婚約者が悪役令息になっていた件。
「な、なんで、今思い出すのっ!」
絶叫しなかった私を褒めて欲しい。
心底、絶望した。
ディルニアの花という話が、ある。悪役令嬢に転生した主人公、断罪回避してハッピーエンド。ヒロインも転生者で逆ハーするからざまあするよ! という話だ。
私、悪役令嬢。
こ、ここまでは良かった。よくないけど、よかった。なぜか普通のご令嬢だったから。思い出す前のことを考えても侯爵家の名に恥じない努力家だった。断罪されるとか発生しなそう、だと思っていた。
婚約者が悪役令息になってたんだけどっ!
品行方正のイケメンが、傲慢系俺様になるってどういうこと。嫌いな男の幼馴染を奪うとか意味が分からない。戦利品のように連れ歩いて、笑うように強要するとか最悪。
それを目撃して膝から崩れ落ちた。ついでにいろいろ思い出して半泣きだった。
周りは浮気現場を見てショックだと思ったのでしょう。
違うのっ! そ、その子ヒロインーっ! と絶叫したかった。その場を急いで立ち去り、人目のないところでようやく一息ついて、今。
ちょ、ちょっと落ち着こうか、私。
記憶が混濁しているけどまあ、落ち着こうか。
うん。婚約者がどこかの格下の令嬢にご執心というのは、知っていた。興味なかった。完全無欠な政略結婚だったし、男なんて浮気するものだし、愛人くらいつくるでしょと達観していた。私も結婚して子供でも産んでから好き勝手するわと両親を参考に考えているくらい。
それより、興味のある男はいた。性格上問題はあったもののハイスペック婚約者を負かしたのだ。それは一度だけで、そのあとは面倒そうに、あからさまに手を抜いて負けてやっていたけど。
あの傲慢な婚約者を叩きのめしたその人はフェイと言った。長身痩躯で、目つきが悪いけれどそれなりに整った顔立ちで。とっつきにくそうなのに、誰にでも笑って挨拶するような人。
貴族には向いてないだろうと思いながらも、少し話すくらいの距離感にはいた。
食べても食べても肉がつかないと嘆いていたとか、たわいのないことを覚えている。卒業したら、軍に入る予定と聞いていたのに。
この二か月ほど見ていない。頭悪いから授業をさぼれないと頭をかいて気まずそうにしていたのに。
……というか、私、フェイのことものすごく意識してた。恋にもならない淡いもので留まっていたのは彼には幼馴染がいたからだ。
いつも喧嘩をしているように言い合っていたけれど、とても仲の良い二人だった。
その、彼の幼馴染が我が婚約者が今連れ歩いているという事実に心折れそうだ。それするの他のキャラです。しかも婚約者に興味なさ過ぎて、誰が気になっているとか完全にスルーしてた。
原作的に言えば失意のフェイをどうにか励まして仲良くなっていくの私なのだけど、どの面下げて励ませとおっしゃる?
本気で、うちの婚約者が失礼しました、ごめんなさいと全力謝罪案件。そのうえで、婚約者を責めて、彼女をケアしないとまずいどころじゃない!
フェイは、国一番の剣士(予定)である。向かうところ敵なしの一騎当千。その代わり、ちょっと考えなしで、ちょっとバカである。つまり、扇動されやすい。
一番敵に回ってほしくない人が、敵になるのですかそうですか。殺しにかかってますか。
失意のなか、フェイを探した結果は思ってもみないところだった。学園をやめたうえに消息不明。むしろ、そっちの婚約者がなにかしたんじゃないの?と疑いの眼差しを向けられる始末。
呆然としながらも行方をさがしていたけど、見つからず。それに手をかけている間にヒロインがやさぐれたのか逆ハー展開をし始めたりする。
原作通りといえばそうだけど、不穏すぎる。
金をせびって、実家に送金。権利を手にして商会を立ち上げて、売上は各地に寄付。それぞれの婚約者には情報の受け流しをしてまずまずの関係を整えたりと想定の斜め上を行っていた。
お花畑とかそういう話じゃない。
確実に、近寄ってきた男の勢力削るつもりだ。恋とか愛とか甘ったるい何かでは決してない。どちらかといえばハニートラップ。
「あら、侯爵令嬢ともあろう方が、どうしてお逃げになりますの?」
そして、ある日恐れをなして逃げまくっていた私。ついに捕まる。
「あ、はい。なにかごようでしょうか」
かちこんこちんに固まった私をヒロインは笑った。
 




