二周目の人生。溺愛は勘弁してほしい。
ああ、これで、一人になれる。
なんて思ったので罰が当たったのでしょうか。
かつての夫と同じ顔の子供が、私をのぞき込んでいます。
私って子供いたらかしら? と真顔になる。
「どうしたの?」
にこりと笑う可愛らしい子供。
その瞳に映る私も子供で。
まさかまさか。
周りを見回せば遠い記憶にあるものと同じで。
知らずに息を止めて居たようで顔が暑い。主に息をしていなかったことにより。
思い出したように息を吐いて、その子供を潤んだような目でうっとりと見上げる。
よくわからないが、ここで他の令嬢と違う事をしてはいけない。
「大丈夫みたいだね」
すっと興味を失ったような目で、ゆっくりと去って行く後ろ姿に達成感を覚える。
しかし、調子にのってはいけない。反対側の見知らぬご令嬢の群れに混ざり、興奮気味に先ほど声をかけられたとはしゃいでみせる。
少々、性格に合わないので恥ずかしいがこの後の人生がかかっている。
私の記憶が確かならば、ここで私の人生が決まった。
一度目と仮称して置くが、私が死ぬ前の人生では何故か先ほどの子供、この国の王子に気に入られ婚約者となり結婚した。
一般的に玉の輿と言われ、幸せそうだと言われていた。
……ところが実は彼は溺愛束縛ヤンデレだった。
愛情と恐怖、憎悪の入り交じった中、笑顔で生きている人生。
二度目は勘弁してくれと心が叫ぶ。
死ねたのが奇跡と思うほどの包囲網を強いてくる恐い生き物と知っていたら最初から近寄らない。
王位を継がない臣下になったことをいいことに子供もいらない宣言するくらいの怖さ。私の興味が自分以外に少しでも向くことをなによりも嫌い、そのために私を孤立させても良いと思うことが普通。
え、これって愛情なの? なんなのこれ? と気がついたときはもう遅かった。
思うに彼は女性不信であり、女性らしくなかった私を見初めたに過ぎない。婚約者を決めるときに私を思いだした。
そして底なし沼のように私にドはまりした。
初手から間違ってたのだから全力で回避したいと思う。
幸い、私は14だ。婚約してもおかしくない年頃の子である。早急に別の男を捕まえるしかない。
彼があの手この手で破棄させようとするかも知れない可能性はあるがしないよりマシだ。
それは後回しにして、今はきゃあきゃあと以前は交流のなかった令嬢と一体感を味わう。これはこれで楽しい。
一度目もやってみれば良かった。
そうすればあんな目には。
いやいや、今は思い返す時ではない。
王子のことは頭から追い出し、ご令嬢と楽しく過ごす方が優先だ。
それぞれ自己紹介をしたり、遊びに行く約束をしたりとそれなりに有意義にお茶会を過ごすことが出来た。
同じように招待されていた男の子たちとも話もできたし。
一度目では出来なかったことだ。
私にしては快挙だ。一度目の人生でそれなりに揉まれたせいだろうか。
日が傾く前にその場はお開きになる。
子供たちを迎えに両親がやってきた。
私の両親もいた。懐かしさで泣きそうになる。一度目の時は結婚の時が最後にあったと記憶している。
死に目にもあえなかった。
涙目の私に両親はいじめられたかと大慌てだった。滅多に泣かない娘だったので。
心細かったとぎゅっと抱きついた。
相変わらず格好いい母と優しい熊のような父が懐かしい。
抱き上げて貰いそのまま馬に乗って帰る。
これが普通だと思っていた。よそのお家が馬車だったことも知っていたけれど、うちがおかしいとは思わなかったのだ。
改めて思えば私の境遇は特殊だった。
ちょっとは名の知れた騎士の家系の末娘に生まれた。
母は数少ない女性騎士で、本家の跡取り娘だった。しかし、付いていた王女の婚姻によりついて行くことが確定していたため、父が遠縁から養子として迎えられた。
結果的に言えば、王女の縁談が破棄され戦端が開かれ功績を挙げた父が、母を射止めた。
我が家には四人の兄と妹の私、本家に修行に出されている従兄弟たちとその他弟子たちが暮らしている。
従兄弟の両親は健在で、各地で道場を開いていたり、行商をしていたりする。いとこも男ばかりでなく、従姉妹のほうはそちらについていた。騎士になりたいという要望のある女性は今のところいないらしい。そのため、一度目では交流もほとんどなかった。
従兄弟がわんさかいるのは祖父の采配だ。父が養子に入ったときに見込みのありそうな弟子を片っ端から養子にしたらしい。
王女の縁談がうまくいけば良いが失敗した場合、戦争が始まることがわかっていたから息のかかったものを簡単に指揮官として配置するためにだったらしい。
そんな我が家は祖母がとりまとめているが端的に言えば、男だらけ。
母ですら剣を持つ家だ。
娘に刺繍など教えたこともない。祖母もまあお嬢様とは言えない。
ここで女性らしい娘が育つだろうか。
顔の良い地位のある男に興味を持たなくてもなんら不思議はない。まずは強くなくっちゃと言っている。それが世間からずれているとも思っていなかった。
この頃の私の興味は剣の腕を磨くこと。憧れの兄や従兄弟に追いつこうと頑張っていた。
それも危ないからと後の夫に取り上げられることも知らずに。
帰宅すれば珍しく令嬢のように装っている私に父や兄、従兄弟はめろめろだ。出て行く頃は皆仕事に出ていて、この装いは見ていない。
いつもは私を山猿だとからかう従兄弟たちが顔を赤くしてもにょもにょと褒め言葉らしきものを口にしている。
「ありがとう。兄様たち」
あの頃は照れて言えなかった言葉。確かに嬉しかったのに怒らせたと勘違いされていた。
……しかし、何故か皆ちりぢりになった。
「……なぜ」
「従妹が急に女の子になってびっくりしてるんじゃないかな」
母がおかしそうに言うが納得がいかない。渾身の笑顔で怯えたように逃げていくとか。
……ん?
「お父様。なにかしました?」
「なにも」
「娘は可愛いものね」
なにかしたのね。
白い目で見れば慌てる父がおかしい。
二度目でも平和な我が家に返って来れたことが嬉しい。
部屋に戻ってすぐに着替えれば、皆に不評だった。
「お茶会の約束をしましたのでまた着ます」
「……それってどこのご令嬢かなぁ」
お茶会、つまり女の子の集まりとぴんときたのか長兄が嬉しそうな声を出す。妹と友達のご令嬢がいれば紹介してもらえるかもしれないという下心が透けて見えた。
一度目の時は、お茶会に行ったらどうだとよくすすめられていたのはコレが原因か。今になって疑問が氷解する。
「ロート伯家のメリッサ様とエイル家のティアナ様などです」
その場に居た十人くらいのご令嬢全員紹介するのは難しい。一番地位の高いお家とうちと縁戚がある家の令嬢の名前を告げる。
「兄ちゃんに紹介して欲しい」
「え、野獣とか言われますよ」
ワイルド系男子である兄たちには悪いが、怖がられる以外あり得ない。もう少し大人になれば別かも知れないが、今は野蛮な男の子でしかない。
王子様に憧れる年齢を超えてきたらわからないが今はただ振られるだけだ。
絶句している兄弟と従兄弟たちが哀れに思えるので一応、補足しておこう。
「兄様たちにも良いところはありますけど、今のままではムリです。
お家に招いても良いくらい仲良くなって、良いところを伝えてからお会いした方がまだ可能性はあるでしょうね」
「妹が大人すぎてよくわからない」
「お兄ちゃんが素敵なの。という話をした後の方が印象良くありません?」
「わかった。頼む」
……長兄17才、未だに婚約者なし。まあ、ちょっと焦る年齢にはなってきている。貴族間の婚姻は三年の婚約期間をおく暗黙の了解がある。
長兄もそれなりに優秀なので出世して、別の街に送られる前に結婚しておきたいんだろう。
まあ、一度目はムリだったんだけど。現地で会ったご令嬢と政略結婚して尻に敷かれたはず。
……あれ?
そういえば一度目の奥さんはティアナ様では。
兄は彼女の住んでいる領地に飛ばされるのだろうか?
「あまり期待しないでくださいね」
「うん」
それはもうきらっきらとした期待したまなざしが痛い。
それから目を逸らし食卓を見渡す。
「……そう言えばリュー兄様がいないんですけど」
「ああ、今日は夜の勤務だ。出がけに会わなかったか?」
首をかしげる。一番の憧れの従兄にあったことを覚えていない。
後々あれは初恋だったと思い返したものだ。そこでさっさと婚約しておかなかったことを後悔した。
「リュー兄様って婚約者いましたっけ?」
「うちの男どもがもてるとでも?」
……祖母の容赦ない言葉に撃沈する。
仕方ない。
筋肉ムキムキは王都の貴族の流行ではない。ほどほどが良いのであって実践で鍛えられたのは対象外。
ただし、顔が良ければ問題ない。
しかし、残念ながらうちは野獣系。きつい目が原因と言えるけど、傷もあちこちあるし、でかいし。
遠巻きにひそひそされるかもしれないが、直接話をするような猛者な女性は少数だろう。
「では、仮の婚約をお願いしても良いでしょうか」
「は?」
父がぽかんと口をあけた。
母が首をかしげ、兄たちは、は? と言いたげに私を見ている。
従兄弟たちは奇声を漏らしているが無視だ。
「ご令嬢とお友達になるにあたり、王子に興味がないアピールが必要です。
ロート伯家のメリッサ様が熱狂的な王子ファンでして」
ただし、結婚したいとは言ってない。
メリッサ様は護衛騎士に片思い中だ。繊細な美貌は観賞用と言っている。あの場にいた令嬢はそのような目で見ている傾向があった。
王子の相手に選ばれるなんて考えたこともない。
「ああ。本人に聞いてみよう。王子は嫌か?」
祖母が好みの菓子の話でもするように簡単に請け負った。
「なにかとても差別する方のようなので」
「あの方は女嫌いだからなぁ」
兄が苦い顔でそう言う。
やっぱりこのころからそうだったのか。
「サリ様が婚約をどうかと言ってはいたのだけど、断って正解だったわね」
母はあっさりと断ったことを告げる。今でも護衛騎士をしていた元王女様、現大公とは仲良しでそちら経由で打診されたということだろう。
それには思わず真顔になる。
「……大丈夫ですか、うち」
「あら、旦那様を敵にしたいとはまだお考えではないようなので大丈夫よ」
「しかし、リューだけに与えてやるのもなぁ」
あごにてをあてて父が爆弾発言をする。
「ばっ」
「しっ」
「だまってーっ」
……何かを察してしまったのだけど。
従兄にモテモテだったよ。一度目の私。からかわれてムキになってたけど、思い返せばなにかにつけて便宜を図ってくれたわ。
好きな子をいじめたいその気持ちはわからんでもないが。
「では、こうしましょう。口説くのは自由、仮の婚約者はリューとする。
一年の期間をおき、再確認後、確定。以上を現当主としての決定とする」
母はリューの意志を華麗にスルーした。
さすがにちょっと悪い気がする。
翌日、戻ってきた本人が青ざめて撤回を求めてきたことはなかなかくるものがあったけど。
「もっと良い人が居るでしょう」
そう言って困惑と焦りを浮かべる人は今の私には見上げるほどに大きい。それでもちゃんとしゃがんで目線を会わせてくれる。
穏やかなハシバミ色のたれ目、短く刈った銀髪がきらきらして見えた。
まだ傷のない顔にちょっと泣きそうになる。
「私は王子と婚約も結婚もお断りなの。私はまだまだ強くなれるもの」
「まあ、確かに王子に憧れはないですよね。絶対あり得ない」
力強く断言された。よくわかっている。
このときの私が好んだのは強い人。将軍とかにきらきらした眼を向けていました。なんか狼みたいな人だったと思う。
一度目でも口説かれたことがあったなと思い出した。それも即お断りした。背後の王子が恐すぎて。微笑みすら向けることもなかった。
そして、憧れだったのだと告げておけばよかったと後悔することになる。
「小さくて良ければ、将軍のところに二番目でも良いので入るのですが好みというものがありますし」
「……卑怯だ」
「んー?」
「勝てる気がしない」
「リュー兄様?」
「わかりました。他に好きな人ができたら言ってください」
一体どんな葛藤があったのか。
首をかしげている間に覚悟ができたらしい。
「兄様」
「なんですか」
「覚悟してくださいね。わたしの好きは簡単にはめげませんからね」
二度目の自由がかかっているんだから。
二周目は剣豪エンド。




