新しい世界へようこそ
今日はとても楽しかったです、また一緒に飲みましょうね。なんて心にもない事をつらつら並べ【送信】ボタンを押す。ほんと痛客は毎度毎度オーバーにリアクションしないといけないから疲れる。ガチで疲れる。と、最後のビールを飲み干して盛大な溜め息を吐き出す。
「はぁ、痛客、死ねば良いのにー」
キャバに勤めだして、早、五年。気が付けばナンバーワンの座を手に入れていたのだけど、それそろ限界。自分を偽り続けていたらどれが本当の自分か分からなくなっていた。嬉しい、悲しい、楽しい、とか、そんなあらゆる感情が日に日に薄れてゆく。
「ヤダなぁ、昔はもっと楽しく生きていたハズなんけどなー」
どこで歯車は狂ったのだろうか?と、テーブルに乗せていた郵便物の一つに目が止まる【私達、結婚しました】何度目かの招待状。同級生は次々と結婚し子供を宿してるーーーのに、私ときたらそんな話は皆無。恋人すら数年いない。
少しブルーになる気持ちを抑え、無くなってしまったアルコールを買いに行く為に買ったばかりのミュールを履いて玄関の戸を開ける。と、開けた瞬間目に飛び込んできたのは息を呑むような明かり。そんな明かりに私は目を奪われてしまう。
ーーー今日は綺麗な満月。
久しぶりだなこんな綺麗に輝いてる月を見たのは。と、少し、ほんの少し油断してしまった。あまりにも月が綺麗で浮かれていたんだ。だから、気が付いた時には既に遅くてーーー階段から足を踏み外していてヤバい、と、思っても身体は一直線に地面へと向かう。
そして、バランスを崩したままの私は受け身などとれずそのまま後頭部を強打。そんな時過る言葉。
ーーー・・・あ、終わったな。
薄れてゆく意識、抜け落ちる力、人間って呆気ない。と、目を閉じた瞬間聞こえてきた「先生ッ!!香クンが目を覚ましましたッ!」甲高く聞きなれない声。そして次々と集まりだす歓声にはて?と、頭を悩ませる。
なんで声が聞こえるのだろうか?と、キャパオーバーしそうな思考に頑張って追い付こうとして目を見開けば、視界いっぱいに広がる光。
これは太陽の明かり?とゆうか待って。
私は後頭部を強打してそれから意識を飛ばしてたんだっけ?ナニがなんだか分からないまま、暫く放心状態。と、突然右手に感じた暖かな温もりにビクッと身体を震わす。
「か、か・おる・・・、良かった」
私の手を優しく撫でているであろう人物に視線を向ければ女の人が泣いていた。そんな涙を流す彼女は綺麗で、それはもうドラマや映画で観たように美しいもんだから一瞬で心を奪われてしまう。
「ほんと、良かったわ、神様っ、ありがとうっ」
声にならない言葉をゆっくり紡いで女の人は泣きじゃくり、また、嬉しそうに笑う。
嗚呼ーーー・・・なんか、暖かい。なんて不思議な気持ちで彼女を見つめていたら「香君、大丈夫かい?手は動くかい?言葉は喋れるかい?」またしても聞き慣れない声に首を傾げる。
その声の主は白衣を着た男性。その男性は私の頬を撫でながらジッと此方を見つめ、そして「自分が誰か分かるかい?」と、不思議な質問を私に問いかけてきたので「はい」とだけ控えめに答えると「そうか、良かった」ホッと胸を撫で下ろしていた。が、ここで一つの疑問が浮上する。
あれ・・・?今、私が喋ったんだよね?
自分の口から「はい」と答えたはずなのにその声は少し掠れ、聞いた事のないハスキーな音色を奏でていた。
「え、あれ?」
再度声に出してゆっくりと身体を起こす、と、ココでまた難関にぶち当たる。それは首の下辺りがすごく軽いとゆう事。今まで悩まされていた重みが無くてソコを触ってみるとーーー無かった。アレがーーー・・・、無かった。
そして更に気になる疑問に頭はパンク寸前、だって股関部分が何か変なのだ。私は少しの違和感にまたしても手を伸ばし、絶句してしまう。なんか、ついてない?
「か、香?どうしたの?どこか痛む?」
ーーーそうだった。
今の今までスルーしていたのだが、この女の人は私の事を先程からカオルって呼んでたんだ。と、思った時にはもう足が動いてて鏡のある場所まで走り出していた。なにやら後ろで叫び声が聞こえる、けど、今は確めたい衝動でトイレへ直行。そしてそのあと私は絶叫するハメとなる。
なぜなら、性別が女から男に変換されていたからだ。