トラブルと仲間
第三試合、今日の相手は得点王がいる真島学園。4回の裏が終わり、得点は両校共にゼロ。
「なかなか厳しいと思うが、相手には打たせるな。守って守り抜け」
監督の言葉に部員たちは「はい!」と大声を上げ、マウンドへと向かう。そして私もポジションにつく。と、指定位置に着いたはいいけどーーーやはり、脚が重い。
3回の表が終わった辺りから感じる違和感。その違和感は段々と強くなり、今ではピリッとした感覚に襲われる。軽く捻ったのかな?と、足首を回していたらボールが此方に近付いてくるので走り出そうと脚を一歩出せば「っ!!!」激しい痛みに襲われて膝をついてしまう。
しかし、運良くボールは目の前で転がっており、そのボールを掴み一塁へ投げれば「セーフ」と、審判の声が響き渡る。
まずった。そうは思っても動かなかったこの脚が悪い。だが、そんな私のプレーをよそに相馬先輩が三振を取ってくれてーーーひと安心。とはいかないわけで、ベンチに戻れば選手交代を言い渡される。
「月宮、脚を冷やせ。今日の試合、オマエの出番はここまでだ」
「はい、すいません」
「念のために病院へ行け」
「はい、分かりました」
選手交代、なんてどーでもいいとか思ってた頃を思い出して苦笑。今じゃマウンドから降りたくない、と思っている自分がいるからだ。
ーーー悔しいな。
やる気スイッチが入ってからこんな感情ばかり溢れてくる。私はいつから真面目チャンになったのかな?苦笑いして病院から寮へと戻りベッドに寝転がった。と、横になったと同時に聞こえたノックの音。
「月宮クン、お邪魔します」
ガチャリと扉が開き、桃川チャンが此方に近付いてくる。
「大丈夫?診断結果は?」
「ああ、大丈夫。数日で良くなるよ」
「そっか、試合見てたけどビックリしたよ。ほんと」
「ごめんね、心配かけて」
頬を掻いて彼女を見上げれば少し、目が赤くなっているような気がした。
「痛む?」
「ううん、薬が効いてるからそうでもないよ」
「そっか、良かった」
「うん、だから、ほんとに心配かけてごめんね」
とは言うもの、やはりいつもの元気がない。そんなに心配させてしまったのだろうか?
「えっと、桃川チャン。そんな顔してないで?」
「え?」
「だって、なんか、泣きそうな顔してるから」
「それはっ!その、心配で・・・」
「うん、だからそんな顔しないでよ」
「そう言われても」
テヘヘと笑いながら「大怪我してたらどうしようって考えてばかりいたから、マネとしてなんか・・・不安になって」一粒の涙を溢す。その涙はあまりに綺麗で、こんなに不安にさせていたんだ。と、胸が熱くなる。
「桃川チャン、本当にごめん。俺も重症を覚悟してたからさ、すげー不安で。でも、軽傷で済んだから今はホッとしてる」
「月宮、クン」
「だから、ほんとごめん。不安にさせて、仕舞いには泣かせて」
「ううん、違うの!これは私が勝手に!」
「いや、俺が悪いよ。いつも応援してくれていつも見守ってくれてたのに、こんなに不安にさせちゃってさ」
「違うよ。月宮クンは悪くない」
と、彼女は私の手を握り「心配症な性格だから、月宮クンは悪くない!全然悪くない!」ほんの少しだけ笑ってくれる。だから、つい手が出てしまう。
節度ある距離を保とうと思ってたけど、桃川チャンの前になるとダメみたいだ。
「つ、つ、つ、月宮クン?!」
ホラ、桃川チャンも驚いているじゃないか。なんでーーー抱き締めてしまったのだろう。
「桃川チャン、ありがとう。そして、ごめん」
「いや、えっと、あの」
腕の中でアタフタする彼女を見てると可愛いな、そう改めて痛感。とゆうか女の子ってこんなにも可愛いもんだっけ?男の生活が長くなって感覚が麻痺してきたのだろうか?と、考え事をしてると「何やってんだ?」雨野先輩と視線がぶつかった。とゆうかいつの間にか部屋に入ってきたのだろうか?気配もなく入って来ないで欲しい。
もちろん、心臓に悪いから、だ。
「と、ごめんね桃川チャン」
「あ、いえ」
雨野先輩の介入により私は彼女から離れる。すると、桃川チャンは雨野先輩に気をつかったのだろうか?「じゃあ、私は、これで失礼します。月宮クン。安静にね」そそくさと部屋から出ていってしまう。無論、取り残された現状は激しく気まずい。
しかし、そんな雰囲気など気にしていない雨野先輩は「ケガの具合は?」椅子に腰掛け、此方に視線を向ける。
「数日安静です、それより試合は?どうなりました?」
「ん?試合は一応勝ったよ。てか、数日動けねーのか」
「試合勝ったんですね、良かった。とゆうか、すいません」
「ん?」
「大事な時期にケガしてしまって」
「いや、それは大丈夫だ。監督は小さいケガでも降板させるからな」
「そうなの?」
「ああ、小さいケガだからといって無理したら使い物にならないから。だとよ」
「そっか」
「ま、他校はどうかしらねーけど、監督は万全の選手しかマウンドに立たせないんだよ」
「部員思いなんですね」
「まぁな、将来の事も見据えて無茶はさせないんだと思うぞ」
なるほど、ね。ますます監督を尊敬しちゃいそうだ。
「んまあ、とりあえず。オマエは絶対安静な」
「ほい」
「返事が軽いんだよ」
「え?軽かったですか?」
「軽いわ。つーか、一つ聞いていいか?」
「なんでしょう?」
「マネとはどうゆう関係だ?」
あ、やっぱり聞かれるのね。
「別に?なにもないですけど?」
「は?なにもないのに抱き締めたりすんのか?」
「え、っと、まあ、ですね」
「オマエ、軽すぎだろ」
「ええ?そうなんですか?」
「なに驚いてんだよ。フツーなにもないのに抱き締めたりしねーぜ?」
「そうかな?結構ハグ好きですけど?」
「オマエの思考を聞いてんじゃねーよ。つか、欧米か」
「えええ?ハグって脳には良い効果があるんですよ?」
「学者みたいに進めてくんな」
と、雨野先輩は溜め息を吐き出す。そんなにダメだったのかな?
「とりまー、オマエ、うぜぇ」
「うわ、その言い方ムカつく。雨野先輩のくせにムカつく」
「くせに、は余計だ」
「それより先輩」
「んだよ?」
「他の部員は?」
「多分戻ってきてるぜ」
「戻ってきてる。って、一緒に帰ってきたんじゃないんですか?」
不思議に思ったのでそう問えば「俺は先に戻ってきた」さも、当たり前のように告げられる。なので、冗談で「え?もしかし、心配したとか?」笑いながら先輩を見れば「悪いかよ」照れていた。
ーーーなぜ?!
「先輩、気持ち悪いです」
正直な気持ちを伝えれば「な?!オマエ、それが心配してた人に対する態度か?」激オコな表情で此方を睨む。
「いや、まさかの展開だったので」
「それはこっちのセリフだ。まさかオマエが動けなくなるなんて思ってなかったからよ」
「いや、えっと、それはすいません」
「ぶっちゃけ、心臓止まったわ」
「え?」
「オマエがいねーと士気上がらんしな」
「意味が分からないんですけど?」
「だから、オマエが側にいねーとやる気でねーの。なのに、オマエ動けなくなってるしよ」
「え、っと?」
「あーもう!だから!なにかやらかしてくれるオマエがマウンドに居ないとつまんねーって、言ってんの」
そう言った先輩はどこか悲しそうな表情をしていて、少し、ほんの少しだけむず痒くなる。
「せ、んぱい」
「んだよ」
「いえ、その、嬉しいです」
「は?」
「俺、少し不安だったんです。最初の印象もあるし、迷惑な存在じゃないんだろうか?とか考えてて」
「んなわけあるか、大事なチームメイトだ」
「だけど、そう言ってもらえると、結構きます」
「ん?」
「いや、嬉しすぎて舞い上がりそうっす」
「はあ?なんだそれ?」
「俺、ちゃんと仲間って思われてるんすね」
「当たり前だ、バーカ。他の部員も心配してたぞ?」
なーんて言われるもんだから正直なところ、本当に嬉しくなってしまう。実際、嫌われてると思ってたからな。
「えへへへ、いやー、仲間っていいね」
「はあ?頭、イカれたか?」
「いや、ついつい嬉しすぎて」
「オマエなぁ」
「だって、仲間とか言ってもらえるの数年振りだったから」
「数年振り?」
「はい、小学校の頃以来かな?」
「え?なにそれ、オマエずっとボッチ?」
「別にボッチではないけど、こうやって心配してくれる仲間とかが久しぶりってなだけです」
己の過去を振り返って、改めて思う。薄っぺらい人生だったと。
孤児院にいた頃から誰とも仲良くならず、学生になっても友達と呼べる友達は居なかった気がする。それに仲間とか呼べた時期はほんの半月程度、そんな私に今、こんなにも心配してくれる人がいる。桃川チャンだってそうだし他の部員もそうだ。
ほんと、たったこれだけの事なのにーーーこんなにも嬉しいものだとは思わなかった。ヤバいな、暫くは顔が緩みっぱなしだ。