魔女あるある的には
「あーどこかに高貴な人が落ちていて、私と恋に落ちないかな-」
それは気の迷いってヤツだ。
魔女業界的に、拾った人と恋に落ちるか、使い魔にやられるか、弟子に嵌められるかが結婚理由だ。ごくまれに依頼人に拉致される。
恋人も大体そんな感じ。
でなければ、一生男と無縁である。
花も恥じらう16才。
ちょっとお師匠様の結婚話にときめいて気が迷う日もある。
尚、お師匠様は使い魔との長い恋愛に終止符を打つ形での結婚である。
お幸せにーっ! と送り出したのがまあ、一週間前だ。
別のお屋敷があるらしい。
これで使い魔にいびられることもない。
自由だっ!
と思っていたけど、誰もいない家は寂しかった。私はまだ使い魔を呼んでいない。二十になったらというしきたりだ。
私は、魔女の森、という各地には一個はあるメジャーな名前の森に住んでいる。20分も歩けば抜けられるくらいのちっちゃな森だ。
師匠の新居は山一個っていうからその差は歴然だ。
魔女は立派かどうかはわからないが、職業としても一族としても認められている。まあ、あんまり一般ウケは良くない。
魔女になるのは両親の血統で発現するか、師匠に見いだされるかだ。
私の場合はお師匠様に拾われた。
十年お世話になって、このたび独立したというわけだ。
「誰とも話をしないのがこんなにツライとは」
独り言も増えようものだ。師匠の独り言が多いことを笑えない。
森に異変がないか散策しながら調べる。ちょいちょいほころびが出来ている。
「……うーん?」
侵入者あり。
それも複数いたようで、今も彷徨っている。師匠の設置してくれた迷いの森機能が生きているので、出会いはしないがちょっと気持ち悪い。
排除するかと反応のあるところに歩いて行く。
最初に探し当てたのは傷を負った青年だった。薄汚れて、血がついているが、良い服を着ている。
願い叶っちゃったかな?
でも、もめ事の匂いしかしない。
近づいても気絶でもしているのかぴくりとも動かない。ほっといたらおいしくいただかれてしまうかな。野生生物もまだそれなりにいる。
「風よ力を貸して」
ヒトならざるモノの力を借りる力を魔法と言った。それは明確に言葉にした方が良い。誤解なく、伝わるように。
「この人を運びたいの。軽くして」
そよと風が吹く。
「ありがとう」
よいしょと引きずっていくことにした。物理的に抱えるのは無理だし、荷車も道を外れれば使えないからね。
家について、とりあえずは床に転がしておく。寝台が血で汚れたら落とすのが大変だし、そもそも移動も疲れた。
お師匠様ならぱぁっと一気に回復魔法とか使うんだろうけど、私の限界は止血まで。
「どうかなぁ」
おでこに手を置くが、冷たいような気もする。
「んー」
おでこで計ればいいのか。お師匠さまは良くそうしていたし。
ぴたりとあてたおでこは冷たい。
ばちりと目があいた。
透き通るような青い眼。
お互いが認識したとたんにずざさっと逃げられた。なんかの虫みたいとぼんやり思った。頭突きがいたかった。
「だ、誰だ」
「魔女の森の魔女です。森に落ちていたので、拾ってきました?」
「お、落ちてたって……。モノか何かか」
「元気そうで何よりです。服を脱いでください」
「は?」
「替えの服を用意しておきます」
「底意地の悪そうな男だと聞いていたが」
「そっちは先代の使い魔ですね。ちょっとサイズが合わなそうですけど、我慢してくださいね」
なにか喚いていたけど無視した。元気そうでなによりだ。
「おまえ、マイペースと言われないか」
彼はふるふると震えながら、使い魔のパジャマを着ている。
押し倒して、脱がせて傷を見ただけでひどい言い様だ。通常ならそんな事出来ないだろうが、こちらは魔女で相手は負傷した人だ。
「強引にマイウェイとはいわれますね。照れます」
絶対褒めていないんだけど、認めるのも癪なのでにこりと笑っておく。
呆れた顔が白い。
ずいぶんと冷えている。
「まあ、しばらくは我慢してください」
毛布ぐらいしか用意していない。探せばどこかに暖かい布団とか残ってそうな気はするし、暖炉もあるんだけど。
めんどくさい。
「よ、よるなっ!」
「今のところ暖房は用意がなくて、毛布と人力で」
彼の横にぴたりとつけて毛布でくるまります。
「おまえ、おんなだろーっ!」
「元気ですね。襲うほどの元気はなさそうなので安心しています」
おや、絶句されました。
今度は顔色が赤いのだけど照れたのかな? 怒ってる可能性の方が高い気もする。
「おやすみなさい」
返事はうなり声だった。怒ってるな。
なんだかおかしくてちょっと笑ってしまった。ぎろりと睨まれたけど、怖くはない。使い魔の見下げ果てましたと言う顔の方がずっとおっかない。
あれは生きていてごめんなさいって気分になる。
「魔女というには若くないか?」
「継いだばかりですので。ご用がありましたか?」
「毒薬を売っただろう」
「私、一週間前まで見習いでしたので、売ってませんよ? あとお師匠様は回復専門でして、毒は本当に腹下しまでです」
しかもそれ病気対策のヤツで。
胡乱げに見られても。
「それでなにか濡れ衣着せられて追いやられたってヤツですか。そうですか。ご愁傷様です?」
「討伐せよとまで言われているのにのんきだな」
「おやー? もしや、知らせに来てくれましたか?」
黙った。
うーん。
あらためて見れば、綺麗な横顔ではある。まだ、子供っぽい面影があるので年は近いかも。
「我が家は恩がある」
「そうですか。お師匠様のがんばりは認められたんですね。喜ばしいことです」
また、黙った。
ため息をついて目を閉じる。
「少し、寝る」
「ゆっくりお休みください」
実を言えば私も眠い。いつも使わない魔法を立て続けに使ったから。
施錠を小さく妖精に頼み私も目をとじる。
ことりと肩に掛かる重みに彼は気がついた。
そっと見れば幼さだけが目立つ顔がある。最初は熱いくらいに感じた体温も今は同じくらい思えた。
すやすやと安らかな彼女の寝息が聞こえる。
「……不用心」
青年が思わず呟くほどには、彼女は無警戒だった。悪人だったらどうするのかと問いたくもあったが、このまま放り出されても困るので黙っている。
フードの奥に顔があるとも想像したことがなかった。魔女は魔女である。
若い娘だと想像したことがない。
治療しますと言われ、服を脱がされた屈辱は今後、忘れられそうもない。その上、恥ずかしげもなくじろじろと見ては、うっすら笑った。
貧弱と言われているようでとても腹が立ったのだが、続いた言葉が意外だった。
傷が少ないのは良い事です。すぐに消えるでしょう。
安心したように、そう言った。
さらにかかる重みが、嫌ではない。薬の匂いに混じる甘さにくらくらする。彼はこれほど異性に近づいたことがない。
寝れるかというものだ。
「……んー、寝れませんか」
隣から眠たげな声が問いかける。半分ばかり開けられた目は薄紅色。
「疲れているはずですが、お薬、飲みますか?」
立ち上がりかけた彼女の服を掴む。隙間に入り込む空気がひどく冷たい気がした。
「大丈夫ですよ」
「ここにいろ」
彼女は腑に落ちないような顔で、それでももう一度同じ場所に戻った。
そしてまたことりと肩に頭を押し当てた。
「疲れてると人肌恋しくなりますね。師匠、いなくなって寂しくて寂しくて」
「恋人か」
「え、いやだなぁ、親みたいなもんですよ。あと女性です」
眠たげな声でも楽しそうな様子で困惑する。彼は親と離れたところで寂しいと思ったことはないし、実際、今はとても邪魔だ。
馬鹿なことをと飛び出してきてしまったのは、少し反省はしている。
「誰か、来てくれないかとお願いしてたんです。中々のお人好しそうでなによりです」
意味ありげに笑って、彼女は目を閉じた。
「……は?」
返答はなく、すやすやと安らかな寝息だけが聞こえた。
とかいいながら数日後には叩き出すという。
そして、話は四年後くらいから再開。




