さあ、始めようか
深夜過ぎ、息苦しさを感じて目を覚ます。なんか嫌な夢を見ていたような気がするが、イマイチ内容が入ってこない。どんな夢、見てたっけ?と、タンスからタオルを取り出し嫌な汗を拭う。
ーーーベタベタして、気持ち悪い。
にしても、二人は気持ち良いくらい爆睡してて羨ましい。それにしても眠気がぶっ飛んでしまった。だから、仕方ないので外の空気を吸おうと思い静かに部屋を出る。やっぱり、夜風は気持ちが良い。
「ふぅー、落ち着くー」
伸びをし、ベンチに腰掛けて声を漏らす。皆が寝静まっているからこの空間を独占してるみたいで優越感。
この感じはキライじゃない。
しかし、どーしよーか?一軍。真面目にやれ、とは言われたけど皆みたく熱くなれそうにはない。いや、しようとは思ったけど加減が分からない。とりあえずは、負けないように努力しようと思う。
母に「一軍になった」と、一応連絡送ったら直ぐさま「流石は私の子!」返答がくる。ほんと、親バカだ。携帯を見てニヤニヤしていたら足跡が聞こえてきて視線を上げる。
「あ、月宮香だ」
フルネームかよ。
「隣いい?」
とか言いつつも堤先輩は既に腰を下ろしていた。
「もう座ってますよね、堤先輩」
「うん、座りたかったから」
マイペースだな、この人。
「それより月宮香、こうやって話すの初めてだね」
「んまあ、そうですね」
「一軍同士よろしくね、月宮香」
「あ、はい。こちらよろしくです。って、フルネームやめてもらえませんか?」
「ああ、悪い。じゃあ月宮で」
「はい」
なんとなくだけど堤先輩は掴みにくい人物だと思う。こうやって話してても感情が読み取れない。
「それより、月宮」
「なんでしょうか?」
「罵倒されてたじゃん?」
「え?あ、ソコ、掘り返します?」
「いや、アイツの言った事気にしないで良いと思うよ」
と、堤先輩はクルクルとうねる自身の髪を弄りながら「アイツ、あんなデカイ事を言ってたけど、そんなに野球上手くないし」軽く毒を吐き出す。
「え?それ言っちゃいますか?」
「うん、だって、月宮のが上手だもん」
「はあ?」
「だからさ、実力もないのにあんな風に他人を罵倒できるって、人間として終わってるよね。キミもそう、思わない?」
うわー、悪魔だ。こんなん本人が聞いたらショック受けるに違いない。
「えー、まあ、でも仕方ないんですよ」
私がそうボソリと、呟けば「なんで?」そう聞いてくる。
「正直、流されるまま部活してました。だから、彼の言ってる事は間違ってないんです」
「そうなの?」
「はい、でも、とりあえずは・・・前を向こうと思ってます」
「そう、じゃあ、これからは大丈夫だね」
「え?」
「キミもきっと、野球好きになるよ」
「好き、ですか?」
「うん、きっとキミなら、熱くなれるよ」
「熱く、か」
野球を好きになる。そんな事、思ってもみなかった。いつか、私も好きになる日がくるのかな?
「月宮なら大丈夫だよ」
そう言った堤先輩はとても、輝いて見えた。
ーーー・・・そして、次の日。
授業を終えて部活に向かうと「おーい、月宮クン、一軍と二軍で練習試合するぞー」相馬先輩が手招きをしていた。
「練習試合?そんなの聞いてないんですけどー」
「文句言わない、監督命令」
と、小突かれ「二軍には監督がついて、一軍は森野コーチがつくみたいだよ」丁寧に教えてくれる。
「へぇ、そうなんですね」
しかし、そんなこと聞いていないから準備ができていない。若干、怯みそうになるけど試合は待ってくれない。
「よーし、はじめるぞ」
と、監督の声と共に試合が始まってしまった。
【一回の表、一軍の攻撃】
バッター、進藤湊
「湊打ってこーい」
「ガンバー、進藤ー」
「かましてこーい」
声援が飛び交う中、野次馬が次々と集まっているのに気付く。ほんと、物好きな人達だ。
「月宮、余所見すんな」
隣に座っていた雨野先輩がメガホンで私の頭部を勢いよく叩く。
「いった、マジで叩かないでよ」
「ボーッとしてるお前が悪い」
もっともな事を言われ腹を立てていると進藤先輩は既に一塁を蹴っていた。
「セーフ!!」
そんな声が聞こえ、次に坂口琉依先輩がバッターボックスに入っていた。が、呆気なく三振。続いて横山光一、バットを降るがあえなく三振。
そして、早々にきてしまう。私の出番が。
「月宮、ホームラン」
「そーだ、ホームラン打てよ」
「ホームランしか許さんぞー」
一軍メンバーによる、ホームランコール。しかし、コールを送っているのに皆ーーー目は笑っていない。コンチキショーめがっ!!ヤれってことなのか?!そーなのか?!
無茶ぶりかます先輩方を黙らす為、ガチのスイングしてやろうじゃないか。と、振りかぶる。そして、ボールを目で追って放つ。
ーーー・・・あ、ホームラン打っちゃった?
「しゃああああ!!」
打ったと同時に一軍に歓声が沸き起こる。とゆうか、本当に打てるとは思ってもなかった。苦笑しながらホームに戻ると「やっぱり、すごいや」堤先輩が笑ってハイタッチを求めてくる。少し恥ずかしかったけど彼と手を合わせた。
「月宮、スゲーわ」
と、感心する雨野先輩。
「マジで打つんかい!」
元気にツッこんでくる横山先輩。
「ナイス、ホームラン」
イケメンオーラを醸し出す日和先輩。
「すげーすげーよ、月宮!!」
自分の事のように喜ぶ武藤先輩。
「ナイスだよ、ほんと」
私の肩を抱く坂口先輩。
「俺、感動した」
キモい涙を流す相馬先輩。
「ほんとに打つってスゴイわ」
笑顔を向けてくれる進藤先輩。
ほんとみんな喜びすぎ。って、あれ?なんだろ、この感じ。ちょっと、嬉しいのか?と、その時だった。良く分からない感情がふと、私の中で芽生える。
それからバッターボックスに入った雨野先輩が呆気なく三振した所で、一回の表が終った。
とゆうか、戻ってくるのはえーよ先輩。
【一回の裏、二軍の攻撃】
「よーし。次だ次だ」
三振しても尚、雨野先輩はふてぶてしく「信じてるよ、お前ら」キメ顔をメンバーに向ける。がーーー、私は知らない。こんな雰囲気、初めて体験する。雨野先輩の「信じてるよ、お前ら」たった一言で、一軍メンバーのオーラが凄まじく燃え上がっていたのだ。
ああ、なんだろ。
チクショー、雨野先輩のクセにカッコいいじゃねーか!!