一つの確信
慶応高校の野球部員は部活が終わっても尚、各々、遅くまで練習をしている。一人は永遠と素振りまたある人はフォームの確認と、熱心にのめり込んでいる。正直、見習う気もないので私は今まで一度も自主練習などしていない。
あ。でも、たまにストレス発散で素振りはするかな?と、今日も野球の師匠である携帯をググって試合の流れを朗読。えーっと、全国高等学校野球選手権大会は六月下旬から行われ勝てば甲子園か。
しかし、一回も負けられないってのが凄い。高校野球って案外シビアね。
「へー、これもそうか」
ブツブツと呟き、大好きな板チョコレートを頬張る。と、なにやら外が騒がしくなっている事に気付く。
なにかあったのだろうか?ふとした気紛れ。私は部屋を後にし、声のする方まで向かう。すると、数人が固まって何やらあたふたしていたのだ。なにをしてるの?そっと、覗くと中心に居た一人が地面に倒れ込む。と、それを皆で囲んでてんやわんやしている。
ーーーあ。これ、見た事あるやつだ。
キャバ時代、それはよく見かけた光景。ストレスなどが溜まり、度々倒れていた女の子思い出し私はその人物に歩みを進め身体を支える。と、周りが少しうるさいので「黙って」と一喝すればその場は静まり返った。素直で宜しい。
「キミ、息できる?大丈夫だよ。安心してね。ホラ、ゆっくり息を吐いて。ゆっくりと深呼吸してね」
彼の耳元でゆっくりと言葉を述べ「ゆーっくり吸って、ゆーっくり吐いて」胸、背中を押して彼の呼吸を安定させる。
「うん、イイコ、大丈夫だから深呼吸はゆっくりね。ホラ、だんだん良くなってくるよ」
呼吸が一定に戻るまで優しく私は言葉を促す。と、少し涙目になっている彼の瞳を拭い「イイコ、イイコ」頭を撫でる。
と、それから数分後。彼は安定になり思考もだいぶ良くなってきたので部屋に戻るよう伝えると、同室の人が俺が連れて行く。そう言ったので、彼に任す事にしたのだ。なんか、過呼吸は久しぶりに見た気がする。
その場を後にした彼を見て、彼女は元気にしているのだろうか?少し不安を覚える。と、一息つけば「なんか、驚いたな」キャプテンの古谷先輩が呆気にとられていた。
そして、いつもキレてる戸高先輩までもが「お前、すげーな」キラキラした眼差しを此方に向ける。いや、見慣れてるだけですよ?とは、あえて言わないでおこう。
「もしかして、過呼吸だったの?」
隣に座り込んだ大島田先輩は首をかしげる。
「みたいですね、軽い過呼吸で良かったですよ」
私がそう言えば大島田先輩は「でも、過呼吸の時って袋使うんじゃなかったっけ?」疑問を投げてくるので「なんですけど、酸素不足にならないように少し隙間を作っておく配慮が必要なんです。でも、その加減が難しいから言葉で促しました。袋の加減を一歩間違えれば窒息死もあるんで」大切な事を伝えておいた。
すると周りに居た人は「へー」とか「そーなんだ」過呼吸の対処法を少し理解したみたいだ。
「でも、初めて過呼吸見たからビックリしたよ」
「俺も、俺も」
「過呼吸って、あんな感じなんだな」
次々と言葉を述べる彼らに私はフッと微笑む。が、多分皆さん自主練の途中。モチロン自主練など見る気が無いので緩む頬を引き締め「それじゃあ」とだけ伝え、その場を後にした。
ほんと、我ながら冷たいよねー。クスリと笑い、自室に戻って携帯を再度起動。それから暫く携帯と葛藤していたら、扉の開く音と声が耳に響く。
ああ。自主練、終わったんだ。物音だけで二人を確認し、ヘッドホンを耳に当てる。
あまり、この空間は好きじゃない。
先日の事もあり、雨野先輩とギクシャクしてたら相馬先輩ともナニを話していいか分からなくなっていた。そもそも後から入ってきた私が二人の空間を邪魔するってこと事態、失礼ってモンだよ。
そう言いきかせて音楽鑑賞。
一方、ヘッドホンをした彼を見つめる相馬は「また今日も音楽聴いてるー」ブッと頬を膨らます。
「真一、最近、月宮クンがツレナイ」
「知るかよ」
「えー、せっかく仲良くなろうと思ったのに」
「だから、知るかってーの」
そんな相馬に反し雨野は、ベッドに横になり「俺もう寝る」どこか冷めた口調で目を閉じる。
「えー、真一もう寝るの?」
「電気消せ」
「命令しないでよー」
そうは言いつつも、雨野を怒らせたくない相馬はちゃっかりと電気を消す。
「電気消したよー」
「おう」
「それより、明日はまた練習試合だね」
「そーだな」
「また、バッテリー宜しく」
ベッドにダイブした相馬はそう言って、ソッコー眠りについたのだ。その早業に雨野は「ありえねー」と、苦笑。もう少し話相手になってくれると思っていた旦那が寝てしまった為、雨野は仕方なく携帯を取り出しゲームを始める。
しかし、ゲームをしながらも気になるのはアイツの事。
あの日以来、俺はアイツとうまく話せないでいる。理由は、一線を引かれ壁を作られた気がしたからだ。どうしてかは分からないが、月宮の触れてはいけない部分に触れてしまったんだと思う。それは多分、思いの大きさか互いの不一致か。
だけど、同室として先輩として一部員として心を開いて欲しい。そう思っている。
それにさっきの過呼吸を起こした後輩の対処を見て、きっと月宮は悪いヤツではない。と、俺はそう思っている。あんなに優しい笑顔が向けられるのなら月宮はきっと良い起爆剤になる。もちろん、月宮のセンスを含んでの事だ。
だから、ここは先輩としてアイツ殻を砕いてやらないと。そう決め込んで大きな溜め息を吐き出したと同時に扉の閉まる音がその場に響く。
一方、外に出た彼女は自動販売機へと足を進めていた。
今日はなに飲もーかなー。ビールかな?ハイボールかな?と、冗談はさておいて。ブラックコーヒーを購入。
ベンチに腰掛けて早速、コーヒーを流し込む。うーん、大人の味だわ。
この身体になってから甘党になってしまった為、久しぶりにブラックを飲むとむせそうになる。だけど、コーヒーはブラック派だ。
「まいうーからのーむせるー」
ヘッドホンを肩に掛けて、綺麗な星空を眺める。だけど、やっぱりまた思い出すんだね。複雑な気持ちを隠す為、次はグラウンドに脚を伸ばす。
「一番のりーだぜーい」
変なテンションになりつつも、なんとか気を紛らわそうと用具室に置いていた己のバットを取り出す。
「こーなったら、素振りあるのみ」
空想の的(過去の客)をイメージして、フルスイング!!
「痛客ー!!滅せよ!!ウザ客滅せよ!!」
過去の脳内データを次々に並べ、かっ飛ばしていく。
「いやー、気持ちー!!」
ガチでフルスイングしてるから結構、コレが楽しかったりする。本当にストレス発散だ。
「ドンペ入れろ!!赤入れろ!!シャンタワ作れよ!!フル盛りカモン!!」
ギャハハハ!!と、かっ飛ばしていたから気付かなかった。雨野先輩が引きつった笑みで私を見上げていた事に。
「えっと、先輩いつから、そこに?」
ーーー冷や汗ダラダラてす。
「滅せよ、の、とこから?」
最初からじゃねーかよッ!!クソがッ!!
「は、はは、ははは、お見苦しい所をお見せしました」
テヘヘと、笑い飛ばせば「どーゆー意味か分からんかったけどな」もっともな意見頂きました。先輩はまだ知らなくて良い事なのです。
「それより、月宮、お前、キャラ違くね?」
「いや、コレが俺ですけど」
って、あれ?私、普通に話せてる?
「なんか、月宮って、変わってるよな」
「はあ?どこが?!」
「いや、なんか、色んな顔ある感じ?」
「えー?なにそれ?」
「いやいや、悪い意味じゃないから」
と、ウ○コ座りしてるヤンキー先輩はそう言いながらクスクスと笑う。
「あ、あの。雨野先輩」
多分、私の中では限界だったんだと思う。だから「先輩、あの時はごめんなさい」勢いよく頭を下げる。そしたら先輩は「ん」とだけ言って何も言わなくなってしまった。
あれーーー?なんで?それだけ?って、思って首を上げれば先輩は下を向いて「はあああ」と、大きく息を吐き出しそして「こっちこそ、なんか、悪かったな」視線が絡む。
少し伸びいてる前髪から覗く、先輩の瞳。
私は同じようにしゃがみ込んで「あの時は、ちょっと、ムシャクシャしてました」大人げなかったな、と反省。
「この間の先輩、試合の時のプレー、すごくカッコ良かったです」
指揮していた先輩は誰よりも輝いてました。そう告げれば「はあ!?」目を真ん丸とさせる。
「いや、大人っぽかったですよ、ほんとに」
ほんと正直、負けた気がした。
「だから、その、子供扱いしてごめんなさい」
思ってた事を伝えれば「バカにしてんのか?」ゲンコツを喰らってしまった。だって、本当にそう思ったんだもん。
「先輩、痛い」
「オマエが変な事を言うからだろ?」
「いやいや、大真面目なんで、コッチは」
まだその感情が分からないけどただ、あのプレーを観たら何も言えなくなってしまう。それに、彼の夢を蔑む事もできやしない。だって、あんなにも真剣な瞳を見たんだもん。
私は何も言える立場じゃない。真剣な人に対して言える言葉、そんなの私は持ち合わせていない。
「だから、先輩、頑張って下さいね」
「は?オマエ、なに言ってんの?」
「え?なに、って?」
「そこは一緒に頑張ろう。じゃねーの?」
「あ、えっと、そうですね」
苦笑すれば先輩の表情が少し、ほんの少し曇った気がした。