わたしには才能がない
いつもよりもあらすじな感じです。
里奈は、筋肉フェチであるだけでなく、自らも筋肉をつけたい女だった。
しかし、残念ながら筋肉がつきにくい体質かつ胃が小さいのか食事も量を食べられなかった。
つまりは里奈は愛する筋肉をつける才能がなかった。
「脂肪をつけたら次は筋肉に変えるだけという話なのに」
実際、そういうことをしたボディビルダーの女性の話を聞いたことがある。里奈には無理だが。
周囲には脳筋と言われつつも、笑顔振りまく服屋の店員をしていた里奈であったが、ある日運命の出会いをすることになる。
そこは大食いが集う店だった。
学生街に古くからあるお店で、里奈は常連だった。大食いレベルには食べられないが、いっぱい食べる人が好きだと通っているうちにいつの間にかよく来る姉ちゃんと覚えられた。
そして、店に通う学生の間でも細い姉ちゃんが店に来ている、レジェンド級の大食いに違いないと勘違いをばらまいていた。
聞かれれば訂正したが、ご冗談をと返されていた。彼らからしたら里奈がのんびりと食べているようでいつの間にか空になってお茶を飲んでいるのが証拠、ということらしい。
胃袋に異空間があるわけでもなく、半分くらいは最初に持参した持ち帰り用容器に詰め替えているのが真相である。最初は食べきれないから値段そのままで半分で出してもらっていたのだが、それは悪いと半分はお持たせとして用意されるようになり、お互いの折り合いがついたのがそのあたりであった。
お持ち帰りは自己責任である。
「そーいや、最近、期待の新人が入ってきたよ」
パートのおばちゃんが食後の番茶を持ってきたついでにそう話しかけてきた。
「若い子ですか。いいですね。食べられるって」
「胸焼けしないのが若さってもんだろうけど、学生ではなさそうよ。
このあたりに越してきた会社があるのか見かけない顔が増えてね。まあ、三回目来る人は少ないんだけど」
学生ご用達のお店にそう何度も来る強靭な胃袋は選ばれものである。里奈は門前払いのところをどうにか潜り込んだようなものだ。
筋肉もいっぱい食べる人も見れるパラダイスである。もちろん、そういう邪念は顔には出さないが。
「テイクアウトの揚げ物とか生姜焼き出しましょうよ。
おかずだけでも売れますよ」
「でもねぇ、うちは学生の店だからね」
「限界OLにお手軽総菜を。夜食べて昼お弁当に入れて楽ができる」
「自炊しな。野菜食べるといいよ」
軽くあしらわれた。里奈は去っていくおばちゃんを見送る。手ごわい。
さて、と里奈は立ち上がった。本格的に混む前には席を空けるべきだ。里奈は本来のメインターゲットではない。ちょっとお邪魔させてもらっている立場なのだから、迷惑になる前に消えるほうがいい。
「じゃ、おばちゃん、お勘定」
「あいよ」
会計をしながら、次にエビフライが出る日を聞いておく。揚げ物は基本的に日替わりだ。唐揚げとなにかで、今日はトンカツだった。厚さは普通で二枚出てくる。もちろん食べきれないのでお持ち帰りした。
今日の夜は、かつ丼と卵と三つ葉を買って帰ろうと考えながら扉へ向きをかえた。
「うわっ」
白いなにかが目の前にあった。
壁かと思った。
「す、すみません」
壁がしゃべった、わけでもなく、それは人だった。
縦にも横にもでかい。
「ごめんなさい、すぐにどけます」
里奈はその人を見上げた。ふにっとした柔らかそうな体である。背も高い。
威圧感がありそうだが、そうでもない。気弱そうな眼鏡の男性は、黙った里奈を心配そうに見ている。
「……私も周りを見ていなかったので。失礼しました。
どうぞ、お座りください」
里奈は冷静そうに通路を譲った。恐縮しながら、席に着いた男性をチラ見して店を出た。
社員証を下げたままだったので、名前も顔も覚えた。
あとで検索しようとヤバいことを考えながら里奈は帰路についたのだった。
ついに育てるべき肉を見つけたのである。
私の代わりに筋肉つけてもらうわと決めた危険思想の持ち主に見込まれたことを彼はまだ知らない。
君さ、僕と筋肉どっちが好きなんだい? という血迷ったセリフが聞ける展開を私が見たい。




