お姫様は王子に救われて。
モブ。
モブキャラクターの略。
群衆の中の名前もない一人。
破壊的行動をしかねない無秩序な群衆。と異界の知識が言っている。(by Wikipedia
)
であるから、私も名乗りはしないでおこうと思う。
名乗ってしまえばキャラクターとして固定されてしまいそうだ。
豪華絢爛というよりは質の良い調度品が時間の重みで深みを増したホールが現場だ。
一年に一度の王家による若者向けの夜会。
要は一堂に会したお見合いのようなものだ。どこの家も婚約者があるわけではない。あった婚約話が病気や怪我、不慮の死により解消されることもある。
大体は原因となった家の別の兄弟へ話が継承され、婚約解消後、同じ家とまた婚約する話しになる。病気や怪我の場合は次期後継者から外されることを意味するし、そもそも死んだら後継もなにもない。
スペアたる他の兄弟が、責任もって婚姻するもんである。
ただし、兄弟も他の婚約をしていた場合、婚約が結べないことがある。
その場合はいい年して婚約者を早急に捜す必要が出てくる。
そんなときに大変にありがたい夜会である。
かく言う私も必要に迫られて婚約者候補を探している。婚約話の玉突き事故で、なぜか私だけあぶれた。
各家より詫びの品や縁談相手の情報などもらいはしたが、いまいち乗り気になれない。
よい相手でも見ればその気になるかとおもったのだが、それより見せ物が始まった。
大変迷惑である。
我が国には血統の良い普通の第一王子と血統には劣るが出来の良い第二王子、天災と呼ばれる第三王子がいる。
その隙間に三人ほど王女がいるが、割愛する。彼女たちは、既に婚約しているか嫁いでいる。未婚者限定のようなこのような夜会には顔を出さない。
現在、この夜会に出席している王子三人とも確定した婚約者が存在しない。
候補だけは十人もそろって、誰も確定していないとは贅沢にもほどがある。背景には各家のパワーバランスや元々の歴史背景、血統の近さなど色々理由はあるが。
選んだあとに残る娘たちは真っ当な婚姻を絶望視されているという。
次期王妃や王子妃あるいはオールドミス。もしくはどこかの後妻。修道院は少し世を儚みすぎだろうか。
究極の選択である。
王子たちにそれは執心するわけだ。
長い娘では十五年も候補のまま。辞退は出来ず、焦れて駆け落ちした娘もいるとか。
その候補を押しのけて、今、王妃に一番近いとされる娘がいびられている。それを王子たちが庇っていて、逆に糾弾している。
「ねぇ、この茶番いつまで?」
最前列で見学している友人に小さな声で声をかける。
「久しぶり。婚約解消おめでとう」
「ありがたくない。面倒が増えた」
「えり好みしなければ、あっちよりはマシじゃない?」
候補筆頭とされるご令嬢が、笑みが崩れそうになって扇を広げた。何人かのご令嬢がふらっと倒れては近くの使用人に運ばれていっている。
「王妃に近いといわれてもあの方はあり得ない」
「あんなに近くにいればよくわかりそうなのですけど」
下々に有名な、高貴な方々は知らない振りをする事実。
あの子。王子たちの末の妹にあたる隠し子。
結婚とかない。
しかし、王の醜聞であり、王が認めていない子なので王子たちも説明できない。結果、拗れる。
原因は王。
尚、下々で有名なのは彼女の母が、あったことを盛って本にしたせいである。
それも原因は子供が認知されなかったから自棄になって新聞に投稿したのだとか。
それが編集の目に留まり、出版の運びに。さすがに固有名詞は全く別のものに変えたとこの間インタビューに載っていた。
彼女は文才があったのか現在も有名なベストセラー作家で、貴族やら王家に食い物にされた娘が、復讐する話をよく書いている。
恨み骨髄に徹す。
貴族の一定以上の年代では公然の秘密とされている。
若い子には認知度はいまいち。むしろなかったことにされている。
そんなわけありの娘を夜会に呼ぶなと思うが、王子の誰かが懇願に負けたのだろう。かわいいはかわいい。天然素材がよいのだろう。
「しかし、まあ、この展開ってよくありがちじゃない?」
「確かに」
一人の王子がついにぶち切れて、婚約候補から外すと明言するに至るとシンと静まりかえった。
固唾を飲み込んで返答を待つ。
「いらぬのならば、もらい受けよう」
やっぱり。
「新作、こんな感じじゃなかった?」
「そうそう。でね、思うわけよ」
「お姫様は王子様に救われましたとさ」
二人でくすくす笑う。
のあとの最終章がえぐかった。溺愛からの監禁。大人過ぎる展開に苦情が送られて発禁になりそうだという。
寝台から離れられない生活って幸せなのかしらねぇ。
あれが乙女の本棚にあったら二度見する。
見るべきところは見たので、その場を離れる。私は婚約者を捜しているのだ。
友と遊んでいたいが、今後を養ってくれるわけでなし。
適度なところで別れる。
彼女には同じ年の幼なじみの婚約者がいる。羨ましい。妬ましい。元婚約者の姿もちらと見えて、勢いよく振り返れば見間違い。
未練がましい。
モブにはモブにふさわしく、地味目の婚約者だと思っていたが、解消されるなんて思っていなかった。
うっかり前世を思い出さなければ、すがりついたかもしれない。冷静に事態と影響と金銭を考え出した自分がツライ。
おかげで、うちの領地は潤い、下の妹にも持参金が出来た。それは嬉しい。
が、弟たちが自宅で引きこもってるんじゃねぇとドレスとメイドを送りつけてきてスパルタに涙が出る。
お姉さんはそれなりに傷ついてはいるのよ?
わかってんの?
まだ、たったの半年なんだから。
……と手紙で送ったら、二度と部屋から出てこなくなるから本気になれと速達が来た。
なんだろうなぁ。
これが家族愛なのだろうか。
遠い目をしてしまった。
そんな身内からのプレッシャーに負けてあちこちの夜会に出てはいるんだけど。今年の本命の夜会であるこれで、目星くらい付けないと今期は絶望である。
良い男はいないかしら。
ほどほど地味で、会話が成立するくらいだと良いのだけど。見回して見ても誰も彼もがきらきらしているように見えて眩しすぎる。
なんだか疲れてしまってホールを抜けてバルコニーへ出る。
外側から見た方がよく見える気もする。
「この間、振られたのって君でしょ」
「は?」
バルコニーに先客がおりました。薄暗いので顔はよく見えない。
急に声をかけるにしても挨拶からじゃないか?
明るい声に聞き覚えがあるような気がする。しかし、男性の知り会いというと元婚約者関係になる。
軍人はちょっと苦手だ。戦争がない世界ではない。魔物はおとぎ話の世界に去っても、人同士の争いは消えなかった。
元婚約者が傷を負うごとに、いつか帰ってこないのではないかと不安に苛まれたものだ。あれは、地味にツライ。
「領地に騎士いらない? 田舎でもいいからさ」
「は?」
「ちょっと考えておいてよ」
顔が見えたけど、見たくなかった。
「団長様が、なに言ってるんです?」
「隠居したい。マジでしたい。いっつも言ってるのに無視される。田舎の娘捕まえて隠居したい」
……。
チャライと噂の団長様がおかしい。
肩までの金髪は緩く波打っていて、きらっきらである。
いつもは軍服だが、今日は夜会の礼装で倍かっこいい。
騎士の頂点に立つにふさわしい張りぼて、と本人が語ったと真面目な顔で元婚約者が言っていた。
あれは、いつだっただろうか。
あの人は、本当は、あんなところにいたくないのだと。
ああ、半年とちょっと前に、仕事場に連れて行かれた。今から思えば、婚約解消の話はきていて、次の相手を見つけやすいようにと顔をつないでいたのかもしれない。
妙なところに優しさがあるというか。
ああ、未練が。
「結婚されたいんですか?」
「それなりの年で周りがうるさい」
「相手に困ってないのでは?」
「見た目と中身違うって振られたりするの辛すぎる」
……。
そ、そうか。違うのか。どこをどう見てもモテモテの遊び人のような見た目で、振られているのか。
物語の主人公でもなりそうな見た目で。
ちょっとだけ興味を持てた。
「わかりました。とりあえず、一曲踊ってきましょう。相性ってのはあるでしょうし」
手を差し出すと、笑われた。通常、ダンスは男性から誘うものである。
「なんかさ、王子様みたい?」
「というとあなたお姫様なんですかね?」
「よろしくってよ」
声音をわざとつくって言うところがおかしい。
「光栄です、姫君」
二人で、光溢れるホールに戻ることにした。
中々めんどくさい隠居生活になることは、まあ、別の話である。
「ねえちゃん、うまくやってるかな」
「かなー」
「いやいや、大人がうまくやってくれるだろ。あの人、俺等になんて言ったと思ってンの?」
「ねえちゃんにぶにぶだから、ぜんっぜん気がついてない可能性が微レ存」
「え、なにその微レ存って」
「微粒子レベルで存在するかも? びりゅうしってなにってねえちゃんに聞いたらチリくらいって言ってたけど」
「気付いてないと思うんだけど、ねー」
「婚約の衝突があったときうちが泥かぶる必要なかったし。元婚約者未練あったみたいなぁ?」
「ねえちゃんもそれなりに未練あったみたいだし。お家のために引き裂いた系になってるけど、よい婿が来るから大丈夫」
「うわぁひでぇ。嫁が来ない呪いがかかるよ」
「それなー」




