TEARS
夏大会間近、慶応野球部ではある噂が流れ始めていた。それは“月宮がおかしくなった”だ。そして今日もまた、その噂が広がりつつある。
「監督、今日も頑張りますので」
「横山先輩、一緒にトレーニングしましょう」
「すみません、ノックに付き合ってください」
「日和先輩、守備の事を詳しく教えてください」
などなど、そんな言葉を放つ月宮を見ていた堤は「なにあれ」呆然とその様子を観察。と、その隣で坂口までもが「月宮が壊れたー」凝視していた。
「てか、琉依。アレどーなってんの?」
「いやいや、それは俺が聞きたいよ」
「月宮、すげー真面目じゃね?変なもん食ったのか?」
「海琥、変なもん食ったからってああはならないと思うよ?」
もっともな事を呟く坂口に対して堤は「だけど、おもしろくなってきた」ニヤリと笑う。
「おもしろいって?」
「いや、月宮って真面目にやればそこそこ戦力つーか、化けもんじゃん?」
「うん、まあ」
「今年は、荒れそうじゃね?」
「もう、相変わらず性格悪いね。海琥」
「何とでも。だけど、他校の驚く顔が目に浮かんで今から楽しみだよ」
そう言って怪しげに笑う彼に冷ややかな視線を送り、坂口は溜め息を吐いて空を見上げたのだった。
そして、所変わってブルペンでは大島田が「おーい雨野、月宮がぶっ壊れてんぞー」月宮から雨野に視線を向けそう呟く。するとボールを構えていた古谷が「てるー、余所見すんなよー」ミットを再度構える。
「そうなんだけどよ、月宮の奇行が気になってよ」
大島田が苦笑いすれば「月宮は珍獣じゃねーぞ」雨野が溜め息を漏らす。
「だけど、月宮クン。最近頑張ってるよね!!俺も、もっと頑張らないと!!」
途端、暑苦しくなった相馬は拳を強く握りしめる。と、そんな相馬に対して「あんま力むなよ」雨野は盛大に溜め息を吐き出した。
しかし、当の本人はそんな視線など気にせず部活動に専念。
それからとゆうもの部活が終わった後、自主練を終えた月宮に歩み寄ってくる一人の人物が。その人物は同じ守備である、二年の高梨。
高梨は彼に近付いて「最近、どうしたの?」ジュースを手渡す。と、それを受け取った月宮は「あざーす。どうしたのって?」キョトンとした顔で彼を見上げる。
「いや、最近の月宮変わったなーって」
「え?そうですか?」
「え?なにそれ?自分で気付いてないの?」
驚いた先輩は途端、笑い始め「月宮の印象変わったわー」頭を撫でてくるのだ。
「ちょ、なにするんですか先輩」
「いやー、月宮。オマエ、なんか面白いな」
「はあ?」
出会い頭から失礼な人だな。と、そう睨むと「でも、なんか嬉しいわ」ニッコリと微笑んで更に「苦手意識もってて、ごめんな」謝られる。しかし、なぜ謝られたか分からない私は「先輩?突然、なんですか?」凝視してしまう。
「いや、月宮ってクールとゆうかドライなイメージあったから。だから、そんなとぼけた顔するなんて思ってなくてなー。正直驚いてるよ」
「はあ?」
「俺の中のイメージだから、悪くすんなよ。でも、よ、月宮のイメージは最悪だった」
「ストレートですね、先輩」
「だから、ごめんって。だけど、イメージ払拭されたわ」
「はあ?それは喜んでいいんですか?」
「おう、喜べ喜べ」
なーんて肩を叩く先輩に対し若干、苛立ちを覚える。
「喜べって、そう言われると逆に喜べないです」
「そうか?」
「ってか思ったんですけど、俺のイメージ悪くないですか?」
「ああ、まあ、大半はそう思ってると・・・思うよ」
「なんですか、それ」
とは言うものの。
嫌われてる事はひしひしと感じていたから、先輩が言ってる事はあながち間違ってはないのか。
「けど、月宮」
「なんですか?」
「ヤル気になってくれて、サンキューな」
「え?」
「オマエ、めっちゃ強いじゃん?だから、嬉しくさ」
「強い、って?」
「プレーがすげーって事。だからよー、そんなオマエがヤル気だしてくれたから負ける気しなくて」
「はい?意味が分からないんですけど?」
「まあ、あれだ。オマエのプレーは土気上がるつーか、勝てそうな気がするんだよ」
と、先輩は言うのだけど私は首を傾げる事しかできない。しかし、次の言葉で私の思考は停止させられるんだ。
「月宮、ぜってー甲子園行こうな」
「え?あ、はい」
「甲子園行って、監督泣かそうぜっ!!」
泣かそうぜ!なんてーーーむしろ、こっちが泣きそうになる。と、私は息を吐く。
ーーーそしてその後。曖昧な記憶のまま自室に戻りベッドへと倒れ込む。
どーやって自室まで帰ってきたんだろう?と、苦笑してたら「自主練終わったか?なら、今から守備をもっと強化させるぞ」その場にそんな声が響く。
「あれ?雨野先輩?居たんですか?」
失礼な事を言ったのは自分でも理解できた、けど、全く気配がなかったので正直驚いている。
「最初から居たわ、ボケ」
「それはそれは、すいませんね」
「それより、守備について纏めといたから目を通せよ」
「え?これって?」
手書きだろうか?手渡された一枚の用紙に釘付けになる。
「昼休みに書いた、必要最低限は頭に叩き込んどけよ」
そう言って興味なさげにスコアブックへと視線を戻す先輩。だけど、なんか今ーーー無性に嬉しさが込み上げてくる。
先輩が忙しいってゆうのは私も知っていた。だから、こんな手書きのモノを渡されて無心でいることの方が無理に等しい。
「先輩、ありがとうございます」
演技ではなく、久しぶりに嬉しいと感じたから精一杯の笑顔を向ける。と、何故かゲンコツを喰らってしまった。
なんで?




