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続きそうで続かない短編倉庫  作者: あかね


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37/70

素敵な崖

書き溜め中。

八割ぐらい終わったら放出予定。

「今日はなんともお日柄もよく」


 そんな独り言をつぶやきながら、ルミエールは崖の上に立っていた。崖の下は海である。

 ルミエールは崖の上から空を見上げた。 なお、空は曇天である。


「ええ、私が殺しました。

 なぜって? 悔しいじゃありませんの。私だけが、何も得られなかった、なんて」


 そうぼそぼそと呟いて、ルミエールは顔をしかめた。


「違うな。

 得られなかったんじゃない。捨てた、んだ。

 難しいぞ、フィラ嬢。かっとなって撲殺、証拠隠滅のほうが良かったかな。情念の殺人事件とかハードル高いし」


 さらにぶつぶつと言い、ルミエールはそっと崖の下を覗き込んだ。

 ざっぱーんと崖に打ち付ける波しぶき。

 落ちたら死にそうである。むしろ、死ぬために行く崖。


「今日も荒ぶっている。

 なんか、観光に出来ないかな……。夕方はきれいだし、うちごはんおいしいし、居心地良いのに」


 ルミエールはご近所にある宿屋の娘だ。宿の名物はルミエールの両親とこの崖である。閑古鳥が鳴くようなこともないが、来る客は変だし、年齢層も高めだ。

 今後を考えるとルミエールは不安に駆られてしまう。


「どうしたもんか」


 ため息をついたその時だった。何かが近づいてくる音が聞こえて、振り返ると。


「なにをしてるんだっ!」


 ルミエールは男に怒鳴られた。

 ついでにも服の襟首を掴まれている。勢いよく掴まれたらしく服で首が締まりぐえっという鳴き声を上げてしまった。断じて悲鳴ではないな、とルミエールは頭の片隅で思った。

 そのままずるずると引きずられ、崖から離される。

 あ、これ勘違いされているとルミエールはすぐに察した。


「身投げなど」


「しません」


 きっぱりはっきりとルミエールは断言した。

 この崖の上で趣味の思索をしているとたまにこういうことがある。最初は驚いたものだが、ルミエールが投身自殺しようとしているように見えたらしい。

 ぶつぶつと呟く悪い癖も相まって、今すぐ落ちそうに思えるようだ。

 もちろんルミエールはその気は一切ない。


「今、覗き込んでいた。それになにか殺人と」


「私、近所の宿屋の娘でして。日課の崖チェックを」


「……崖の何をチェックするんだ?」


「落下事故起きないように危ないところは事前に壊しておくんです。元々なければ足の踏み外しようもない」


 そう言うと怒鳴ってきた男は困惑しているようだった。普通の人には理解できまい。ルミエールも最初はなにを見るの? と戸惑ったものだ。それがもう日課である。慣れというのは恐ろしいものである。


「立ち入り禁止にするのではなく?」


「入るなと言われれば入りたくなると先達が教えてくれました」


 むしろ禁止すればするほどに、有名になったのだから困ったものである。ルミエールはやれやれと言いたげである。

 こんな崖の近くにある宿屋など事故物件もいいところである。


「そういえば、お客さん。こんな朝早くからどうしたんですか?」


 この男の顔に見覚えはないが、この辺りに他の宿もないのでうちの宿の客であろうとルミエールはあたりをつけたのだ。

 宿泊客に一人顔のよくわからない人がいた。食事時ですらフードをかぶって顔を見せたくないという客がいたのだ。おそらく同一人物だ。

 怪しくないかと言われれば怪しいのだが、宿屋には時々怪しい客が来るのでルミエールは慣れてしまった。


「さ、散歩だ」


「へぇ。散歩ですか。健康的でいいですね」


「ああ」


 ルミエールがそう言うと焦ったように頷いている。かなり怪しい。

 ルミエールはとりあえずカマをかけてみすることにした。


「そう言えばご存知ですか? 早朝の崖って意外と多いんですよ」


「なにがだ」


「身投げ」


 これは過去の実績からの換算である。この崖の管理はご近所の宿屋が請け負っていたので、事件の書類が残っていた。興味本位で調べて、その数に慄いたが最近は年に数件程度であった。

 ルミエールが宿屋の娘になってからはゼロである。

 名物たる両親を見てたらどうでもよくなるらしい。まあ、ルミエールも思わなくもない。どうしてそうなった!? という経歴は笑える。ただし、他人なら、だ。


「ところで、そろそろ放してくれません?」


 普通に会話していたが、彼は警戒していたのか放してはくれなかったのだ。ルミエールはその心情はわからなくもないと思っていたが、いい加減苦しい。


「す、すまない」


「いいですよ。善意からの行動である、というのは理解しました。

 さて、宿屋に戻りましょう。うちのおいしい朝食を堪能ください。お客さん昼まで起きてこないから、母さんが嘆いていましたよ。父さんのおいしいご飯食べないなんてっ! って。

 うちの宿屋に泊まる意義は朝食にあるといっても過言ではありません」


 ルミエールはそういいながら、男の手を取った。


「いや、あとで」


 そういう男にルミエールはやっぱりと思った。

 朝に散歩しているやつに気をつけろと父は言っていた。早朝の投身も多い。だから、ルミエールは朝に崖を散策する。


 たまにいるのだ。

 ルミエールをとめるような人が。つまりは、その人たちにとっての『先客』として、ルミエールがいる。


 それにこの崖が美しいのは、日暮れ。それも晴天の時だ。それ以外には用があるとは思えない。もし、ルミエールと同好の士がいれば別だろうが、この世界ではありえなかった。その概念が存在しない。


「えー、お兄さん、一緒に食べましょうよ。

 かっこいい、し?」


 その男は無精ひげと手入れのされていない髪をしていたが、ルミエールにはなにか既視感があった。どこかで見たことがあるような原形をしている。

 どこだろうか。


「かっこいい、ね」


 苦い声もどこかで? ルミエールは疑問に思いながらも無邪気そうに笑うことにした。


「お顔よく見たいのでおひげ落としてきてください。髪も切ります? ちょっとしたもんですよ。父の髪は私が切ります」


「店主は坊主では?」


「あ、バレちゃいました? まあ、毛先くらいは整えられますよ」


 渾身の父親のネタで苦笑がようやく引き出せた。ルミエールはほっとした。手は握り返されもしないが振り払われるわけでもない。

 今日は、大丈夫だ。


「なにが食べられるんだ?」


「おいしー目玉焼きが自慢です」


「目玉焼きのうまさは違いがあるのか?」


「なんと! その挑戦受けて立ちます」


 ルミエールは彼の手を引いて宿屋に向かった。

 道中、ターンオーバーや半熟やかりかりに焼いた白身の縁について語り、やや呆れられたのだが。


 そして、無精ひげを剃った男の顔を見て驚くことになる。

 最強魔法師なにしてんの!? と。

昔、東尋坊に行く予定が、時間が押していけなかった悔いが残っております……。いつか行くんだ。

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