慶応高校野球部
ーーー・・・カチ、カチ。
頭の中に鳴り響く音。その音は懐かしく、どこか寂しい。
「じゃあな、元気で」
と、タバコの火を揉み消した彼は「幸せになれよ」その言葉を最後に私の前から姿を消した。じゃあ、あなたが私を幸せにしてよーーー・・・なんて事は言えなくて私はただただ泣いた。多分、否、最高の恋をしたんだと思う。
「健祐、愛してる・・・会いたいよ」
それが、叶わない恋だとしても。
「・・・っ」
ふっと、息を止めてボンヤリする頭を覚醒させる。
ーーー嫌な夢を見た。
「はっ、今さら・・・」
懐かし過ぎて逆に笑える。と、携帯の電源を入れた。どうやら結構な時間眠っていたらしい、気が付けばもうすぐ部活の時間。
「はぁ、やる気失せたわ」
ボソッと、愚痴をこぼしてジャージに着替えようとする。やる気は無いけど強豪って呼ばれてるのならなにかと厳しいはず。
だから、せめて遅刻だけはしないようにしよう。良い子ちゃんを演じないとね。と、そんな気持ちで着替えをしてたら「あれ?もしかしてキミが例の一年生?」ガチャリと、扉の開く音。
そして、聞き慣れない声。
あ、この人がもう一人の?
「あ、初めまして。今日からお世話になります。月宮香です」
着替えをすませ挨拶をすると「おう、初めまして。俺は相馬太陽、二年生だ。同じ部屋同士宜しくな」ニカッと、笑顔を向ける。爽やかですね。
「はい、宜しくです」
会釈をすれば「俺も着替えるから、一緒に部活行こうか」彼も着替えを始める。っと、生着替えは流石に見られないな。少し気まずくて目を反らせば、ベッドで寝ていた雨野先輩と視線がぶつかる。
あ、起きてたんだ。
「雨野先輩、体調はどうですか?」
近付いて様子を伺う。
「ん、ましになった」
「そうですか、でも、無理はしないで下さいね」
当たり障りのない言葉を述べると「真一が風邪って珍しいよね、ほんと、明日は雨が降るかもね」相馬先輩が彼を茶化す。すると雨野先輩は「アホか、降るわけねーだろ」そう言ってベッドから起き上がる。そして、雨野先輩は制服を脱ぎユニフォームへと着替え始めた。
え?部活行く気なの?
少し心配したけど雨野先輩は「よし、今日もやるぞ」やる気満々のようです。止めるだけ無駄かな?
「さて、月宮クン。部活行こうか」
準備が出来た相馬先輩が声をかけてくる。
「え?あ、はい」
そして、なんだかんだ流されるまま先輩の後を追う。と、「待てよ」後ろから雨野先輩が伸びをしながら近付いてくる。ホントにやる気満々だ。
「倒れても知りませんよ」
「大丈夫、冷えピタ貼ってやるから」
「はあ?」
冷えピタで安心されても困るわ。と、人の心配などよそに雨野先輩はどんどん前へ進む。歩くのはえーよ!!なーんて突っ込んでたら大きなグラウンドに辿り着いていた。と、そこには役、60人弱の人が集まって既に練習を始めていたのだ。
こう見ると凄い人数だな。と、呆気にとられていると誰かが此方に近付いていた。そして近付いてきた人物は自分を監督だと言って己の紹介と部活の事を説明し始める。ふと、周りを見れば雨野先輩と相馬先輩は既に練習に参加していた。
「と、こんな感じだ」
ある程度の説明をし終えた山下監督は「オーイ、みんな集まれ」声を張り上げ他の部員を呼ぶ。そして、その声と共に続々と集まる部員。
「おし、今日から入部する月宮だ。今から練習に参加させるが、誰か手の空いているヤツはいるか?月宮の器量を知りたい」
そう言う監督の言葉に一人、手を上げた人が。
「はいはーい、俺がやりますよー」
「そうか、キャプテンに頼もうと思ったが、お前なら細かい所まで教えられるな」
「オッケー、任せてよ」
キャップをクルクル回しながら近付く人物。と、彼が近付くと山下監督は「よし、皆、練習再開だ」またしても声を張り上げる。すると、部員たちは「しゃ!!!」と、監督同様声を上げる。
体育体型のノリついてけねーよ。なんて初っぱなからへこんでると「キミが月宮ね、俺は山元大輔、三年。今日から宜しくな」手を差し出してくるので、とりあえず握手。
「あ、はい。お手柔らかに」
「じゃあ、とりあえず、希望ポジションとかある?」
「希望ですか?」
希望はベンチか応援席で!!と、言えたら幾分か楽だろう。
「えー、そーですねー、じゃああえて言うならイチローみたいなポジションで」
と、言うと「ん?イチロー?」首をかしげられた。あ、そうだこの世界にはイチローや松井とか居ないんだった。
「あ、いえ、守りでやっていきたいです」
外野からのレーザービームやってみたいし。うん、とりあえず目標はイチローだな。と、出来っこない妄想をしていたら「月宮、グローブとバットは持ってきたな?」山元先輩がチラリと手元を見る。そして「金属バットじゃないの?」不思議な顔をしていた。
「あ、みたいですね。コレしか持ってないです」
確か、高校野球って金属バットじゃなかったっけ?なんで香クンは木のバットなんだろう?首を傾げていたら「木のバットは折れるからなー、ちょっと貸して」と言ってきたので持っていたバットを差し出す。
と、バットを持った先輩の顔色が変わる。
「月宮、コレ、いつもコレでやってんのか?」
「え?あ、まあ、素振りで使ってます」
「毎日か?」
「はい、とりあえずは」
それだけ言うと先輩は「分かった、このバットは素振りの時にだけ使えよ。後は学校から支給されてる金属バットを使え」バットを手渡してくる。
「はーい」
やっぱ、金属バットのが良いんだな。
「じゃあ、まずはストレッチしてから走り込みと素振りとノックを受けてもらう」
頑張ろうな!!そう言って俺の肩をポンポンと叩き山元先輩はニッコリと笑った。