一本足りない
城の針子というのは、世襲に近い。近いというのは、師匠から弟子に代々継がれていくものだからだ。
最高峰の技術とその手足になるもので形成される組織。言われた通りに、できる腕がある職人は多くなく、矜持がある。
「どうも、今日からお世話になるクレアです」
軽く挨拶をしてきたその女は、誰も見たことがなかった。貴族に指名されるような工房の出身者で占められる今の針子部屋では、ありえない。
すっと立った姿は凛としており、良いところのご令嬢のような佇まいだ。しかし、荒れた指先やたこができた手は、その修練を示していた。
「皆、彼女と仲良くね」
針子部屋を率いるヴィエナは彼女に対して少しばかり敬意を払っているようだった。いつもは、皆、仲良くね、だ。同じようで違う言葉を口させるような新入り。
さぞかし得意げな顔かと思えばそう言われた彼女は少し困ったように眉を下げていた。
この針子部屋は、王族の仕立てもする。
出入りするときには、着替えが義務だ。この部屋で作業するものは外から何かを持ち込むことは許されず、外に持ち出すことも許されない。
例外は仕立て上がりや試作を確認のために取り出すときのみだ。
皆が同じ服で、同じ髪型で、同じように作業している。自分の道具というのも持たず、数字で管理しているのはごまかしをさせないため。
一つの針がないことすら、許されない。
その中で唯一、自分のものとして持てるのは指ぬきだ。それも使わぬ時は箱に鍵をかけられ仕舞われる。
「きれいね」
新入りがもってきたものは、糸を組んで作ったもの、らしい。いくつも色が組み合わさり、確かにきれいだった。
「伯父が海の向こうから作り方を送ってきてくれたの。
図案もあるから、作ってみる?」
いいの? と。
取り入ることばかりうまいのか。
と思ったが、全く、そんな必要なかった。
ここは厳然たる実力主義だ。雑用からはじまり、その程度に合わせた仕事が振られる。言われた通りに同じように、それが求められるものだ。
統括のヴィエナに意見するなどほんの一握りのものだけができること。
「この処理は、どうかしら」
逆にヴィエナから意見を求められるなど、誰も見たことがなかった。
「え、あ、はい……。
そうですね。うちなら、耐久力と見た目で三種類のうちから選んでいて」
戸惑いながらもしっかりとした受け答え。そして、確かな技術力を示した。
誉めそやされても謙遜するばかりで、模範的な態度はひどく癇に障った。どうせなら、すごいでしょうと誇ればよいのに。そうしたら、嫌なやつだと言える。
表面上は穏やかに過ぎ去る日々は少しずつぎすぎすしていった。ヴィエナの後継者として呼ばれたのだという噂がまことしやかに流れていったためだ。
本人は実家の店を継ぐ予定で、弟子を育てていきたいなぁという夢を語っていたが、城の針子部屋の主になれるともなればどちらを選ぶか問うまでもないだろう。
そうなる前に早く出ていけばいいのに。曖昧な悪意は、形になって、ある日事件を起こした。
「……あれ? 一本足りない?」
彼女が困ったように呟いた。
その足元にきらりと光るものがあった。
気がついた誰かが、言えばよかったのに、誰も言わなかった。魔が差したとしか言いようのない出来事。
落ちていた針は誰かが布でくるみ、誰かが、そっと机の上に置き、誰かが、最後に戻した。
元に戻ったのだから、良いだろうと。
しかし、そうはならず、彼女は罰を受けることになった。
そして、騎士団の繕い係に続く、です。
お針子業は3年程度で長々とくすぶっていたものが、一気にでありました(遠い目)
ヴィエナが悪いんですが、こちらも、なんと! あの! グノー家のお嬢さんがうちに! 秘伝の技術が、お聞きできるかもっ! みんなに教えられるかも! となっており……。
クレアも家の技法で自慢するのってなんか違うし、環境が良かったというのも自慢になりそうだし……となり、複合的にこう現場がダメな感じに……という。
身分を隠したのも、未婚主義というから、変に口説かれないほうがいいよねという親の配慮があだとなりで。




