やっぱりあとにしませんか?
マンションの上というのは、意外と隙間がある。フェンスも屋上の敷地全部にあるわけでもない。
超えたら意外と歩けるとこある。
「空が青いな」
くっそあついから、頭が煮えたのかもしれない。
なにもかもどーでもよくなって、空からダイブを決めてやると実行に移すなんて。
数少ないどころかほぼ一人の親友に今までの礼をスマホから送った。付き合いは長いような短いような。
私は小さく笑う。
それから、急にスマホが震え、習慣で電話をとってしまった。
「今どこ?」
とのんびりと聞かれた。あまりに普通すぎてうっかり答えてしまった。
「5分待って」
「え」
返事する前に切れた。
おいおい。どうする気だよ。その前に行くべき? いや、なんか、悪い気がしたが、なにをしても悪い気が……。
うん、さっさと終わらせておこう。
端に立って、あと一歩といったところ。
「ちょっと待った」
聞きなれた声に振り返った。
「ちょ、ちょ、なにして」
「フェンスを乗り越えて、飛び降りるよ?」
「なんで、こっちにくんのって? え、飛び降りるって言った?」
「うん」
……バカがいる。
いや、最初から、そうだったか? いやいやいや。
「君が落ちる前に僕が先に、飛んでやるよ」
「……ちょっと、冷静になろうか」
「んー?」
首をかしげるやつは、がしゃんとフェンスを鳴らして、こっちにやってきた。私のいるところの一歩向こう側は空だ。いやぁ、空が青いぜ。青春してるぜ。
……、という話ではない。
「あー、風が強風でオールバックだ」
「そう」
「空が青いと世のインディアンが? 今日は死ぬにはいい日とか言いだすんだろ」
半端な知識で笑う彼は、いつもと変わりなかった。
相当変な奴である彼とご同類の私。学校帰りにゲーセン行って、取れないクレーンゲームに嘆いていたころと全く変わらない。
「おまえは帰れ」
「ん-?」
むにっと頬をつままれた。びくっとして、落ちそうになった。慌ててフェンスに張り付いて、彼は笑う。
「またこんどにしない?
今日はさー、桃のパフェが始まるんだ。ファミレスでおごってあげるよ。おいしー桃」
もにもにと餅のようだとつままれて痛い。
「桃をハンティングに行こうよ。剥くのめんどいとか、思ったより食べらんないとかそういう話しよ?」
「いやもう」
「明後日は、好きな単行本が出る」
「私連載派」
「アニメがあと3回ある」
「もういいかな」
「一緒に逃走中突っ込みながら見ようよ」
「なんでだよ。一回もそれしたことないだろ」
「えー、面白いよ。今度、参加する応募もしたよ。結果も待とうよ。そうじゃないなら怖い青い鬼と遊ぼうよ」
「食われるわっ!」
「屍を積み上げて、エンディング見よ?」
「おまえの能力では無限におわらん」
「気が付いちゃった?」
困ったような彼は足元を見た。まあ、1メートルくらいというのはそれなりに足場としてしっかりある。うっかり踏み外すことはあるかもしれないが。
地面の誘惑がある。
何もかも疲れていらないから、私は。
頬をぷにっていた手が、私の手を掴んだ。
「君がいないとクリアできないゲームが山ほどあるんだ」
「ほかの相棒をさがしたまえ」
「嫌だよ。
君が責任を取ってくれないと許さない」
「いやいや、もう、私は」
掴まれた手は汗ばんで、必死で。
「来世でも友達でいれるかな」
「……あのな」
「そういう自信ないから、もう少しだけ、一緒に居ませんか?」
「あーあ、アイスが溶けてる。お高いアイス買ったのに。アイスでケーキ作れるってなんか見たから作って」
「なんで私が」
「責任取って。アイスの」
「いやだよ。だいたい、なんで5分でくるんだ」
「新作の怖い話を一緒にしようかと思って」
「私がするんだろ。私が」
「んー。……ところでさ、なんか、こう、下がうるさいんだけどお気づき?」
「お気づき。
どうすんだよ。私」
「自業自得。ちょっとは懲りて、僕ともうちょっといなさい」
「……まあ、考えておく」




