化け物か天才か
蝉の鳴き声、照り付ける太陽ーーーマウンドに伝わる熱。客席から浴びせられる声援にいよいよ甲子園へと向けた大会が始まったなと、私はゴクリと喉を鳴らす。
初戦から強豪とのぶつかり合い。どちらが勝つなんて誰にも分からない、けど私は勝ちたい。絶対に負けられないんだ。相手選手に一礼してベンチに戻る。
ーーー只今より慶応高校対、大宮山高校の試合を始めます。
これから熱い戦いが始まるんだ。そう意気込んで守備につけば、流石は相馬先輩。あっという間に相手を三振。
バックの私達など必要ない位、先輩の気迫が相手を圧倒させる。
ははは、こりゃあすげーや。
「ナイス、相馬」
「うん、まだまだこれからだけどね」
雨野先輩が相馬先輩にハイタッチ。だから私もつい「ナイスです」手を差し出せば相馬先輩ではなく雨野先輩が手を出してきた。
「はあ?俺は相馬先輩とハイタッチしたいんですけど?」
「次の打席でヒット打てばさせてやるよ」
「はあああ?!」
なにこの人、クソムカつくんですけど?ヒット打てばハイタッチさせてやる、だって?相馬先輩はお前のものかよ。
「分かりました、打てばいいんでしょ。打てば」
「おう、頼んだぞ」
腹立つくらいの上から目線。だけど、耐えろ私。絶対にハイタッチしてやる!と、バッターボックスに入れば「おい、一年が選抜されてんぞ」なにやら球場が騒がしくなる。
「慶応が一年出してる!マジで?」
「珍しいこともあるんだな」
「おい!慶応、一年選抜に出してるぞ!何事だ?!」
「人手不足とかじゃなくて?」
え?なにこのアウェイ感?観客の視線が痛いんですけど?
「チッ」
非常にやりづらい。けど、打つと宣言したからには打ちたい。だから私は気合いをいれて集中。
一方、大宮山を取材しに来ていた記者二人組。慶応が数年ぶりに一打席から一年を出したことにより、彼へとフレームが向けられる。
「おいおい、慶応、一年出してきたな」
「え?慶応って一年出さないとかですか?」
「違うよ、慶応は有力選手以外は一年なんて出さないんだ。ここ数年一試合目から出してきた事はなかった。が、今年は出してきたとなると、月宮香、化け物かもな」
と、先輩である記者の山之内は後輩の黒田に向けて丁寧に説明。
「山之内先輩。それって、すごいことなんですか?」
「すごい、すごい。まあ、去年は最終に一度、雨野クンを出してきただけだが、今年は初っぱなから出してきている。監督、相当惚れ込んでると思うぞ」
「雨野クンって先輩が言ってた捕手ですか?」
「ああ、去年は一回しか見れなかったけど、二年になってからメインで動いている。将来有望だぞ」
「へぇー、なんか慶応って面白そうですね」
「面白いぞー、それに選手層が熱い」
「俺、慶応取材してみたくなりましたよ」
「だろ?だけど、な。あそこの監督は取材に対して縦に首を振らないんだよ」
「え?それって、取材できないってことですか?」
「だろうな、色々と秘密にしたいんだろうよ」
「ちぇー、面白い記事が書けると思ったのに」
少し悔しそうにする黒田は「ダメ元でも取材交渉してみていいですか?」そう言いかけて言葉を飲み込む。なぜならその瞬間、月宮が軽々とホームランを放っていたからだ。
「ま、マジかよっ」
山之内はニヤリと笑い「ははは、あの変化球を軽々と打つとはな」手帳に一年に化け物現わる、ペンを走らせる。
「へぇ、月宮クン、すごいですね。しかもあのフォーム姿もキレイでつい撮っちゃいましたよ」
「黒田、良くやった。大宮山も撮りつつ、慶応も撮るぞ。これは良い記事が出来そうだ」
「リョーカイです、先輩」
と、それから試合が続くにつれ黒田は目を輝かせる。もちろん、山之内もだ。
「しっかし、月宮クン。化け物ですね、守備も恐ろしい」
「ああ、これはすごいのが出てきたぞ。彼は天才かもな」
「一年でレーザービームですよ先輩?すごくないですか?」
「いやあ、参ったな。予想以上だ。それに二、三年も負けてないな」
山之内は【慶応7ー3大宮山】最終まで手を休める事はなかった。




