ハイスぺ社長(既婚)にお前が番だと求婚されたがそんなのお断りだ!
インフルの熱にやられて出てきました。
熱がいかんのです。ご笑覧ください。
今日の社食のAランチはチキン南蛮だった。タルタルソースは別のボールに入っていて、かけ放題。我が社食が誇るデブメニューの一つだ。
他、バターが入れ放題塩バターコーンラーメン、追加無限から揚げ200円など。
うちの社長の趣味が、一杯食べている若い人を見ることなので実現していることだ。
その結果、わが社の社員は恰幅が良いことに……。そうなると社長の覚えもめでたく出世もするという噂すらある。
「かかりちょー珍しいっすね」
たるたるー。
などと心の中で歌いながら三スプーンほどかけていたら声をかけられた。
視線を向けると部下であるミイナが立っていた。
「我が家では作れないこのチキン南蛮の魅力には打ち勝てなかった」
「追加唐揚げ券もあるって本気っすね」
「うむ。私は本気だ」
むんと腕組みをしてそう言えば、彼女は笑う。立場上部下にあたるが、年はそれほど違わない。
ミイナは鮭定食を持っている。なんなら毎日同じである。飽きないなと声をかけようとして
猫系獣人のミイナにこの話を振ると長いんだよなと思い出してやめた。なお、鮭定食は通年メニューながら、季節に応じて使う鮭、産地を変えているという。
「ご一緒していいっすか。
今日はお偉いさんが来るってうちの上がうるさくって」
「上って、ああ、君の種族の上」
「そうっす。
黒玉の君が御来社ってことで、もう、うにゃうにゃうるさいったら」
多様な人族が溢れる西都でもやはり権力者は獣人族などが多い。特権階級とまでは今は言わないが、伝手やコネは溢れるほど持っているのでスタート位置が違うのだ。
本人たちは落ちぶれた種族っすよと言っているが、私から見ればまだまだ権力の中枢にいる。特に特徴を持たない親和性の高さがウリの純人である私からすれば羨ましい。
黒玉の君というのは獣人族の中でも目立つ人だ。もちろん、黒玉の君というのは本名ではなく愛称のたぐいだ。
総合商社藤沢の若き社長。若くてイケメンで社長である。ただし、既婚。五年前に政略結婚したそうだ。
そういう情報はミイナから流れてくる。番現れなかったからってさっさと結婚しすぎではと彼女は苦い顔をしていた。
どうも身内に結婚後に番が現れて相当の修羅場になったそうだ。元妻のほうとミイナは仲が良かったらしく、信じらんないと憤慨していたが、それと同時に自分も同じになるのではとビビっていた。
「まあ、私たちのところには来ないと思うからいいんじゃない?」
「そう思うんっすけどね? ここ社長も会長もこの時間居座るじゃないっすか」
「あ」
「来ると思うっす。お出迎えしろだのあわよくば番にとかふざけたことを言いやがるんですよ。老人会め」
きつめ美女猫耳付きがやや猫よりの目になってちょっと怖い。
「ま、まあ、静かにしてれば大丈夫」
それからほどなくして、社食の入口が騒がしくなった。そのころには私は最後のチキン南蛮を噛みしめ飲み込んでいた。さらばチキン南蛮。また、来月。今日の夜筋トレを増やすか、早朝走るかの二択だろう。
やっぱり入って来たっすよと鮭の骨をぼりぽりと齧りながらミイナは視線を向けている。
私も視線を向けると。
「……こっち来てない?」
「お、しゃ、しゃちょーはあっちにいるので違うし、偉い人もいないし?」
きょろきょろとミイナと私は見渡すも黒玉の君が用がありそうな人は後方にも前方にもいない。
それなのに、こちらに向かっているように思えた。社食という場所なので四人掛けテーブルが整然と並んでいるが、それなりには席の間があるのでお付きの人もついてきているが。
たぶん、周囲の人もそう思ってるだろうなという困惑を感じ取る。
「ようやくみつけた」
私たちのテーブルの前で立ち止まると彼は微笑んだ。
「我が番。
迎えが遅れて悪かった。さあ、行こう」
……?
ミイナかなと目線を向けるとぶんぶんと首を横に振っていた。獣人同士だと目と目があった瞬間お互いがそうだとわかるそうだ。
私は首をかしげる。周りを見回すと慌てたように視線を逸らす獣人たちと私かしらと言いたげに微笑む女性数人、それから羨望と嫉妬のような視線に遭遇した。
改めて黒玉の君を見上げる。生真面目そうな眼鏡のイケメンである。猫耳と猫しっぽがついているが、イケメンはイケメンだ。
ただし、このイケメン。既婚者である。ときめく要素がない。
私は座ったまま彼を見上げて告げた。
「人違いでは?」
「いやぁ、肝が冷えたっす」
ばたばたとついてきたミイナはそういった割に愉快そうだった。
相手がフリーズしている間に昼食時間の終了を告げる鐘が鳴ったので、社食から撤退してきたところだった。
「ミイナさんや」
「なんすか。カリンさん」
「番から逃げた人間の話知らない?」
「うちの従姉のねーちゃんが、うぎゃーむりー、と異界の魔物召喚して、魔界に逃げたっす」
思った以上にパンチが効いた答えが返ってきた。
そー、以外の言葉が返せない。
「ルリちゃん、単独生物系獣人で番なんて現れんと周囲も思ってたら、現れたんすけど。
ルリちゃん的には番認定入らなくって、無理と」
「全部番がいるわけじゃないんだ」
「そうっすね。
雌雄同体系とか、単純に事故の分裂で増える系は番がないといわれてるっす。例外はあれどだいたいは一人で楽しくやっていく感じみたいっすよ」
「それにしても魔界に逃げるほど嫌って」
「そーっすね。番の相手の性質にもよるんですけどね。
拉致監禁、誰にも会わせず誰にも親しくさせず、子も産ませるが育ても近寄らせもせず。という極端な例もあるんっすよね。今どき人道的に許されないんっすけどね? ほら、なまじ権力もっているとほら」
「サスペンスもミステリもホラーも嫌なんだけど」
「私も番見つけたらああなるのかと恐怖ではあるんすよね……」
どよんとしたミイナにかける言葉がない。それなりに自我があって拒否感があっても抗えない何かというものであるようだ。
「実質、現世捨てろと」
「受け入れてラブラブしちゃえばいいじゃん、というのが獣人族の主な主張っす。
受け入れないとか可愛いそうと獣人びいきな判定しか出てきません。純人のくせにとか、善意で言っている歪んだこととかいろいろあるっすねぇ。
死んだ目のかかりちょー見たくないっすけど、現状、受け入れるか死にそうな目にあうかみたいな二択」
「ひどい」
「つっても。出来るのは時間稼ぎくらいっすよ?
まあ、今日の今日に手を打たれることはないでしょうから、明日までが勝負っす。私も微力ながら指令を下されるまではお手伝いします」
ファイト! と言われても……。
「なにからすればいいと思う?」
「オートロックの部屋じゃなければ、引っ越し。セキュリティ高め、管理人あり、不審者即通報してくれそうな住人が在住物件がおすすめです。警備員は善し悪しなんですよね」
「ホテルは?」
「ホテルごと買収されて監禁場所になりかねません。まず、他人の買収されない純人の多い地域で考えたほうが良さそうですよ。それから」
「それから?」
「帰りに犬を飼いましょう」
「いぬ?」
「黒玉の君、犬苦手っす。
かかりちょー散歩、苦にならない人種っすよね。それも雨でもジム行く系」
「うん。走る時の友達、とでも思えばいいか」
「あとは思いついた端から伝えるっす」
気楽にそういうミイナ。同族を裏切るような真似をさせているような気がしてきた。私が思うより重大な過失として問われそうだ。
「……あのミイナさん」
「なんすか?」
「その、ありがとう」
「いいっすよ。今は、信用していいっすけどね。明日からは油断しないでください。
私も一族内の立場ってもんがあります。まあ、おじいちゃんが怒鳴りつけてると思うんで数日は自由になれると思うっすよ」
「おじいちゃん?」
「あー、うちのおじいちゃん、先代の黒玉の君なんすよ。それもまあ、20年くらいまえに引退したんすけどねぇ。秘密っす」
きまり悪そうにぽりぽりとミイナは頭をかいている。
……お嬢様だった。このっすとかいう人がお嬢様だった!?
「さて、午後のお仕事しましょう。
かかりちょーは引継ぎ出来るように専念してください」
「え?」
「執念深い番が、仕事なんて考慮してくれると思わないほうがいいです。なんせ、仕事辞めても養えるし、豪華な生活させてやるんだから働く必要なんてないとか考える感じなので。
会社も事情を考慮してくれると思うっすけど、面倒が増えたら最悪、クビっす」
「……」
新入社員で入って、苦節8年。ようやく、役職にもついて、もっと出世するぞーっなったところで、クビ。
しかも、自分、なにもしてないところでクビ。
「私は、仕事が、したいんですね?」
「存じ上げておりますです」
「地域安全を守る、呪式結界の開発、設置、保全にも全力を向けてきました」
「はい。おっしゃる通りです」
「それを、クビ」
「私がするんじゃないっす。しかもかかりちょーの簡単設置、移設らくちんと評判じゃないですか。資材会社とも良好っす」
「そぉよねぇ。
この程度のことで、首になってたまるもんですか」
「……あぁ、まずいこと言っちゃったなぁ」
ぼそぼそとミイナが呟いているのが聞こえたが遅い。
「私、シュナウザーとか好きだけどどうかしら」
「トイプーでだめっすか? 私も犬苦手で」
「サモエドとか、ハスキーとか、柴犬も捨てがたい」
「聞いてるっすか。可愛い子犬がいいっすよぉ……」
そして、続きがない。
その後、番を振ったという噂と不倫していたという噂と愛人になるらしいという噂が社内を駆け巡り最悪の職場環境となり、ブチ切れた私、てめぇなんかより仕事してぇんだよ!と啖呵を切ることに。
で、それで、知らないところで某奥様を爆笑させている。




