知らない世界
あの悪夢のような日を境に相馬先輩は私を避け始める。とゆうか、なぜ避けられているのだろうか?やはり、抱き付いたのがマズかったかな?地獄の練習を受けながら溜め息を吐き出す。
「ゲッツー!!スリーアウト!」
ツーアウトをとり、練習試合はゲームセット。やはり二軍でも強すぎて勝つのがやっとだ。
「今日の反省点は、月宮、身が入ってない」
雨野先輩の一言で一旦、思考を停止させる。
「えー?真面目にプレーしたと思うんですけど?」
「どの口が言ってんだ?大会前だぞ。分かってんのか?」
「分かってますよ」
とは言うものの、少しだけ上の空だったよね。雨野先輩は視野が広すぎて困る。
「とりあえず、月宮は俺と練習残れ」
「え?今から?」
「文句は言わせねーからな?」
ギロリと、鋭い視線。
「はあ、分かりました」
こうなった雨野先輩には流石に逆らえません。
「よし、じゃあ解散」
雨野の一声に一軍メンバーは「お疲れ」そう言ってその場を立ち去った。ほんと、こうゆう時だけメンバーの立ち去る早さに感心するわ。
「月宮、まずは外周行くぞ」
「へいへい」
「だから、敬語使え」
「はい、はい」
「返事は一回でいい」
「注文多すぎ」
「ぶっ殺すぞ」
「・・・すんません」
ヤダこの人、機嫌悪すぎ。前方を走る先輩に遅れないよう足を速める。と、暫く外周をした後はブルペンへと誘導。そして、先輩は球を投げてこいとか言うもんだからテンションがた落ち。
ーーー投球練習はあんまり好きじゃないんだよな。
「月宮、好きなように投げてこい」
好きなようにと、言われてもフォームとか球の持ち方知らないんだよね。まあ、適当にやるけどさ。
「月宮香いきまーす」
気のない掛け声と共にミットへボールを投げ込む。と、良い音がその場に響く。
「つーかさ、月宮」
ボールを受けた先輩はそう言って「投手も様になってんのな、化け物かよ」此方に投げ返す。
「え?今のテキトーに投げたんですけど?」
「本物の化け物だな」
「なんか、その言い方イヤ」
化け物って響きが美しくない。
「まあいいから、また投げてこい」
「はーい」
その後、何度か投げ込み練習は終了となった。そして何時もより遅い晩御飯にありつく。それにしても正直、疲れた。夏の暑さもあってか、体力がそろそろ限界。みんな熱中症にならないのが凄い。
「いただきます」
両手を合わせていざ、ご飯!と、次の瞬間「俺、メンバーにも選ばれなかった。もう、なんか、どうしていいか分かんねーよ」ふと聞こえてきた声。その声の主は多分、二年生。
「いくら努力しても、メンバーに選ばれないって事は俺、才能ないのかな?」
「そう言うなよ、俺だって三年生間一度も選ばれなかったんだ」
「すいません、先輩、だけど、自信無くなってきちゃって」
「分かるぞ、その気持ち、でもな・・・お前はあと、一年あるじゃないか」
そんな言葉に私はシビアな世界だ。と、そう痛感。選ばれるのがどんなに難しいか最近分かってきた。
ーーー才能ある人材のみ与えられる称号。
「甲子園のマウンドに立ちたかったよ」
「先輩・・・」
「まあ、あと一年頑張れよ」
「う、うす」
涙ながらに話す二人から目が離せない。その理由は彼らと私の思いの差。私はまだどこかで本気になれてなくて、ただ夢物語として傍観している気分。実際、メンバーに選ばれて凄く嬉しい!なんて事はなくて、どちらかと言うとふーん。ってな感じ。
失礼だとは思うけど、どうしてかな?まだ熱くもなれないし、野球が好きとも言えない。香クンの身体に問い掛けてみても返ってくるのは私の気持ちのみ。負けないようにはしたいってのはある。だけど、成り行きで・・・流れでここまで来てる様な気がする。それに周りのペースに只、流されるだけ。
それってどうなんだろう?そんな気持ちのままでいいのかな?
「い、いただきます」
再度、箸をつけるけど食欲が沸かない。やっぱり周りの視線が気になって欲が失せてしまう。
「アイツ、初めて居残りで練習してなかったか?」
「そりゃあ、雨野から言われたら断れねーべ」
「んだよ、自分からとかじゃねーんだ」
落ち込む先輩達が居なくなったと思えば、次は良く思わない連中の登場。だから遅くにご飯食べたくなかったんだ。
「でもよ、なんでアイツが一軍なんだよ」
「マジでな、本気でやってるヤツらバカにしてんだろ」
「つーか、監督もよくアイツ選んだよな」
「だよな、俺、納得できねー」
ザワザワと聞こえてくる声。
もう少し小さい声で話せばいいのに。そもそも、わざと聞こえるように喋ってんのか?それだったら面と向かって言えばいいのに。
陰口が嫌いな私は箸を置いて立ち上がる。
文句でも言って立ち去ろうかとも思った。けど、それじゃあまたみんなに迷惑がかかるもんね。だからトレーを返却口へと戻し、早々にその場を去る。これ以上は私も限界だ、口が裂けて酷いことを連呼してしまう。
「ふぅ」
早足で部屋に戻って椅子に腰掛ける。
いやあ、こんなに我慢する私凄いよ。成長したなーなんて、笑えないつーの。ほんと、イライラするわ。あの口、縫い付けてやりたかった。と、テーブルに載せてあった本に目が止まる。
高校生、甲子園を目指す!!
そんなタイトルでとある高校がピックアップされていた。だからとりあえず、一頁捲ってみる。
ーーーああ、なるほど。
ドキュメンタリー的なヤツか。と、私は不覚にも時間を忘れついつい見入ってしまった。
ーーーなに、これ?
高校野球ってこんな泣けるの?こんなの、私の知らない世界だ。と、球児達のインタビューの所でまたしても私は頭を抱える。甲子園目指してる子達ってこんなにも考えているんだとか、野球に対する思いとか全てが未知の世界。
そして、ふと脳裏を過った香クンの過去。もしかしたら香クンもこんな風に野球を思っていたのか、と。そしたら、今の私はどうなんだ?過去の香クンに対してとても失礼な事をしているのでは?
「ヤバい、分からなくなってきた」
とゆうか、自己嫌悪になりそう。落ちる気持ちを引き戻す為にうがー!!っと、頭をかけば「だ、大丈夫?」隣で勉強していた相馬先輩が心配そうに見つめてくる。
「あ、え、大丈夫で、す」
「ほんと?なにかあったら言ってね?」
「はい、ありがとうございます」
ヤバいヤバい。相馬先輩に変顔見られなかったかな?




