悪役令嬢を助け損ねたのに嫁になった。
そのお金は誰が稼いだのでしょうか? を先にお読みください。
「あの子を助けなきゃ」
と思い立ったのは、普通に異世界に転生したのではなく、乙女ゲーム(18禁)に転生したと知ったからだ。
何故にかつても男で今も男の俺が知っているか。
なんかの広告で見た女の子が可愛かったから。色々調べて葛藤の末、通販で手に入れたがそれでもなんだか恥ずかしかった。
俺にはムリ、と呟きながら、コンプリートしたのは良い思い出だ。なお、ムリなのはイケメン攻略対象が囁くアレコレについてだ。残念ながら俺のハートにきゅんとはこない。
それは二周目から、特殊コマンド前世を思い出す、が発生する謎の設定だった。思う存分、無双出来るんだけど、そこでひどい目に会うのがヒロインの姉。
通常ルートでは、意地悪、というより妹に無関心で、普通に存在を無視する。それが、攻略対象と仲良くなるに連れて排除しようとした。
排除、である。
罠におちるとむふふ、なイベントになる。ヒロインのアレな姿が見れるので、ある意味良い仕事をしていた。
しかし、前世を思い出すと姉の方が娼婦のように体を売るはめになる。
回想では、社交界デビューあたりからそうなるはずだ。
両親がいろんな悪いお金の稼ぎ方も重税もかけられなくなるから、お金がなくなった。結果、金のある貴族に娘を斡旋する。
……生活を落とせと言いたい。
二次元ではそれでも良いかもしれない。いくつかあるルートの一つでしかないから。
残念ながら、二次元ではない。
俺の手元にやってきたそれは、この世界ではオーパーツもいいところだ。どこの誰がということはすぐにわかった。
あ、やべぇ、ヒロインちゃん、転生者だ。
お姉ちゃん、大ピンチ。
現実的にアレがああなる可能性が高いのではないだろうか。
……いや、違うかも知れないけれど、でも実際そうだったら罪悪感が半端ない。
違ったらそれでいいから。そう思い立ち、俺は旅の準備を始めた。
「ちょっと、王都に支店だすよ」
それから二日後、俺は事務所兼店舗に顔を出すとそう宣言した。
店員の二人が振り向いて口をあけている。それもそうだろう。俺はきっちり旅装も整え、荷物も抱えているんだから。
「軌道に乗ってきたんだから、こっちは任せた」
「ちょ、ちょっと」
「人員は俺一人で大丈夫だから、住む場所決まったら連絡する」
「ま、待ってっ!」
「女の子の人生かかってるからムリー!」
商会の主たる立場を放り投げた。そうまでして知っているけど、会ったことのないあの子のところに行こうとするのはばかげている、気もした。
でも、好みだったんだから仕方ないじゃないか。少なくとも18歳のお姉ちゃんは、俺の好み直撃してる。今は、子供だから対象外なのだけど。
「いみわかんないですけどーっ!」
俺も実は意味が分かってない。
なぜ、異世界転生して、貴族生まれで内政チートせずに商会立ち上げて、商会長してるのか。という点について。
異世界転生でありがちにチートをかましたわけでもない。地道に自分のための道具をつくっていったらうけた。それもある意味チートかもしれないけど。
辺境の貧乏な辛うじて貴族家の五男なんて、ある程度までは面倒を見るもののあとは家を出される。やる気の有無よりも年功序列。兄より賢い弟はいらぬのだと言わんばかりに家を出されたのが13歳のころ。
辛うじて存在するお膝元の町で働こうにも領主様のところのお坊ちゃんになんて!という体のいい断りをされて居場所さえ作れず流れ流れて誰も知らない土地でアルバイトに精を出す生活。
その中で作ったのが。
たとえば、くっつかないフライパン。
たとえば、ホットサンドメーカー。
たとえば、ピーラー。
魔法がある世界で良かったと思う。
アルバイトで焦げ付いたフライパンを洗うのが嫌になって、フライパンにくっつかない魔法を付与したことが始まりだ。
不着と名付けた新しい魔法付きのフライパンをアルバイト先で気に入られ、あっという間に人気商品に。よっぽど、たわしで磨くのが嫌になったらしい。主婦が。
付与術師として、来る日も来る日もフライパンに不着の魔法をつける日々。
つい、手軽に暖かいものが食べたくて元々あった直火用ホットサンドメーカーに魔石をくっつけて発熱させて焼いたら注目の商品に。
そして、野菜剥くの面倒になって、鍛冶屋と共同開発したピーラーは主婦の必需品になった。
スライサーは今開発中。チーズおろしの発展系としておろし器も開発中。
今、食卓の革命が起こっている。
今後は、電動泡立て器もどきを作る算段をしていた。これだってウケるに違いない。死ぬほど泡立てて筋骨隆々になったパティシエだって垂涎のはず。
これで家を出した息子が大金持ちになって悔しかろうとあざ笑うつもりだった。
それを全部うっちゃってもてるコネを全て動員して潜り込むつもりだ。
間に合うかもわからないが、何もしないよりましだろう。
あの子が、壊れてしまう前に手が届けばいい。
彼女たちの家は子爵家だった。家格で言えば俺の実家と同格、ただし、歴史はあるものの金はない家とは比べ物にならない。数代前には王家のお姫様をもらっているようなおうちは豪華だった。
生まれながらの貴族は違うなと同じであるはずなのについ思うほどに。
血税が、と思うのは前世の感覚だ。貴族とそれ以外は隔絶している。いなくなっても勝手に増えるもの程度の認識が多い。あるいは、そこまでの意識すらしない。
優しい領主もいるが、それは愛玩物にかける愛情に似ている。つまりは同格として見ていない。そういう意味でも実家では俺は浮いてたんだなと今更ながら思う。でも、やられたことを恨まない理由にもならない。
後で見てろよと志を新たにしながら王都に潜伏した。
貴族の家というのは色々面倒な無言の強制というのがある。家庭教師と言えど、貴族の生まれでなければ雇わない。
仮にも子爵家、五男であろうと身元は確か。もとは優秀でも今は落ちぶれて、格安で請け負っているという話をしたせいか、順調に家庭教師の職を得られた。
御しやすい相手だと思われたようだ。主の意向に逆らうような態度はとらないと。
そういう意味では、意向に従うどころか正反対のことを吹き込むつもりだった。
どうか、いざというときに戦う力になるようにと。それがばれた途端に解雇された。
諦めきったような凍えた瞳の少女は、結局最後まで心を開いてくれなかったように思う。
先生もいなくなっちゃうの?と泣きそうな表情で言われたときには胸が痛くて、一緒に逃げようと言いそうになった。
そうしたところで、すぐに連れ戻されるのがわかっていて言えなかった。それをしたら俺の身のほうが危ういと踏み込めなかった。
何もかもの飲み込んだようにもう、大丈夫と笑うから。それを忘れることはこの先もないだろう。
「……やっぱり、役立たずだった」
酒に強すぎて、酔いつぶれもできない酒場で愚痴るほかない。酒精が薄いんだよと文句をつけると店主が睨んでくる。金貨を積んで黙らせようとしたら、連れが慌てたように店主に取りなしていた。
曰く、失恋したのだと。しかも、親の反対が原因と全然違うことを言いだした。
「違うし。俺のそーゆー不純ななんかじゃねーの」
「はいはい。でも、本気で鬱陶しいのでそろそろ復活してほしいんです」
「そのままだとキノコ生える。コケでもいいが」
「うるせぇよ。敗北者なんだよ」
落ち込む俺に追い打ちをかける。
元々支店を任せていた店員は数年を経て支部長に昇格。もう一人の店員は流通を牛耳るようになっていた。俺いなくてもよくない? と言うと担ぐのは、貴族の箔がいるんですよと中身に価値がないように言われて……、いや、不在が長かったけど。
その結果、とても彼らは辛口だ。しなくていい苦労をしたというのが二人の言い分である。
その二人でも打ちひしがれる俺に思うところもあったのだろうか、こそこそとなにかを話している。
「よぉし、成り上がりましょう! 我々がついてます。どこの貴族のお嬢様でもお迎えできるほどに稼いで稼いで稼ぎまくるのですっ!」
こぶしを握り締め仁王立ちをする支部長を見て思わず吹き出した。
「なんだ、それ」
「世の中、金で動くこともあるのです」
澄ました顔をして、もう一人も立ち上がった。
「……まーなー」
思わず遠い目をしてしまった。そう言えば、彼女は辺境の年上のおっさんに売られていくのだっけ。
「分の悪い賭けだけど、しないよりましか」
金で買い叩くのは気が引けるが、他にやれることがない。
「それでこそ商会長! 国内を牛耳ってやりますよ」
……そこまでする気はないんだが。やる気になっている支部長に何か言うと倍以上で帰ってきそうで俺は黙ることにした。
本当は、今すぐ連れていきたいけれど力が足りない。
それならば誰にも何も言われないほどに、黙らせるほどになるしかなかった。
「どうか、諦めないで」
今できるのは俺に許されるかどうかもわからないが、教会で祈りを捧げて、寄付をするくらいだ。シスターたちは思うよりも深く貴族の社会と繋がっている。という前世情報がある。彼女の守護を願うことが役に立つかわからない。
それから、六年の歳月を経てやってきた彼女は美しかった。
そして、なぜかメロメロにさせると宣言を食らうことになることをこの時の俺は知らなかった。
札束で殴るという表現は、紙幣がない世界では金貨袋で殴ることになりそうで死にそうだなとどうでもいいことを考えてました。表現的には積み上げるですかね。
なお、この先は安心のもだもだいちゃいちゃモードで二人で幸せになりましたで締められます。妹ちゃんは、この先シェアを奪われ続け気がついたら窮地に追い込まれます。国一番の商会になるのが目的の人と物流を支配して国内にすべてのものが行き届くようにする目的の人が人生賭けて喧嘩を吹っ掛けるので。
もしかしたら、そっちのほうが熱い戦いがあるかもしれない……。
 




