かない。
とても、やさしい人と知っているのになんでびくついてしまうのかクリスは自分でもわからない。
クリスの経歴を知っていても求めることもないのが、珍しかったのかもしれない。
平和な日々の中に、一点の影が差したのは夏の終わりの頃だった。
「あ、ほんとにいた」
裏で料理の仕込みをしていたクリスが店長に呼ばれて店の中に顔を出せば知った声が聞こえた。
「ディア?」
「お久しぶり。
手紙よりくる方が早いかなって、来ちゃった」
にっこりと笑うのは、前職の同僚で友人だった。時折手紙を送り合っており、住所は知っていておかしくはなかった。
しかし、彼女が住むのはこの町からはそれなりに距離がある。気軽に旅行と出かけてくることはないだろう。仕事のついでというならわかるが、そんな話も聞いていない。
嫌な予感がした。
開店前だが、店長の計らいで一角を貸してくれた。そのうえで、店長も厨房のほうへ姿を消す。クリスの代わりに仕込みをするのだろう。
すみませんと言うクリスに彼は積もる話はあとでねとしっかりくぎを刺していった。
「長い話はあるけど、簡単な話でもあるのよね」
「どっち」
「起きたことは一つだけだから」
ディアはそう言って目を伏せた。
「サキが亡くなったの」
「亡くなった?」
クリスは、思わず確認してしまった。冗談や嘘ではなさそうではあったが、クリスの感覚で言えばありえない。
その反応を予想していたのかディアは苦笑いをしていた。
「で、あたしのとこに教会から連絡が来て、一緒に依頼されたの」
「なにを?」
「遺書をさがしてほしい」
「遺書?」
「サキは事故死した。
これのおかしさ、わかるでしょ?」
事故死した者の遺書。それではまるで、死ぬことがわかっていたかのようだ。
それに遺書があると確信しているような言い方も引っかかる。
さらにサキはその事故を避けることができたはずだ。だというのに死んだ。そこが一番不可解だ。
サキは未来予知の能力を持つ聖女だった。
聖女とは今は職業の一種で、ある種の特殊能力を持つものを指している。その中でも数少なく、大切に扱われていたはずだ。
元々サキはある町にいた。先見の者として、聖女と教会に渡されることもなく、ずっと。
名もなく。目も見えない。足も歩くことさえなく。町に栄光を与えるものとして祀られていた。
そんなものがいつまでも見つからずにいることはできず、血なまぐさい争いの末に教会に保護された。その教会でも予知をつかわれていて、どこにいても変わらないわねとサキは笑っていた。
彼女は自分の身に起こることもわかっていた。
私の未来?と彼女は笑う。
死ぬのよ。みんな、そうでしょう? 誰も彼も最後は死ぬの。公平で平等で、穏やかになれる事実だわ。
クリスはそんな彼女が少し苦手だった。なにも見ないと言われる目を向けられるとなにもかもを見透かされるような気がしたから。
それはクリスだけが感じていたわけではなさそうで、同期の中でも彼女は遠ざけられがちだったように思えた。
「あたしは先見でいくつか儲けたことがあるの。
これは先払いだからと釘を刺されていた。私が死んだら、遺品を一つもらってほしいと。
あたしが先に死んだときはどうするのって言ったら、遺品をもらって、売って、豪遊するの。って。弔いにはちょうどいいでしょって」
ほんとひどいとディアが呟いた。クリスはどう声をかけたらいいのかわからなかった。ディアがそれほどサキと付き合いがあるとは知らなかったのだ。言われてみれば、商売人の家に生まれたディアは商売、いや、お金が好きで未来を知る能力があるものを放っておくことはないだろう。
こんな時でなければ呆れて、やめなさいよと忠告のひとつもしただろう。わかっていたから、言わなかったのだろうが。
「あたし一人で行くの怖いから、クリスも一緒に行こう!」
「え、嫌」
「そ、そこをなんとか」
「仕事あるの。忙しいの」
「だって、これ、一人で行って遺書見つけたら用済みずんばらりよ」
「二人で行っても一緒。行かなければ?」
「弔いの一つもしないの? 同期だよっ!」
「それは、そうだけど」
クリスはサキとそれほど親しくはなかった。教会の本拠地ももう行きたくもない。
「うるせー」
そんな声が聞こえてきて、クリスは助け舟だと思った。これは話を打ち切りができると。
「ほ、ほら、もうお店の準備あるし」
「……あ、ミラじゃねぇの? すみません。近所のガキかとおもって」
声の主は二階で寝ていた店主の弟のレイだろう。ふらふらしているようで裏方実務をすべてになっている頭脳派、であるらしかった。店主がそう言っていたのでたぶんそう。過眠症という病気を患っていて、良く寝ていても調子が良くないらしくそうなってるとも聞いていた。
見た目はちょっとガラが悪そうで目つきも悪いのは、病気のせいじゃなく本人の人相らしいが。
ディアはその見た目にちょっとビビっていた。
「いえ、……誰」
「店主の弟さん。お店の共同経営者」
「クリスのお客?」
「ええ、もう帰るところです」
「帰りません」
「……じゃあ、日当払うから今日手伝って」
「え」
「兄さん、今日、用事あるらしいんだけど店があるから行かないって言ってて。俺も出るから数時間持ちこたえよう」
雇用主の意向に逆らえず、クリスは反対できなかった。店主にはお世話になっているし、お役に立てるならばと飲み込むしかない。
その日の夕方、クリス宛に手紙が届いた。
送り主はサキだった。
何もかも見越したようなタイミングにクリスは腹をくくることにした。
書き出しからして、ディアがそちらにお邪魔しているけれど、だったのだ。
目が見えないのに手紙が送れるのは代筆者がいるということ。その代筆者は知っていて止めなかったのか気がつかなかったのか。
そして、なぜ彼女は死んだのか。というサスペンス系になりきれそうにない話です。
私にとっての奇跡もあなたにとっては凡才以下の本編終了後の設定なので、中身がとっても空いている……。




