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真面目にやろう

もうすぐ七月、地方予選が始まる季節。


うちの高校は春季大会でシードを得た。だから、試合は他よりは少ない。だけども、一軍にいる限りは試合は長いだろう。と、肩を落としていたら「こないだから大丈夫か?」相馬先輩が心配そうに覗き込んでくる。


「大丈夫ですよ。それよりも、相馬先輩は大丈夫なんですか?」


この前の怪我の事が頭から離れない。


「うん、もう大丈夫だよー」

「そうは言っても無理しないでくださいね」

「ふふ、ありがとう」


本当に大丈夫なのだろうか?と、私の心配をよそに先輩はブルペンへと入っていく。まあ、先輩が大丈夫と言うから見守るしかないか。


私はそう決めて、外周を始める。


地方予選は一軍と二軍を合わせて18人で出場する。と、監督が言っていた。だから、それに合わせて練習メニューが酷なものになってきているのは確か。せめてあと数人、入れて欲しいものだ。


組まされメニューをこなしながら、愚痴を溢す。すると、ヤル気のない姿が目に写ったのか雨野先輩が「お前、殺すぞ」近寄ってくる。殺人者さながらの瞳をチラつかせながら。


マジでこえーよ、先輩。


「さっきまでブルペンに居たんじゃないんですか?先輩?」

「なんか、嫌な予感したからな」

「どーゆー意味ですか」

「別に、オマエが真面目にやってるかと思ってな」

「真面目にやってますよ」


流石は捕手様、抜け目ないな。


「月宮は後半弱いから、スタミナと集中力切らすなよ」

「精進しまーす」

「また気のない返事して、もっと気合い入れろ」

「分かってますって」


軽く返答すれば「またやってるね、二人とも」日和先輩が笑いながら近付く。


「日和先輩、お疲れさまでーす」

「お疲れ、香クンはストレッチ中?」

「あ、はい」

「ふふ、頑張ってるね」


はにかむ姿もイケメンです、日和先輩。鼻血が出そうになった瞬間「間抜け面」雨野先輩が茶々を入れてくる。


全く、目の保養中を邪魔しないで欲しい。


「それより雨野先輩、ブルペン戻らなくていいんですか?」

「ああ、俺はオマエの監視できたから」

「はああ?」

「監督に言われたんだよ」


うわあ、監督殺してぇ。


「ははは、じゃあ香クン、頑張って」

「え、ちょ、まっ」


私の手は呆気なく空をさ迷う。ここは一緒に練習しようとかじゃなかったの?ガックリと肩を落とすと「あからさま過ぎんだろ」先輩が睨んでくるので「そりゃあ、日和先輩は癒しですからね」ジド目をプレゼント。


「癒しって、オマエ、何しに部活来てんだよ」

「そりゃあ、練習に決まってますよ」

「嘘つけ」


半ば呆れている先輩は「部活終わりまでミッチリしごくからな」ニヤリと、笑う。


日和先輩、カムバーーック!!なんて私の声など届かず、その日の練習はハードな一日で幕を閉じた。そして、その日の夜。


何時もより風呂を早く済ませ自室へと戻る。疲れすぎたせいか睡魔が襲ってくるのが早く感じるわ。と、ベッドへダイブ。


ちょー、ねみー。


大きな欠伸をすれば「でけぇ欠伸だな、おい」隣で横になっていた雨野先輩が鼻で笑う。つーか、居たのかよ?クソ練習の後にまた先輩の顔を見なきゃいけないのがこんなにツライなんて。と、涙が溢れてくる。


「すいませんね、デカイ欠伸で」


舌打ちをしながら先輩を見れば横になっても尚、スコアブックに目を通す姿が。どんだけ熱心なんだよこの人?だから「スコアブック好きですね?」茶化せば「土に埋めるぞ」低い声が返ってくる。


「てか、俺、スコアブックの見方知らないんだけど」


と、手元から視線を外さない先輩がその言葉を聞いた瞬間チラッと此方に視線を移し「は?」眉間に皺を寄せていた。って、そんな驚く事なのかな?


「知らないって、オマエ、スコアブック見たことねーのかよ」

「ないですよ、触ったこともないし」

「おいおい、マジかよ」


雨野は盛大に溜め息を吐き出す。


「あのなー、一応、仮にも野球部員だ、勉強しろよ」

「え?だって、必要性感じた事ないし」

「ふざけろよ」


頭を抱える先輩はなにを思ったのか、ズガズカと私のベッドに座り込む。え?てか、狭いんですけど?


「え?なんすか?先輩?」

「今からスコアブックの見方を教える」

「は?俺、寝たいんですけど?」

「ダメだ、先輩命令だ」


はー?マジかよ。今から?と、反論しようとすれば「まずは基本を教える」既に始まってしまう。そして、呪文のような言葉を述べる先輩は永遠とスコアブックについて語る。それはもう、熱弁だ。しかし、私の睡魔を甘くみないで欲しい。


こんな呪文がやがて眠りを誘う子守唄となる。だから、私はその子守唄を聞きながらついに深い眠りへと(イザナ)われ就寝。と、そんな彼の事など気付かない雨野は「ここは、こうで」更に熱心に言葉を紡ぐ。が、暫くして返答や質問が無いことに気付き彼を見ればそれはもうスヤスヤと気持ち良さそうに夢の中へ。


「って、オマエ」


俺が真剣に。と、そんな言葉を発そうとした瞬間「んん」ぐもった声に少からず動揺。閉じられた瞳はフサフサな睫毛で覆われ、普段偉そうな態度とは裏腹に可愛い寝顔が俺の思考を暫くの間停止させる。


ーーークソッ。相手は男だってーのに。


お風呂上がりなのだろうか?少し赤い頬が更に俺のナニかを刺激する。


「つーか、綺麗な顔してるよな」


第一印象は女子かと思った。それが俺の中のコイツ。しかし、コイツは男で同じ部員。口は悪いし態度も悪いが、顔は悪くない。多分、いやきっとモテる部類だ。


「・・・って、なに考えてんだ俺?」


スコアブックを閉じ、自身のベッドへと戻る。


「はあ、疲れてんのかね?」


自問自答しながら雨野は再度スコアブックへと視線を移すのであった。

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