背を伸ばして、歩いて
私は男に生まれたかった。それなら背を丸めて生きなくても良かっただろう。好きなものを好きでいても許されただろう。
目の前の死刑宣告のような結婚の文字にげんなりすることは、男でもあったかもしれないけど。
縁談。
この二文字が重い。
好きな相手がいれば考慮してもよい、という但し書きがついていてすら、激重。なにせ、その相手というのは貴族の、という限定付きだ。相手が一般庶民となると駆け落ちするしかない。
残念ながら、私には誰もいないが。
我が家、エルス家は貴族としては新参だ。とはいっても4代は続いているから、成り上がりなどと言われはしない。その時期に貴族として任じられたものは多い。
そのころ隣国との関係が悪化し、開戦、その時に資材提供した家に代金替わりに爵位を与えたことによる。しかも、防衛戦のため、新規領土もなく、俸禄だけを年に一度もらう程度の扱いだった。実情としては借金を踏み倒されたに近い。
当時の我が家が納得していたかといえば、金にもならぬという怨嗟は曾祖父の日記に書かれていた。当時の国王と宰相への罵詈雑言は異国語でかかれていたが、荒々しさに読めなくても内容がわかる気がするくらいだった。
そこから貴族相手の商売も始め、ほどほどに大きくして行ったので転んでもただでは起きなかったということだろう。
そして、今もほどほどに交易で稼ぐ家業と貴族の伯爵としての立場を持ち合わせている。
だからこそ、若い娘はどこかへ縁組しておきたいのである。
わかる。
重々承知しているのだが、私は結婚したくない。というかありとあらゆるところに夫妻で出なければならないことを忌避している。
こんなことを言えば、両親は問答無用で縁談を用意し、監禁の上、嫁ぎ先に送り付けるだろう。ちゃんと家の利益になる、ほどほどの家に。
だから、え、まだ早いかなぁとか、兄が先だよねぇと逃げていた。上の兄は30だというのにまだ結婚してなかったから。
その兄が結婚したとなれば、さあ、おまえだ、である。
「おにいさまぁ、素敵男性の心当たりございませんの?」
少しでも条件の良い相手がいいとすぐ上の兄、クリスに尋ねる。今日は珍しく帰宅している。
家は王都にもあるのだから帰ってくればいいものを騎士団寮兼事務所に住んでいて、あまり帰ってこない。居心地の良さが違うというのは兄の弁である。
その兄はいつもは言わないおにいさま、に気味悪そうな顔をしている。
「はあ? 騎士団にいるのは、次男以降。うちが求めるような、長男はいねぇよ。
まあ、この辺りは妥協すっかなという相手はもう婿に行った」
「どういう方ですの」
「グノー家の次男。
侯爵家のご令嬢に是非にと突撃され、戦利品として巻き上げられた」
「……どういう状況」
「詳しくは言えないが、命の恩人つーので、だ。
そういやさ」
「なにかしら」
「リース、社交界デビューってしてたっけ?」
「……してない、ですわよ」
目線が泳いだ。
本来は18でする予定だったのだが、運悪く流行り病で寝込み療養として避暑地に隔離。お流れになったのである。本来ならその次の社交界デビューの年である今年参加する予定、ではあるが、そっと見送りたい。
「ふむ。
じゃ、今年するか」
「いーやーでーすー!!!!」
渾身の拒否。
「なんでだよ」
「だって、こんな、でかい女、目立つじゃありませんのっ!」
我が家の女性がでかい、というわけではない。
父が長身を超えて巨人だった。もちろん比喩表現だが、2mある。海の向こうから婿養子でやってきたので、エルス家の皆がでかいわけではない。
上の兄は180くらいで止まってくれてほっとしたと言い、下の兄はまだ微妙にミリ単位で伸びているという188である。
私は、175ある。一般的男性の平均身長にとても近い。これで淑女標準の踵の高い靴でも履こうものなら見下ろせる。
さらに最悪なことに、この社交界デビューの服装が皆揃いのドレスなのである。
どう考えても、私だけ、頭一つどころでなく、突き出てしまう。
「……確かに」
「でしたら、目立たずにデビューなんて」
「よし任せろ! 当てはある!」
「は?」
「お兄ちゃんに任せとけ」
「なんでですのっ!」
ふふんと機嫌よさげに出ていく兄。
不安しかない。
というところから始まる3話ぐらいを書きたいな(希望)を残しておきます。
ラブの波動より、スポコンっぽさを感じるのはなぜなのか。我々はその謎のを探すべく……。




