そのお金は誰が稼いだのでしょうか?
妹は、どこか変わっていた。
謎の言葉を使い、どこから得た知識かもわからないものを口にする。実験と称して考えもつかないことを始めたり、得体の知れない子供を拾ってきたり。
両親はそのころ妹に全く興味を持っていなかった。
長女の私と長男の弟、それだけで良かったようだ。予定外の末っ子など視界に入らない。お互い外で作った子供は見ない振り。
我が家はそこそこ広い領地を拝領していた。だが、あまり豊かではなかったらしい。その上、生活の質を落とすことを良しとせず、後ろ暗いことに手を伸ばしていた、ようだ。
それもこれも後で知ったことだ。
そのときの私は何も知らずに、美しく、中身をからっぽに育てられた。意図的に、男が好むように仕向けられたとは穿った見方だろうか。
マナー学べど、何故と問うことは許されず、弟にですら口答えはできなかった。
妹は両親が無関心なことを良い事に、ある事業を打ち立てた。子供であってもできることがあると胸を張って。
その妹が、ちゃんとした手段でお金を手に入れないと破滅すると予言した。
それが地獄の始まり。
両親も弟も、お金を作り出す妹を重んじ始めた。
最初、私はなにもわからなかった。ただ、不安で、妹に当たっていたこともある。いじわるも言った。
それも、返り討ちにあったけれど。
近しい者は去り、残ったのは、教師役のさえない青年で。
彼だけは私に知識を出来るだけ詰め込もうとした。
「間に合わないかも知れないけど、いつか怨むかも知れないけれど」
祈るように、懇願するように、諦めないでと彼は言った。
その頃の私には、その意味がわからなかった。
わかったころには、彼もいなくなっていた。
そのとき、私は15才だった。
初めての舞踏会で浮かれていた私は気がつかなかった。
年に似合わない大人びた装いが周りから眉をひそめられいたことも。
欲望に満ちたまなざしを向けられたことも。
その日、私は、親に売られたのだ。
後から考えてみれば、よくわかる話だ。
そのころ妹の事業は軌道に乗ったばかりの上に、領民に還元するという。
良き領主として持ち上げられて両親は、領民から税を絞り上げることも、後ろ暗い色々なことも出来なくなった。
しかし、生活はそのまま続けた。
家計が傾かないはずがない。
妹はお金を産んでくれる。
弟は跡取りとして必要だ。
では、私は?
簡単だ。私でお金を稼げばよい。今まで養ってきたのだから、働けとばかりに大人の中に投げ捨てた。
そうなって初めて気がついたが、そんな少女はわりといた。そして、その少女たちは、それぞれ監視され人との接触を禁じられていた。
少女たちはそれでも狡猾だった。
そうでなければ、自ら命を絶つしかない。
教会の懺悔室にそれは用意されていた。
外出を制限されていたとはいえ、教会へいくことを止めるわけにはいかなかった。国教では週に一度の教会へいくことを推奨していた。
さらに懺悔室に入ることを止めることは禁止されている。罪を悔い改めることは推奨されているからだ。
信仰深くなくとも、止めたと知られれば軽蔑されるようなことなので安全な隠し場所とも言える。
懺悔室に現れるシスターが合い言葉を聞けばだしてくれる本。そのうち一冊は、色々な情報が載っている。
もう一冊はただの愚痴のような世間話のようなものだ。
誰が書いたかはわからないことになっている。
上流階級の醜聞が網羅されているといってもよいそれは彼女たちの復讐とも言える。
この教会のシスターたちは女性の立場向上のための闘争中だ。宗教の後ろ盾があるからやっていられるのだと愚痴をきいたことがある。
こんな醜聞の元を手にしてすら、難しいものがあると。
「気が向いたら、修道女になりなさいね」
シスターはにこりと笑って宗教に誘う。同士は多い方が良い。と。
いつもぐらぐらと心が揺れながら断っている。
こんな生活がしたいわけではない、けれど、あきらめ切れないことがある。
教会の中に入れば、還俗はできない。彼女たちは中途半端なことは許さないだろう。
そして、20を越えた頃にやってきたのが結婚の話だった。
その人は大金を積んだらしい。
知っているのは、それだけ。むしろ、それが大事だ。
我が家の家計は楽じゃない。この生活は、結構、お金がかかるのだ。
「お姉様には耐えられないでしょうけど」
それを知った妹がわざわざ、顔を見に来たことの方が意外だった。
そして、未だになにも気がついていないほど純粋なことに驚く。
彼女は着飾って、男にしなだれかかる私しか知らない。思わせぶりに笑い、奔放に振る舞う私しか。
両親にいいように使われているのではないだろうか。
いや、溺愛されているのだから大丈夫だろう。
「そんなの、今と変わらないわ」
妹と違い私は家を追い出されて、売られていく。
家にいたまま貸されていた時と同じように。
あるいは外貨を稼ぐためだけの駒よりも少しはましかもしれない。
「平凡、辺境、成り上がりの粗忽者。結構」
私は笑う。
「あなた、よく考えた方が良いわよ。領民のことを考え、還元するのはいいことよね。でも、利益が出る前から、私たちの生活は変わったかしら? そのお金はどこからきたの?」
この家をでられることがこんなにも嬉しいなんて。
「どういう意味?」
「愚かな姉よりも賢いのだから、すぐにわかるでしょう?」
その答えに妹がたどり着いたかはわからない。
可能な限り、早くとでも言われたのか、決まってすぐに私は家を追い出された。
迎えに来た馬車で、辺境へと向かった。
思ったよりも快適で、気を遣われているのがわかる。
私の戸惑いを微笑ましく見守るのが、新しくつけられた侍女だ。
「旦那様はそりゃあもう、お嬢様を気にしてましたのでね。失礼のないようにとずっと言われていましたよ」
一体、何がどうなってそうなったのだろうか。
私は首をかしげるばかりだった。
そして、一月も旅をし、領地についたところで会ったのは懐かしい姿だった。
旦那様として紹介されたのは。
「先生っ!」
子供のように抱きついた私が、我に返ったとき、先生は氷のように固まっていた。
「え、ええと、あの」
今は小さな子供ではなかった。気まずいが、未だに動き出さない先生の方が心配になり見上げるとすぐに赤くなる。
「……よ、ようこそ、奥さん」
先生はぎくしゃくした動きで私から距離をとるとほっと息を吐く。
「と言っても、白い結婚だから、安心して」
「え?」
「自由にのんびりして、好きな人を見つけるといいよ」
「はい?」
「君は若いんだから、いい人が見つかる」
早口に言いたいことを全部言ったぞ、という達成感のある顔。
呆然と聞いていたけれど、ふつふつと怒りがわいてきた。
「わかりました」
「うん、部屋を案内させよう」
「旦那様をめろめろにさせます。全力で」
宣戦布告です。
「……ていうか、全力もなにも旦那様、既にめろめろですよ?」
「理性にしがみついているけど負けそうだから遠く離れたい気持ちで一杯で、でも突き放せないとかどんなツンデレ」
「でれでれ。ツンが一割もない。ちっちゃい子が好きなのかと思ってましたけど、違いましたねぇ」
「奥様限定とはそれはそれは業の深い」
「あの子助けなきゃとか意味がわからない理由で飛び出していったとか」
「出来なかったとか、落ち込んで鬱陶しかったですよね」
「ほんとやばかった」
「でも、まあ、奥様もまんざらではなさそうなので報われたのでは?」
二人を陰で見守る使用人たちがひっそり話していたとか、はなしていないとか。