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続きそうで続かない短編倉庫  作者: あかね


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告白


「私は卑怯者です」


 がさついた声の男は、そう言いだした。


「弱い立場の女性が貶められていることを黙って聞いていることしかできません」


 苦痛と嫌悪、それから後悔が滲む声。

 ジルベルタはそれに目を見張った。聞いたことのある声だったのだ。



 ジルベルタには週に一度、教会での勤めがある。日常を離れ、祈りの時間を過ごすのは退屈と思われているがそうではない。

 この教会には聞き耳の聖女がいる。


 聞き耳の聖女。

 それは人ではない。教会にある部屋の名前だ。以前は懺悔室といわれていたが、かつての聖女にちなんで改名された。

 聞くのは後悔でも愚痴でも良いと笑う彼女は広く人の話を聞いた。その感情に寄り添い、時に励まし、時に怒り、一緒に泣いたこともあるという。

 彼女亡き後、それは修道女の修行の一つとなった。


 ジルベルタは修道女ではなかったが民心を知るのも必要と時々役目を代わっていた。毎週同じ時間に今日の夕飯が決まらないと嘆くご婦人に今日こそ、新レシピをと意気込んでいたのだが来たのは違う人物だった。相手の姿は影のようにしか見えないが、あのご婦人とは体格が違う。


 この部屋は一つの部屋に木で作った壁を立てて、双方の姿が見えないようになっている。声だけが通るように格子状の部分があるが、そこにも薄布を張っていた。お互いがそこに移されている影のように見える。

 かつて聖女が用意したものだというが原理はわかっていない。作り方だけを残し、これが分かるようになれば私に近づけるわねとと言い残したことから聞き耳の聖女認定試験の課題となっていた。

 ジルベルタも挑んだことはあるが全く分からない。

 聞き耳の聖女は他にも道具を残している。ジルベルタは声を変える道具に触れた。


「どうなさいましたか?」


 彼女は壁の反対側にもあるはずの椅子にも座ろうともしない相手にそう声をかける。それでも動き出そうともしなかった。

 影のように映る相手は男性のように見えた。背の高い女性の可能性もあるが、それにしてはがっしりしているように思える。


「私は卑怯者です」


 がさついた声の男は、そう言いだした。


「弱い立場の女性が貶められていることを黙って聞いていることしかできません」


 その声をジルベルタは知っている。この場所に来るようにも思えなかった。表情なく、ただ、同意するだけの声。

 嘲るような声も思い出して、ジルベルタは顔をしかめた。あれのことは諦めたつもりでも、痛みは覚えるのだ。


「私の家は、父の代で爵位を買ったのです。私は、父より成果をあげて出世しなければなりません。あの方に嫌われてしまえば、難しくなってしまう」


 ジルベルタが黙っていても彼は勝手に話し始めた。今まで留めていたものを吐き出すように。

 落ち着いて聞いたことはないが、彼は声に比べれば話し方は少し幼く聞こえるくらいだった。


「声を出すのは良くないと医者に止められているとただずっと黙っているだけ」


「無理に話されなくても、文字は書けますか?」


「言いわけなので。男らしくないと言われていたので今のほうが好ましいくらいです」


 少し前までは可愛いと言われていたなとジルベルタは思い出した。成長期を迎えたのか背もめきめ伸びて同年代の男性より背は高くなっていた。

 彼は、ジルベルタの婚約者の取り巻きの一人だった。ご学友ではない。そちらはきちんと選別された問題のない少年たちだ。間違っても女性を貶めることをよしとはしない。ご学友と一緒の婚約者は理想的な相手に見えるよう演じていた。

 その裏で、逆らえない、あるいは同調するような相手を取り巻きとしてそろえていた。身分を問わず友人としているとしているが、そこには明確な上下関係がある。


 優しい王子様など、どこにもいない。


「物語にあるような、騎士になりたかったんです」


「え?」


「父が、これから、我らも守るものができるのだと嬉しく笑ったから。領民をきちんと守る、自慢の騎士になりたかった」


 ですが弱い女性一人、擁護できないようでは難しいでしょう。

 ぽつりと呟いた言葉は、ひどく辛そうに聞こえた。


「わたしは」


 思わずジルベルタは口を開き、そして、やめた。聞き耳の聖女の中にいる修道女は誰か明かされない。自らそうだとも話してはいけないのだ。

 私は大丈夫だと嘘をついてもいけない。


「きちんと後悔しているあなたは立派だと思いますよ。自らの心の声に耳をふさがず、忘れないのですから。自らのことだけでなく、領民やお父様のことまで考えて行動されているのは、間違いではないと思います」


「そう、でしょうか」


「ええ、私はそう思います」


 正論ばかりをいうご学友を煙たく思い、周りに決められた婚約者に当たるよりはよほど真っ当だ。

 ジルベルタは苦々しく婚約者を思い出す。こんな純粋な気持ちを踏みにじっていることに彼は気がつきもしない。もし、気がついたとしても気にも留めないだろう。王族のしかも後継ともなれば特別扱いは当たり前で、周りもそう扱った結果だとしても。

 そして、いまさら気がついて矯正しようと真っ当なものを周りにあてがっても本人を何とかしなければ被害は大きくなるばかりだ。


 ジルベルタにも王子の矯正が期待されているが、荷が重すぎる。少なくとも恋情があるうちは頑張れただろうが、もはや擦り切れて安い紙以下だ。返されるものがないのは疲弊する。


「少し、領地へ戻られてはいかがですか? 目標を見つめなおすのもよいと思いますよ」


 こんな場所で潰れてしまう前にとジルベルタは提案した。

 彼は納得しがたいような声で、考えてみますと言い、去っていった。


 それに入れ替わるように入ってきたご婦人は興奮したように話始めた。


「かわいい男の子がいたのだけどっ! 恋の相談かしらっ!」


「守秘義務があります。それに相談者の姿は語り合わない。そうでしょう?」


「あらあらお堅いわねぇ。

 今日は、お肉といったら夫が魚、絶対魚、おまえの肉には焦げてる固い死ぬかと思うなんていいだしたのよっ!」


 ジルベルタは苦笑した。ああ、これこれと。どや顔で新レシピを彼女に提供し、日常の面白話(大体夫のこと)を聞いているうちに先ほどの相談については済んだことにしていた。


 それどころか数日後、王宮であったときまで忘れていた。


「我が愛しのジルベルタは今日も顔色が悪いね。

 外に少しは出たらどうだい? 学ぶことが多いと言うが、それにしては根を詰めすぎではないか? 愚かであるというのはかわいそうだな」


 心配しているようで、嘲ってくる技術の向上というのは何かの役に立つだろうか。ジルベルタは微笑みながらご心配をおかけして申し訳ございませんと返した。

 婚約者の手入れの行き届いた栗色の髪は肩を越したくらいあり、リボンで結んでいる。今日は緑だなと気がついて、ため息をつきそうになった。

 緑の指の聖女と呼ばれる彼女のところに行く途中だったのだろう。もちろん本物の聖女ではないが、植物を育てるのがとても上手なところからその名がついた。扱いの難しい国外の植物から毒薬まで扱うのだから大したものだとジルベルタも思う。

 浮気というわけではなく、婚約者が勝手に盛り上がっているだけで彼女は迷惑しているようだ。将来を誓った幼馴染がいて、あまりしつこいようであれば王宮を去るという話にまでなっている。


「よろしければ、殿下、ご一緒に庭の散策でも致しませんか?」


「なぜ、君と? これから美しいご令嬢とお茶をしてくるんだ。

 君みたいな真っ黒じゃないからね」


 そのご令嬢がお断りできなくって、逃げようとしているのですが。

 ジルベルタは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。権力と行動力だけはあるこの婚約者が、なにをしでかすかわからない。いや、途中経過はわからないが、最終的に既成事実があればいいじゃないと言いだしそうだというのは推測がつく。

 今までの経験の結果だが、そんな経験したくなかった。


「まあ、可愛らしい方とご一緒なんて、私というものがありながらっ」


 衝撃を受けたようにふらついたように演技するにも慣れてしまった。ジルベルタはこれにも慣れたくなかった。

 いつもは放置されているが、今日は支えがあった。


「大丈夫ですか?」


 かすれた声とジルベルタが認識し、そっと目線をあげれば心配そうな表情が見えた。


「御気分が優れないのでしたら、部屋へ送っていきましょうか。

 よろしいですか? 殿下」


「わざとあて付けにやっているだけだ。

 置き捨てよ」


「ありがとう。大丈夫よ」


 ジルベルタは支えてくれた彼に微笑む。本当に? と尋ねるような視線に小さく頷く。


「はやく来い。

 全く、どこでそんなものを覚えてくるのか。可愛らしい嫉妬ならわからなくもないが、男に媚びを売るなど」


 売ってませんが。

 ジルベルタは心の中で毒づいた。嫉妬ももうしない。そう決めている。相手が満足するようにふるまうのが、面倒が一番少ない。

 今は、緑の指の聖女への義理立てでしかない。一応、引き止めましたよ、だめでしたからという建前は重要だ。

 ジルベルタが何もしないからと苛立ったように責められるのはそろそろ遠慮したい。彼女は私たちは友達よねと笑うけれど、一方的に要求されるのは友人ではないだろう。


「ジルベルタ、聞いているのか?」


「申し訳ございません。殿下」


 自棄の気分で、ジルベルタは傷ついたような表情で見つめ返した。うっとひるんだのを見て、変だなと思う。それは鬱陶しいからやめろと言われたことがある。それを忠実に守っていたのだが、効いたのだろうか。

 もしや、泣いたりしたらもっと慌てるのであろうか?


 魔が差した。あるいは、もう限界だったのだ。


「もうお邪魔はしません」


 ジルベルタの目からぽろりと零れる涙。

 衝撃を受けたように婚約者が目を見開くのを見て、ジルベルタは苛立った。泣くような、弱音を吐くような女は嫌いだと言ったじゃない。そう喚きたいのをこらえ、なんとか口元を笑みに彩る。

 そうでもしなければ、今までの鬱憤を叩きつけそうだ。ここは、廊下である。忘れがちだが、無観客ではない。婚約者には同じ人ではないようなのだが、使用人や王宮の仕事をしている者たちも通る場所だ。


 さすがにこれ以上はまずいとジルベルタは礼儀上必要な礼を尽くし、婚約者に背を向けた。

 見えなくなるようなところまで、たどり着くと近くの部屋に入った。客間の一つを掃除中だったメイドたちが気を利かせて部屋を出ていく。


「追いかけても来ないとか、ほんとにどうでもいいのね」


 邪魔とされていることも知っていたが、役目と留まっていた。ジルベルタには周囲の期待に応えるしかなかったから。

 先ほどの涙が戻ってきた。ジルベルタは無理にとめようともせずぽろぽろと零れ落ちていくままにする。


「もう、うんざり。やってられないわ」


 泣いて泣いて、そして、ジルベルタは婚約者を捨てることにした。

婚約者は捨てられます(確定)

女性、しかも婚約者を泣かせたと取り巻きからの(もともと高くなかった)好感度はマイナスに入り、なにかにつけて避けられるようになり、ご学友につかまり勉強漬けになりジルベルタを見直すも時すでに遅し。

ジルベルタは婚約解消のために、次の婚約者をあてがおうと探すのでした。(とても難航)

物語の騎士になりたかった少年は、聞き耳の聖女に助言を願うようになり、数年で頭角を現すことに。

そして、剣を捧げる相手にジルベルタを選ぶのでした。


みたいな話が読みたかった……。

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[一言] 捨てたれ捨てたれ!と背後から応援したい。うちわとか振りたい!!今更だね!!!!
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