番の誘拐未遂事件
「いやーっ! 嘘だと言ってぇっ!」
クラーラ、花も恥じらう時期を通り過ぎ、行き遅れと言われつつある25歳。
本日、番を見つけました。
「本能怖いマジで怖い。なにあれ、なにこれ、いや、もう、少年はあたしのものだし!」
「……なんなの、お姉さん」
不審者を見るような目で見てくる少年にクラーラはうなだれる。
仕事中に目と目があった。
彼女らの間にあったのはそれだけである。
目があった瞬間にクラーラは頭の中が真っ白になって、周囲が止めるのも聞かず、少年を抱き上げての帰宅。
ここまできっと20分かかってない。
「ええと、ですね。我が一族には獣人の血が流れてまして」
「うん」
「番を見つけるとこんなになるんです」
「同意も取らず、攫うってこと」
「そうです、本気で、本能全開になっちゃってですね。あははは」
笑い事ではない。
しかし、クラーラとしては笑うしかない。ありえないと一笑に付していたのだ。番を見つけたくらいで正気を手放すなんて!
ありえた。
ご先祖様ごめんなさい。本当に抗えない何かでした。バカにしてました。
再びうなだれたクラーラを少年は見下ろした。
「ねえ、それって、なかったことにできるわけ?」
「できないので、諦めて婿入りしてもらうか、嫁にもらってもらうか、あたしに本能を封じる呪いをかけまくるかです」
少年はため息をついた。
「本能を封じると弱体化するんじゃなかったっけ?」
「よく知ってますねっ! 子供なのにえらいです」
「……嫁も婿も困るし、弱体化はもっと困る。
諦めて」
「むーりーっ! 監禁しますか、そうしましょう!」
「さらりと犯罪行為に手を染めないでくれる? あと、俺、子供じゃない」
「可愛らしいですが」
「夢魔の血を引いてるみたいで、条件を満たさないと大きくなれない」
「夢魔って絶滅危惧種じゃないですか。じゃあ、何歳なんです?」
「18」
それにしたってクラーラより年下である。見た目が年相応であれば、犯罪臭はしないかもしれない。
「先輩、ドタバタ帰ってきてどうしたんで……おおっ! 行き遅れが血迷って少年拉致ですか!?」
「え、なになに?」
「うっそー、いつかやると思ってた」
ばたりと部屋の扉が開いたと思えば、観客が増えた。クラーラは頭を抱えたくなる。他にも場所はあったのになぜ自宅、つまりは独身寮を選んでしまったのか。
帰巣本能といいわけするにしても他にやりようがあっただろう。
「番を発見したので、実家に連絡してもらえます? すぐに兄とか姉とかがすっ飛んで……」
「うむ。来てるぞ」
「そうそう。来たわよ。連絡が。速攻。少年を拉致したとかすごい速さで駆け抜けていったとか速報が来てびっくりしちゃった」
クラーラは崩れ落ちそうになるのをどうにかこらえた。意識がもうろうとしてきている気もしている。
「あ、こりゃ、相当無理して抑えてるな。ほら呪いのアイテム増量だぞ」
「お守りが頑張ってくれたわねぇ。ご先祖様の血と汗と涙の結晶、役に立ったでしょ」
「ううっ、墓参り行きますので供物をお願いしますぅ」
クラーラはそこを境に記憶がなくなっていた。
「いやぁ、うちの末娘がご迷惑をおかけしました」
少年は手厚くと言えば聞こえは良いが、逃げ出さないように厳重にクラーラの実家へ運ばれていった。
あらゆるもてなしをしようとする使用人たちとの攻防に疲れたころ、この家の家主が現れた。少年も遠くから姿を見たことがある騎士長である。本来は将軍職に就いてほしいらしいが、爵位の規定にあわずそのままであるらしい。
爵位を断る理由として、獣人の血を引いているからと聞いたこともある。
番を見つけたら後先考えず捕まえて、それまでの婚姻関係も恋愛関係も全部ゼロにしてしまうから政略結婚にも向かない。むしろ、結婚に向いてない。
「そう思うなら帰して。一応、仕事中」
「ああ、そっちは手配したので三日程お休みに。その分の補填は勤め先にも君にも用意する。
さて、婿にきてくださらぬか?」
いきなり本人抜きで結婚の打診が来た。いや、意思の確認も必要がないということなのだろう。少年の嫌そうな顔を見て、家主は苦笑した。
「すぐにとは言わぬよ。婚約でもよい」
「即あって番だから求婚というのも嫌な話だよ」
「そうなるとうちの娘が、犯罪に手を染めることになるのだが。手段なりふり構わず、合法的監禁とかしそうだぞ」
「……えぇー」
「申し訳ないが、本能に根ざしているのでこればかりは手に負えない。現れないと思っていたのだがなぁ」
しみじみと言われても少年には関係のないことではある。勝手に番と言われても実感もない。強制拉致された上に今、犯罪予告もされている。捕まえてもらったほうがいいのでは?と思うが、どちらかと言えば彼女たちのほうが犯罪者を捕まえる側だった。
詰んだ。
少年が思わず遠い目をしてしまったの無理ないだろう。
「抑える方法ってないわけ?」
「本能を押さえればなんとかだが、王家の姫が成人するまでは退役は許さぬと言われていてな。一番下は10歳だ」
「詰んだ」
「まあ、なんだ。強く生きろ」
気の毒そうに、しかし、全く助けにならないことを言いだした。少年がぎろりと睨むと肩をすくめている。
「我が家でできる限りの援助や特典は用意する。あとはもう生理的に無理と精神的死に追いやって生きるしかばねに」
「精神的負荷がきついんだけどっ!」
王家の信任厚い女騎士をそんな目に合わせて、国内で無事に生きていける気がしない。
詰んだ。
少年はため息をついた。生まれたときからハードモード、今、ヘルモードになった。考え方を変えれば、ベリーイージーにもなれるがそこは男のプライドを捨てるかどうかという話になる。
ヒモ生活が許容できるか。
「そもそも、この姿では周囲は納得しないのでは?」
「大人になったらと判断するという話でどうだ」
「……いいけど」
少年は渋々認めた。今のままで条件を満たすことは難しい。
時間稼ぎして、逃げる方法を考えることくらいしか今はできないだろう。逃げ出せば逃げ出すほど執着が強くなるという話も聞くし、手元にいると安心させておくほうがマシな気がする。
というのが甘かったと知るのは、数日後のことである。
女性側が番がーっ!と翻弄されるのは見たことがないような気がします。たぶん。




