幼馴染に振られて色々思い出したおれの話。
空が青い。
「あー、全部どうでもいい」
なんだよ。ごめんって。
だから、リースはバカだっていうんだ。
俺のことをバカバカっていうのに。
「無理にでも幸せにならないと許さねーし」
でも、そんなの見たくない。
「ゴロー、指名依頼だ」
「は?」
俺は間抜けな顔をしていたのだろう。受付が呆れたような視線を向けてくる。
魔物狩りで指名依頼をされるのは特別だ。ある程度、名が売れて協同組合が認めなければいけない。そのうえで、保証金、損害を与えた場合の見舞金、話が違った場合の違約金など相当な金持ち以外できないようにしている。
というか、協同組合は指名依頼など受けたくないからハードルを上げている。相手が権力者だろうが、国家だろうが、指図すんな、という気質が如実にでていた。
荒くれ者がそろう魔物狩り協同組合。大変好戦的組織である。日常はそうでもないんだけど。独立が脅かされた瞬間に、全力で潰しに行く姿勢、恐ろしい。
身内には甘くて、厳しいんだけどね。
「いつまで、その間抜けなツラさらしてんだ? 口を閉じろ」
「お、おう。衝撃すぎて、俺、そんな有名? ていうかなんの仕事?」
受付が大変ご機嫌な斜めだ。そりゃあもう、直角! ってくらい。眉間にしわ寄せてとんとんと指先が机をたたいている。連打すると机が凹むのでは? っていう速度。
「竜殺しが有名にならなくて、どうする。
最初は舞踏会の誘い。断ったのか?」
「え? 知らない。処理はクリア氏に任せてるから」
魔物狩りは自由業ではない。フリーランスでもない。協同組合に所属する職業。
それゆえにありとあらゆる職業で税金がかかる世の中の流れを受けて、この百年くらいは税金を納めている。収入に課税される形式で、額が少ないうちは年一回くらいぐおぉと苦しめば済むのだけど、年収の増えた今は顧問弁護士をつけている。この世界だと弁護は会計士と秘書がさらに合わさったような職業なので、貴人対応はすべてお任せしていた。
俺は少なくない額を貢いでいる。男で、中年のおっさんだけど。
「そっちが断ったんだろうな。良い判断だ。
埒が明かないとうちに依頼が来た。そんなの受けれるかと断ったら、護衛依頼だとよ」
「どんだけ吹っ掛けたわけ?」
「豪邸1個分くらいを前払いで、違約金も吹っ掛けといたんだが出してきやがった。というわけで、3日後、城に行け。
わかってるだろうが、爵位とかもらってくるんじゃねぇぞ」
そう言って受付にものすごく、すごまれた。
受付氏。
ひょこひょこと揺れる猫耳がなければ、かっこいいんだけどな。モフモフさせてくれないだろうかと現実逃避する。
「城はちょっと」
「と言うと思ったから、がちがちに契約で縛った。これで、何かされたらお前がバカなんだからな」
……。
通常の契約書などコピー用紙半分くらいに普通サイズの文字が並ぶものだ。
渡されたものは三枚、小さい文字でびっしりという。覚えろというのか。
「ジェーンが覚えてくれるだろ」
「不甲斐ない父が頼めば」
「やれ」
「……モリスさんのクッキーがあればやる気が出ると思うなー」
受付の後ろにいた別の職員から仕方ないと言いたげに一瓶よこされた。それも未開封。
協同組合のやる気を感じる。
殺意高いなー。
俺、行きたくない。因縁の相手がいる場所なんて嫌だ。
ため息をついて、俺は了承した。
俺には前世の記憶がある。この世界ではない遠く日本とかいう国で生きていた。お約束のように詳細は覚えていない、この世界のことはゲームとか漫画とかで知っている、ということがなかった。
なんなら前世の名前も家族も普通に覚えている。というのに、残念ながらこの世界のことを知らない。原作チートできないので、割と普通にがっかりした。
思い出したきっかけっていうのが、振られたショックのヤケ酒というのがなんとも……。
二日酔いで頭がガンガンするなかこんにちはした過去の記憶。やぁ、享年17歳の俺。思い出した当時も17歳なので、あまり違和感がないような、違和感ばかりのような……。未だに昔の自分は自分じゃないような気もしているし。というか重すぎる愛が重すぎて胃もたれしそう。
新しい俺はフェイと言う。
田舎の男爵家の次男で、身体的な能力はかなり秀でているかわりにちょっとバカだった。15からほぼ義務の王都の学園に通っていたが、座学は下のほうから数えたほうが……っていうくらい。幼馴染のサポートがなければ最下位なんじゃないだろうかと疑うくらいできなかった。
まあ、歴史や貴族のつながり、他国の言語なんてのは興味なかったんだろうと思う……。例外的に特産品や地名なんかはよく覚えていたし、戦略的なものについてはまじめにやっていた、と思う。
そして、思い出したのは来年には卒業という17歳の秋の出来事だった。
振られたショックなどと言っているが、婚約までしていたわけではない。恋人らしい付き合いもしていたわけでもない。
もだもだしたお前らつきあっちゃいなよ! という状況下の幼馴染が別な男にとられた。とられたというのもなんか違う気もするんだが、感覚的にはそんな感じ。
その相手というのは次期侯爵閣下で、今後、国内で権力を握る男だ。顔良し体良し地位も名誉も金もある、そんな男に対抗できるかって? 無理でしょ。もちろん、フェイだって理解していた。
ただ、感情的にはまったくこれっぽっちも理解してなかった。困ったことに。
なにを言ってもしがない辺境の男爵家のしかも次男程度では踏みつぶされる。虫の居所が悪ければ家ごと。圧倒的な格差があり、気に入らないと潰すにも良心の呵責も覚えないだろう。だから、仕方ないと飲み込むべきだと。これは彼女の幸運。そう欺瞞に満ちた言葉で諦めろと。
そういう空気を読む能力が不足してたからなフェイは。あと少々、頭が悪い。諦めも悪かった。幼馴染に色々言っては撃退されてぼろぼろになっていっそ可哀そうな気が……。
最終的にとどめを刺されてのショックのヤケ酒である。
そのフェイってのは俺のことなんだけど。なんだか自分のこととは思いたくない。愛が重すぎて引き継げないというのが、本音。心底嫌で、理解できなくて、でも、相手のためというなら引くのだから。
まあ、そんなことがあって俺は実家に事情を送って即学園をやめた。勘当もしてもらった。実家は変なところから因縁つけられたら即無くなるような風前の灯なんだ……。
さらにわかりやすく荒れた風を装って、城下町に消えた。
なんだってそれをしたかって、幼馴染を連れて行った男はただの一度の敗北も許せないタイプだったから。
フェイはそのあたりを理解していなかった。勝負は時の運というものもあるし、勝ち負けにこだわらないタイプだったから。
だから、それなりに能力があって、自分よりも強いものがいるなんて想像もしたこともないような坊ちゃんというのを理解しろってのは無理だった。
権力があるから手加減しといこうという機微もわからなかった。
だから、フェイはあっさりと叩きのめした。
それは剣技の実技の授業中のことだった。模擬戦中に空気読まずにあっさりと。首をかしげて、あれ? とでも言いたげに見下ろして、手加減なんてしなくていいよ、とか言いだして。
真っ赤になった男をなんで? と見ていた記憶がある。
……ほんとさぁ、フェイってさ、貴族向きじゃない。周りの空気が凍っていたというのも不思議そうにしてたんだから。
その後の授業では、幼馴染に説教されたせいか面倒そうに手を抜いて相手して負けてやっていたというのもよくない。
心証最悪である。幼馴染も頭を抱えていた。当人は言われた通りしてるのにと不満だった。フェイよ、最低限そのあたりをどうにかしないとどこにも所属できないぞと思う。
俺なんだけど、あの時代の俺を俺と認めたくない。思い返すと胃が痛い。悪かったよ。幼馴染と思う。そりゃあ、あんなの相手してたら喧嘩ばかりになるよな……。
なお、フェイは教官すら、うん? と首をかしげて、本気でいいですよ? とか言いだすんだ。意地になった教官が特別だと言って、後の授業で王宮から騎士や将軍をこっそり呼んでいたらしい。さらには一対多数なんてのも多かったし、不意打ちなんての当たり前で。
それでも相手にならないと不満そうな態度は終始変わらなかった。
教官もある日悟りを開いたのか、基礎練習などを積むようにしか言わなくなった。模擬戦は最後に乱戦させるときくらいしか参加なし。それで一人勝ちして、でも、思い出したように途中で離脱していた。あ、勝ちすぎちゃダメなんだっけ? とか考えたみたいに。
つまりは、フェイは馬鹿げたような戦闘のセンスがあり、きっちり開花してしまったということ。最初は何か考えているようにぎこちないんだけど、途中でいきなり動きが変わる。
わりと本気でとどめを刺そうとするので、そういう意味ではやばいやつ。
なので、敗北は全然恥じゃない。フェイにみんな負けていったから恥じゃないんだぞ。こいつが化け物で変態なだけなんだ。とは、例の男は思わなかった。開き直りゃあいいのに恨みに思っていた、ようだ。
この件が後々まで響いての幼馴染をとられたにつながっている。その時に目を付けられていたんだ。仲の良いケンカップルだったのにサクッと寝取られたから。どうやって幼馴染を篭絡したのかは最後まで知れなかった。
どうせ、ろくでもない脅しかけたんだと思う。少しも楽しそうでも幸せそうでもなかったのに、私は今とても幸せなの、ほっといてなんて言いだされて……。
思い出すと死にたくなる。フェイじゃないのに俺と思うけど、あ、死のうとか考え出すんだよな。彼女が俺のこといらないっていうなら、もういいやって。重すぎて、怖いくらいなんだ。これが俺。嫌すぎる。
だからまあ、あれは俺だけど俺じゃないってことにしてる。分離しておかないと、やばい。それは身に染みてる。
……あの男の嫌がらせというのは、フェイにはとても効果があった。
フェイは、肉体を使う系の実技のトップを独走するような規格外。ただし、幼馴染との仲が少々怪しくなってきてからはがた落ち。やさぐれていく。
しかも幼馴染との絡み方が、言い方っ! っていいたくなるような言い回しになってしまい評判もがた落ち。
この状態で学園に残る必要もあまり感じない。
さらに一般市民になったらさっさと消すかもと恐れおののいた結果だ。ほら、毒殺にはさすがに対応できない。
あと過去が追いかけてくるのを避けたかったというのもある。軍のお偉いさんが、発破かけにきてたりして、強制的に連れていかれそうだったんだ。嫌だよ、あんな男がいるとこ。そのうえ、幼馴染がその隣にいるんだろ。殺意どころか、さくっと暗殺しそうなんだから。
というわけで、
なので、別の人生を歩むことにした。
この世界は、剣と魔法が銃と魔法に変わりつつある。科学と魔法がすでに融合しているようなので魔法と単純に言えるものではないけど。発電所も発明されて電線も都会の証と言われるとカルチャーショックに殴られる気がする。
そんな世界なのに野生生物的に魔物がいる。イナゴの大群が湧くように時々魔物が大量に湧いたりする。そうでなくても山にクマがいるように、領域を超えると襲ってくる。
そのため、太古から存在する職業、魔物狩りが未だに残ってたりした。現在、主要武器は銃器にとってかわれつつある。けど、どこかのハンターのように大剣担ぐとかも見かけたりする。魔物素材が優秀ということもあるんだろうけど。
俺は有り余る身体能力を使い、魔物狩りとして実績を重ねていき2年後にはそれなりに独り立ちしていた。そのあとちょっと事故があって、竜殺しとか言われてるけど。それからさらに2年たってるからあちこちに浸透してきたんだろう。
その竜殺しという名前が面倒を連れてきたに違いない。
加えて、以前のフェイという名前は名乗ってないので全く気が付かれないだろう。
今はゴロー。前世の名前にもかぶらない。イチローじゃダメだったのか自分と当時を振り返りたい。次男なんだからジローでもよくない? 今更変えられないけど。
受付のカウンターを離れれば、連れが気が付く。
協同組合ではマスコット的扱いをされる自称俺の娘。見た目幼女。なお、中身を聞いてはいけない。
「お待たせ」
「待ってないよ、遊んでもらったの」
にっこにこで対応する娘。仮の名前をジェーンという。賄賂のクッキーの瓶を渡せばさらに笑みが深くなる。ちょっぴり咎めるような視線を向けられたが気のせいということにしておく。
二人で協同組合を出ればとても日差しが強い。
「あー、空が青いわー」
「なにを当たり前のことをいう?」
怪訝そうな表情で見上げてくる幼女のあたまをがしがしとなでる。きゃっきゃっと喜ぶにはこのぐらいの力が必要だ。傍目で見ると乱暴にしか見えないが、本人の希望である。
「なんの仕事?」
「ちょっとお城で用事。契約書読んで」
「断るのではないのか?」
「相当吹っ掛けたってのに用意されては断れない」
たぶん。この国に仕えろ系の面倒な奴なんだろう。気が重い。別れた幼馴染が結婚して子持ちになってるかもしれないところに行くとか最悪。
なにか死にたい気分になってヤケ酒をして、二日酔いはこりごりと1日潰した。ジェーンの小言と介抱をうけて父親役は間違っているのではないかと思ったりもした。当の本人はしょうがない父親に文句を言いながら世話をする娘役を楽しんでいたようだったが。
さて、それ以外の問題なく、当日というか現場までついてしまったわけなんだが。
「話、違うよな?」
「まるっきり違う。父よ、これは暴れてよいのではないか。契約書にも違約があれば、その後の保証はしないと書いてある」
そっかーと遠い目をした。ジェーンとこそこそ話をする羽目になったのは、案内されたのが
謁見の間だった。
城についてこちらですと案内されて扉をあけられて、進むよう言われて従ったらこれだ。
なぜ謁見の間と知ったかといえば、国王陛下がそこにいたからで。曲がりなりにも貴族をしていたので、顔写真くらいみたことがあったからだ。記憶より老けてるなと失礼な感想を押し隠して、突っ立ったままいた。
本来は、頭を下げるなりするべきなんだろう。非難の視線がびしばしと刺さる。
俺も無作法とは知っているんだけど、協同組合から散々釘を刺されていたからしない。昔から存在している魔物狩り協同組合は国土をもたない国相当の権力も武力も財力も持ち合わせている。
どこか一国が難癖付けて滅ぼそうとしても返り討ち上等! というスタンスで成り立っている。そうでなければ独立組織としての運営は厳しいのだそうだ。
で、現状、上位者であるらしい俺が頭を下げるのは、恭順と積極的に誤解されるんだそうだ。
なにそれ怖い。
「護衛依頼を承ったが、どこへ行けばいいのだろうか」
空気ガン無視で発言した。
この空気感がいたたまれないけれど、迂闊に何か言えば所属させられると脅されてる。積極的に無礼でダメなやつをするつもりだ。
「我が国を守護してもらいたい」
……国を護衛しろって、強引だな。おい。
え、それを豪邸一つ分のはした金でやれっての? ご冗談を。と言える感じじゃない。
ちらっと視線を落とせばジェーンが肩をすくめていた。幼女がするしぐさじゃないが、やれやれだぜ、といったところだ。
「無理な話をしないでもらおう。それだけなら帰らせてもらう」
さっさと撤退するに限る。俺、あんまり頭良くないからうっかり丸め込まれるかもしれないし。その前にジェーンがどうにかしてくれると信じているが、絆されがちなのでそこも安心できない。
「望むものをなんでも与えよう」
あっさり帰ろうとする俺たちへ国王陛下が慌てたような声をかける。威厳をかなぐり捨てるような態度に少し笑ってしまう。つい数年前には雲の上の存在だったのに、こうして顔を合わせて下手に出られるとは思ってもみなかった。
幼馴染の件がなければ、使える手駒として俺はそこにいたのに運の悪い人だ。
「契約違反をすると私も罰せられる。それに魔物狩りはどこかの国家に所属はしない」
運が悪いなと思いはすれど、俺にも今は立場がある。背中に魔物狩りの威信を背負わされてるんだ。
独立的中立組織だから特定の国に肩入れはしない。まあ、それを建前だということにしてあれこれやりたがる国がいるけど、これは結構厳格だ。魔物というのは国に構わず存在するし、それが生活を脅かすこともある。それを国の枠で話をしていては間に合わなくなることも少なくない。
人のための組織である矜持がどこかの国に肩入れすることを拒否する。
どうしても、というなら協同組合を抜けるしかないけど。
それに足る理由はひとつしかない。協会なら俺が本当は誰でどういった経緯でここにいるのかくらいの情報をつかんでいそうなんだが、対策をしている風でもない。
嫌な予感がした。
俺は謁見の間を見回す。主要貴族がそろっていると物覚えの良かったジェーンが言っていたが、ならばいるはずなのだけど。
因縁の侯爵の子息が。フェイは頑なにその名を覚えようとはしなかった。なので俺も覚えてない。心底嫌いだったのは確かだ。俺も嫌いだからな。
玉座に近い位置に立つ男の豪奢な金髪に見覚えがあった。相変わらず顔がいいなと嫉妬じみた思いを持つ。じっと見れば、嫌そうに眉をしかめている。
そして、その隣に立つ女性に目を止めた。
「……その女、誰?」
俺の記憶が確かなら、幼馴染は2年ほど前に聖女として認定されてあの男の婚約者になったはずだ。そのころに大荒れして、事件を起こして竜殺しなんて称号をもらうようなことをした。
だから、今も隣に立つのは彼女であったはずだ。
彼女と違う美人ではあるが、見覚えのない黒髪の女性は首をかしげていた。
「私の婚約者が何か?」
怪訝そうな表情を隠さずにあの男がそう答えた。隣の彼女は怯えたように寄り添った。
そう、やつは俺の顔なんて覚えてなかった。たぶん。わかってて、素知らぬ顔をするのは貴族は得意だというけれど、そんな感じがない。
あるいは、俺の顔が変わったかな? 目の色は、変わったけど。
「その女、誰?」
「異界より来訪したお方だが、彼女を望むのか?」
返答は国王陛下からもらったけど。
「いらない。
その男の婚約者はこの間まで別だったと思うけど、どうなってんの?」
いるはずの彼女がいない。
しんと静まり返った室内になにかあったことだけを察した。
「祈りの生活に入ると修道院へ」
侯爵の息子がそんなことを言っている。青ざめているのは、なにか感づいたからか、それとも後ろ暗いことがあるのか。
「あちゃあ」
ジェーンが小さく呟く声が聞こえた。
「知っていたのか?」
「昨日くらいに知った。半年前くらいから見かけなくなったらしいってことだけ。あと威圧すごいから仕舞って」
「……へぇ。ちゃんと言わないとダメじゃないか。それなら、こんな場所に来る必要もなかった」
「契約上はちゃんと来てもらう必要があった。
もう、帰ろう。失神者の山作るのはさすがに怒られるよ。父よ」
困った子供を見るようにジェーンに見られればわがままも言うわけにもいかない。一応、仮にも父役を振られているのだから。
仕方ないなとジェーンを抱き上げた。
早く、帰りたいからこっちのほうが時間短縮になる。
「もう、用はない」
そう言って踵を返した。どこ行っちゃったんだろうな。俺の幼馴染。困ってるなら呼べばいいのに。消息をくらました俺が言うのもなんだけどさ。
探さないと。忙しくなるし。こんなの関わってられない。強いように見えて、寂しがりやで一人で泣くから。
「王女の護衛を頼みたい!」
背後から聞こえた自棄のような声にため息がでた。
それに気がついてしまったのか、自棄だったのかはわからない。
護衛依頼なのだから、護衛対象がきちんと出れば応じる必要がある。それに気がつかれる前に帰りたかった。
まあ、普通は最初で気がつきそうなものだけど。なんかこう、前線に出るような王族にくっつかせれば仕方なしに片付けもしただろう。協会も言いわけと建前があれば、ある程度融通をきかせても目をつむってくれる。
あれは口は悪いが、面倒見が良いって感じではある。ただし、指図は受けない。めんどくさい組織である。
「承知しました。
期間は1週間」
1週間もあれば幼馴染がなぜいないのか、程度は突き止めるだろう。ジェーンが。俺にその方面の能はない。せいぜい目立って、目くらましになるくらいしかない。
めんどくさいという顔を隠さない俺にジェーンがちょいちょいとつついてくる。
「食べ物も良いが、次は宝石」
「結果によっては原石を掘りに行こう」
「やった!」
満面の笑みを浮かべるジェーンは可愛い。その本性がちらりとのぞき見している目をのぞけば。
これが外からはどう見えるか、なんて、俺たちは全く意識してなかったんだ。
不名誉ながら幼女趣味と噂されるなんてっ!
豪奢なお部屋にお泊りした翌日。例のお姫様に会いに来たのだけど。
「鄙びてない?」
「荒れてる」
王女の住まいの離宮は手入れが行き届いていなかった。美しかっただろう屋敷の壁には植物が生い茂り、庭はようやく歩ける一本道以外は雑草が元気だ。
どこの山奥の廃屋敷だといいたいくらい。
案内役も表情を引きつらせているくらいなのだからかなりのものだ。
護衛、いるの?
まあ、一週間程度で済ます予定なのだから言わないけど。
玄関を開けても亡霊がやってきそうな幽霊屋敷感があった。ホーンテッドなんとかみたいな。
「おまえを百匹目の幽霊にしてやる、みたいな感じ」
「呪われた家か。最近は見かけぬな」
……実在するのか。ジェーンは面白くなさそうに言っているので冗談ではなさそうだ。
案内人は途方に暮れたように、それでも声を張り上げて誰かいませんかなどと言っている。
「はーい、どな、た?」
黒髪で眼鏡の女性が奥から現れた。現れたのはいいんだけど、俺を見て青ざめたのはなぜだろうか。怖くないよと微笑んでみたが。
「きゃうっ」
……卒倒した。
「どこか、怖いところあった?」
「胡散臭いけど、女受けのよさそうな笑い顔だった」
いつも通りといえる。卒倒した女性については案内人があわあわしながら介抱している。俺たちがなにかするのはたぶん、違うだろうなぁとすべてお任せした。何か救いを求めるような視線を感じるけど、無視。
しばらくして、気がついたようだけど。
「ど、どうか、我が推しの姫様だけはどうかお目こぼしを!」
その女性は必死な表情で俺にそう訴えてきた。
……うん。なにか、勘違いされているうえに聞き捨てならないことを言っていた。それに顔に見覚えがあった。あの頃より大人になったが、面影が消えるほどでもない。
「護衛依頼されてきただけで、対象者をどうにかすることはない」
「へ?」
「それから、クラリス嬢はなぜメイドを?」
「な、なぜ、あたしを知ってるんですか?」
「いや、なぜって。クラスメイトだったし」
あきらかにフェイを意識して、好意的だったからじゃないかな。
無自覚なフェイは全く気がついていなかったようだけど、過去を思い出すとちらほら好意的な女性がいた。もっとも幼馴染しか目に入っていないような状態で、何か仕掛ける猛者はいなかったので気がつかなくてもおかしくないけど。
クラリス嬢はあの男の婚約者だった。
「これは竜殺しのゴローと言って、私はその娘のジェーン」
微妙な空気を感じてかジェーンがそう紹介する。
「……上に四人も兄弟いるんですか」
「兄が一人いる」
「ジローじゃだめだったので?」
「なんとなく?」
「急にお腹がすきそうですね」
何とも言えない笑みで見上げられた。
あれ? もしかして。
「お知り合いですか、それはいい、では僕はこれでっ!」
急に割り込んできたと思えば、そう言って案内役は逃げていった。
「……なんなの。あれ」
「竜殺しと同じ空間にいたくなかったんじゃない?」
「傷つくなぁ」
「私たちを傷つけるつもりはなさそうだから姫様をご紹介するわ。
どうしてこうなっているのか道中教えてくださるかしら」
クラリス嬢はため息をついて走り去った案内役を見ていた。既に遠く、足が速いなという感想が出てくる。
クラリス嬢に案内される。道中の説明はジェーンが主に請け負った。その結果、保護者しっかりしなさいよと口頭で注意されるのはわりとなれている。いや、だって娘って言っても年下とも限らないわけで、という話をするとジェーンがブチ切れそうなので神妙に頷くことにしている。
確かに見た目は子供だ。
そんな話をしている間に奥の部屋にたどり着いた。屋敷内は表ほど荒れてはいないものの手入れが行き届いているとは言い難い。しかし、この部屋の周辺はきれいになっていた。
「脅さないでくださいね」
クラリス嬢は子供に言い含めるように俺に向かって言う。俺に向かって! ジェーンもそうだぞと言いたげに見上げてきた。
「善処します」
よく考えなくても背の高い大人の男は怖いだろうし、軽装とはいえど武装なしでもなかった。周りに子供はいなかったし、娘と言っても肝の据わったジェーンである。怯えるなどなかった。
室内にはいればじいっと子供がこちらを見ていた。
見た目ジェーンと同じくらいの子供だった。10歳くらいと思えば13歳だという。王子が確か俺の二つ上くらいだったはずだから、10くらい年下の妹ということだろう。
「だれ?」
「護衛。あたしはジェーン、特別にお姉ちゃんと呼んでもいい」
ジェーンはご機嫌に名乗りを上げるが、きょとんとした顔で見返されている。うっ、とそれ以上はなにも言わずに俺の後ろに隠れてしまった。恥ずかしかったのだろう。
このお姉ちゃんと言われたい願望はなんなんだろうか。一番最後に生まれた卵ちゃんなので! と言われても。
「一週間ほど世話になる。
雑用係とでも思って」
「雑用」
ぱちんと手を打っていいことを思いついたと言いたげなクラリス嬢。
嫌な予感がした。
なお、ヒロインのリース嬢はしばらく出てこない。残念ながらクラリス嬢はヒロインしない。
そして、やっぱり長い。
フェイ
正気と狂気がシームレスな男。気がついたらやばいこと言ってたり、やってたりするけどそれと同時に普通の話もできちゃう感じにヤバい人。過去を思い出してまともになったかと思えば、やっぱり幼馴染に関しては理性が半分飛んでる。昔は小柄なふわふわ系。今は背の高い不愛想系。学校入ってめっちゃ伸びた。なお、どちらでも意味が分からんくらいに強かった。
リース
ヒロイン逆ハーエンド後、異世界召喚された新聖女に婚約者の座も聖女の称号も奪われ捨てられた、ように見えて出奔。割とマジにこの国潰してやる系。というのもなんとか幸せにと切り捨てたはずのフェイが消息不明になったから。こちらも愛が重い。
ジェーン
自称娘。見た目は十歳。中身は……。
クラリス
悪役令嬢に転生しちゃった人。回避しようと思ってたのに、いろいろ巻き込まれ、結局婚約破棄からの家出。なお、家族仲は良かったので、これを機に色々実家が暗躍中。家出というより潜入捜査ではという疑惑が。
 




