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続きそうで続かない短編倉庫  作者: あかね


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酔っ払いの彼女



 我が家は酒屋である。

 世の波に乗って、角打ちを始めたのが数年前。今や隠れた名店などと言われて時々特集記事に載るようなお店へと成長していた。


 が、その評判も今日までかもしれない。


 目が据わった常連の客が絡み酒をしている。


「……ねえねえ姉ちゃん、なにをそんなに飲んだくれてんの?」


 見た目は良い常連客に新入りのおっさんが声をかけている。下心ありそうなんだけど僕は止めなかった。いつもはやんわり間に入ったりするんだけど、今日は別。


「おうおう、聞いてくれよ」


 低い声でぐへへと笑うのはやめたほうがいい。

 それもカップ酒を片手に。

 元がクールビューティーのお姉さまなのに、今は場末のおっさんよりヤバい。

 声をかけたほうがびびって腰が引けている。


「あ、やめたほういいよ。その人、こえかけてきた人に愚痴り続けて5時間は粘ってるから。

 開けた瓶はあっち」


 僕は先にそう声をかけた。このお客が余計なことをいったらなんですってぇ?とすごまれる。怖い。


 最近はカップ酒も日本酒も色々種類がある。

 出羽ノ雪。八海山。

 

 僕のおすすめは上善如水かな。

 浦霞もいいかなぁ。でも、今日は酒が可哀そうでかわいそうで。


「鬼殺しで良くない?」


「お、おいしいお酒を飲ませてぇ」


 涙目で言いだしたのが可愛いが、可愛いがっ! これがすぐにぐへへへ生物にっ!

 ギャップに耐えられない。


「ダメ。おしまい。

 今日はお店もおしまい」


「もうちょっとぉ」


「ごっそさん」


 さっきの客がこそこそと帰っていった。こっちに同情するぜと言いたげな視線を投げてから。


 ……。

 え? 僕一人で対応すんの? この酔っ払いを?


 イケニエに捧げておけばよかった。



 いつもはお行儀のよい常連客を変貌させたのは一つ恋愛である。それも一方的に好かれたと嘆いている。

 修羅場巻き込まれ、私関係ないんですけどと言ったところで無視された。


 というようなことを繰り返し聞いてもう5回。空で言えそうな気がしてきた。そして、大筋は合ってるけど、段々違うようになってきたので酔っ払いが極まってきている。


 お客さん、社会人。真面目が取りえと言われても真面目にお仕事してた。お相手の方というのは、スパダリな感じのひとことでまとめられた。え、なにその用語と思って、調べたよ。

 イケメンな仕事もできて、お金もあるような、そして、ちょっと強引なのも素敵というもの、らしい。偏った情報のような気もするが、大体あってるそうな。

 すごいなぁと思いはすれど特別恋情はなかったそうだ。しいて言うなら尊敬。今はないがなと吐き捨てていた。

 いつもは可愛い常連さんがおいたわしい。


 それはさておき。

 スパダリな人はもてるそうだ。当たり前のような気がする。モテすぎて女嫌いだそうだ。え、贅沢と思いそうだったが、確かに、好きでもない人に好かれ続けるのはきつい。断るのが地味につらい、と思う。たぶん。

 モテたことないからわからんけど。


 そいつがモテすぎて仕事に支障が出て、常連さんがそれとなく問題行動のある女性に注意したのが今日のお昼。

 食堂で雑談のように軽く言っただけなのよ。仕事中は仕事してねって!

 僕は沈黙した。最悪の状況の最悪のチョイスだ。

 言いたくはないが、そういうのは仕事終わってからおいしいご飯でも食べながら酒を飲みながら、わかるよぉ、好きだよね、でも仕事はまじめにしよ? という流れでする話だ。と突っ込んでおいた。

 彼もまじめに仕事する人がきっと好きだよ。メロメロにしちゃお。とか言って流しておけばよかったのに。

 事もあろうか、嫌われるよ? とか言ったらしい。


 言い方ぁっ! である。


 案の定、揉めて。そこの仲裁にあとうことかスパダリがやってきて、さらに修羅場。


 俺は彼女が好きなんだと常連さんが巻き込まれた。

 ご冗談をと即拒否したが、伝わらない。本気だと迫られ、その日のうちに社内に速報が響き渡った。


 ご愁傷様である。

 外堀は完全に埋まり、彼に恋していた女子は敵に回った。


 おめでとう。という話には誤解ですといい、あなたなんか似合わないという話には、そうです、彼に言ってくださいと言い、疲れ果ててこの店にやってきた。


 何周しても思うんだけど。


「お客さん、言い方悪い」


「ううっ。私がなにをしたのよぉ。好きな人位いるっているのに、やっぱり、あの人だったのねというの馬鹿にしてんの?」


「あ、好きな人いたんだ」


「いるのよ。鈍感が度が過ぎて、いつまでたっても、ミリも伝わってない。

 酔いつぶれたふりしても本当に心配してきて優しくしてくれるからキュンキュンさせちゃう男が」


「……ん?」


「こんな話しても、少しも嫉妬しない男がっ!」


 おやおやおや?

 なぜ、僕が、胸倉をつかまれているので?


「お客さん、そういうの困ります」


「しってる。みんなのお兄さんだものね!」


 キスでもできそうなくらい近い。お客さんは泣きそうな顔だけどね。


「僕は店ではお店の人なのでね。

 そういうのは、外で承ります」


「……え」


「昔、勘違いして痛い目見て、それ以来そう決めてる」


 あれは本当に恥ずかしい思い出とトラウマを刻んで……。

 それにしても見つめ合うと照れるな。

 冷たそうな表情が、お酒を飲むとちょっと赤くなって、おいしと笑うのは、とてもかわいくて。ちょっとばかりドキドキしていたのは、隠していた。

 僕はあくまでお店の人。その程度でいい。いい人と思われておきたいという臆病さを知られたくもなかった。


「そうなの」


「そうなんです。

 休みの日、教えておきますね」


「え、あ、うん」


 急に大人しくなって、離れていった。良かった。理性の持ち合わせが間に合って。

 可愛い女性に迫られるとさすがにちょっとぐらつく。

 酔っ払いが言っていることだから、きっと明日には忘れているだろうけど。いい匂いした。


 常連さんはすとんと座って、そのまま、机に突っ伏して動かなくなった。


「あれ? ねちゃった!?」


 そこから、店の奥に連れて行って翌朝まで面倒を見る羽目になるとは思わなかった。


 翌朝、常連さんは朝起きるなり、悲鳴をあげていた。何事!?とおもって慌てて部屋を覗けば、僕の顔を見てもう一回悲鳴を上げた。


「な、え、何にも覚えてないっ! もったいないっ」


「酔いつぶれて、家に帰せないから寝かせた。以上」


 僕の解説にがっくり肩を落としていた。もちろん、僕は別の部屋で休んでいた。女性と同室で揺らがない理性はない。


「ごめんなさい」


「いいよ。うん。酔っ払いをおうちに帰すわけにはいかなかったからね。でも、時間、大丈夫?」


「家に帰って、あ」


 なにかをひらめいたようにニヤリと彼女は笑った。


「嫉妬した彼氏にいろいろされましたということで、このまま会社に」


「僕は何もしてない」


 ほんとに、介助しかしてない。


「お願いします。助けてください」


「一回だけね」


 というつもりだったのが、悪い男に騙されていると曲解されて、乗り込まれるとは僕は想像していなかったのである。




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