そのまえのおはなし1
魔術の師匠に呼び出され、実験と言われて様々な実験や調整をされたあと。俺はシェリルとディリルとともに、シュリディガ帝国を訪れていた。ヴィリアとケトリアスは、森人族の里に酒を買いに行った。
「おーいルイドー! どこ行くんだー?」
「ああ、少し調べ物だ。私は大図書館に行こうと思っている」
「……ルイド、やっぱりその話し方似合わないからやめたほうがいいですよ」
「何を言うか。今や私たちは押しも押されぬ英雄の一角。ならば、相応にふさわしい喋り方をだな――」
「うげー図書館!? 俺は本は苦手だぜ!」
「……」
「……」
図書館という単語を聞いたとたんに苦虫をかみつぶしたような顔になり、青年が逃げ出した。どこをどう切り取ってもアホにしか思えない彼こそが、多くの災厄を切りはらってきたかの《白剣》であると誰が気づけるのだろう。俺たちも有名になったとはいえ、普段のディリルの言動はアホすぎて、残念ながら『ああ、あれは違う』という評価を受けてしまう。戦闘の時のディリルとは印象が違いすぎるので、やむを得ないことではあるんだが。
俺とシェリルが無言でディリルを見ていると、走り去っていった奴は、途中で屋台の匂いに釣られて買い食いをしていた。あんな考えなしの青年が俺たちのリーダーとは、泣けてくる。
「でも、ルイド。今更調べ物なんてどうしたんです?」
「ああ、ちょっと異種族で気になる奴がいるんでな。情報を探っているところだ」
「へぇ。それ、私にもなにか手伝えますか?」
「本を読むと1分で眠るお前には無理だ。おとなしくスイーツ巡りでもしてるんだな」
「ルイド」
「なんだ」
「前々からちょこちょこ思ってたけど、ルイド私のこと、その、舐めてますよね?」
「舐め切ってるな」
「上等です!」
シェリルが懐から取り出した宝石が光り輝き、魔術を起動しようとしているのがわかる。こんな街中で特異級の魔術師同士の戦闘なんて洒落にならないので、俺はとりあえず宝石を奪い取った。完全な後方支援型であるシェリルは俺の動きに反応できず、そのまま宝石を奪われる。
「あー! 返しなさい!」
「お前街中で《猛吹雪》の術式使おうとするなよ……まともなのは俺だけか……」
あまりにも考えなしなシェリルの行動にため息をつく。これでは、俺たち五人が英雄として名を残す前に、犯罪者として捕まってしまう。
「え? エルムスだと日常的に飛び交ってましたけど」
「あの魔術狂いの国家と一緒にするな。ここはシュリディガ帝国だぞ。うかつなことをするんじゃない」
「魔術狂いって、ルイド人のこと言えるんですか?」
「ノーコメントだ」
俺は最近気になっている、名前だけが残っている種族を調べるためにシュリディガ帝国の大図書館に来ていた。多くの人間の知識が詰まった素晴らしい図書館だが、入るには社会的な信用が必要。ここでシェリルやディリルに騒ぎを起こされてぶち壊されてはたまらないので、俺はしぶしぶシェリルの同行を認めた。寝ているだけなら変な行動は起こさないだろうと、判断したのだ。
夜。シュリディガ帝国の酒場では、男女三人組がバカ騒ぎしていた。
「あはははははは!!」
爆笑するシェリル。俺とシェリルは、結局大図書館には入れなかった。
「ねえルイドどんな気持ち? 『全身に魔術陣を刻んだ男だと? 怪しいにもほどがあるわ! 入れられるか!』って言われた時、どんな気持ちでした?」
「うるせぇ!」
「お、この酒うまいな! おねえちゃーん、もう一杯! 冷え冷えで!」
爆笑するシェリル、やけ酒を飲む俺、楽しそうに酒を飲むディリル。
「ひー、笑ったわ……ところでルイドは、なんの種族を調べようとしてたの?」
「色々だよ。外見が完全に樹なのに意志を持つという呪植族、あらゆる魔術を解析する瞳を持つ呪護族、鋼の取り扱いに関しては神にすら届くと言われる鋼体族……なにより気になるのは、記憶と魂を操る操心族だな」
「えー? そんなのいるんですか? おとぎ話のそのまた昔、みたいな話ですよね」
「あ、俺、ドワーフは知ってるぞ! 昔の英雄の武器とかって全部ドワーフ製だったんだよな!」
「ディリルはちょっと黙っててくれ。今は真面目な話をしているんだ」
「え、俺も真面目な話のつもりだったんだけど――」
「でだな。正直、この大陸にはまだまだ謎が多い。未踏破地域も多くある。そんなところで密かに異種族が生きていたとしたら、俺らにはわからない。だろう?」
「……まあそうですね」
酒場の片隅で、俺とシェリルの話は続く。それは新しい冒険の予感を感じさせる、心が躍る話だった。
「探しに行こう。なに、俺たちならできる。《学士》ケトリアスもいるし、ディリルもいる。ゲドルフィンやキゼートアを倒した俺たちなら、まだまだやれることはいっぱいあるはずだ――」
「――来るぞ」
語る俺を見ていたディリルの耳が動いた。俺とシェリルは即座に席を立つと、料金を酒場の店主に渡す。
「お、今日はもう終わりかい?」
「ああ。俺の名前は《千魔》ルイド。特異級魔術師権限として命じる。戦闘が終わるまで、この酒場から誰一人出すな」
俺はジ・エルムス魔術国家に保障されている、世界に十数人しかいない特異級魔術師の資格を見せた。特殊な魔術で加工された宝石がちりばめられたそのカードは、ごく一部の限られた魔術師だけが持つことが出来るカード。時には、一国の将軍よりも力を発揮する、権力の塊のようなカードである。
「ひっ、《千魔》ルイド様!? じゃ、じゃあこっちのちびっこいのは……い、いや失礼、可愛らしいお方は……」
「……ギリギリセーフってことにしてあげます。同じく特異級魔術師の《魔女》シェリルです。今この都市の周囲に、魔獣の気配があります。ディリルさん、数は?」
「39。十中八九《災害的怪物》が紛れてる」
「最近多いですね……了解。で、どうしますか、リーダー?」
「当然、俺らの宴会を邪魔した罪は重い。狩る」
ディリルが腰の剣に手を添え、俺とシェリルは頷いた。その後、ディリルが扉を蹴破って出ていったので、俺は謝りながら店主に弁償のお金を渡す羽目になったが、まあそれはいい。あとでディリルに請求するとして、問題は《災害的怪物》である。40近い数の群れを従えるとなると、間違いなく統率能力持ちだろう。この都市の周辺に存在する魔獣は、代表的なもので行くと『毒蛙』か。あいつが変化した《災害的怪物》だとすると、少し厄介なんてものではない。
かなり、面倒だ。
「ディリル! 《災害的怪物》の場所はわかるか!?」
「わからん! 気配がぐちゃぐちゃだ! たぶんもう少し近づけばいける!」
「お前の意味不明な探知能力でもだめなのか!」
「意味不明ってなんだ! なんかこう、なんとなくわかるだろ! 普通!」
「お前ら姉弟の普通はおかしいんだよ!」
バカみたいな会話をかわしながら、俺とディリルは都市の中を駆ける。元からぶっとんだ身体能力を持つディリルと、身体強化を重ね掛けしている俺は高速で現場にむかえるが、完全後衛タイプであるシェリルはどうしても遅れてしまう。だが《災害的怪物》相手にちんたら移動している時間はない。だからこそ、高速で動ける冒険者は一刻も早く現場に行かなければならない。
「おお……さすがにすごいな……」
「相変わらずバカみたいな魔力量してるな!」
そんな俺たちの上を通り過ぎていくのは、無数に放たれた炎の矢。シェリルが後ろから放った大魔術、『天覆火矢』の術式だ。統率型の《災害的怪物》が出てきたときは、シェリルが好んで使う術式である。俺は魔力が足りなくて使えない。降り注ぐ炎の矢が、《災害的怪物》がいるであろう場所に落ちていく。正確な狙いもつけず、ただ周囲を焼き払うための術式。
「非効率だ……」
「ははっ、まあそういうなよ」
俺は師匠に全身に刻んでもらった魔術陣のおかげで、魔力の回復力こそ段違いだが、魔力の総量は一般的な魔術師と同じくらい。あのような大規模の魔術を使うだけの容量はない。こざかしく魔力を使いまわすのが俺のやり方で、でっかく派手にやるのはシェリルの仕事だ。
そして、我らがリーダーの役割は。
「いたぜ、《災害的怪物》だ!」
「任せたぞ」
「ほいよ、っと!」
その圧倒的な剣技で、瞬殺すること。『毒蛙』が魔力暴走を起こして生まれたらしい《災害的怪物》は、その能力を十全に振るうことなく、ディリルに切り刻まれた。俺の見間違いじゃなければ、一呼吸の間に十数回は切っているのだが、本当にあいつが人間なのか疑わしくなる時がある。割と頻繁に。
「起動せよ」
俺は炎の矢を撃ったり、剣で切ったり、頭をたたきつぶしたりして、《災害的怪物》ではない蛙たちを始末していった。
† † † †
結局、この討伐が認められ、俺たちは晴れて堂々と大図書館に入れるようになった。大図書館に入った俺は、異種族の特徴が記されている本を見つけ出すと、喜々としてその本の内容を読み始めた。古い本なのか、装丁も中身もボロボロで、読むのはなかなかに苦痛だったが、それでも徐々に読み進めていく。
「森人族……うわ、昔は奴隷だったこともあるのか。金髪に美形が多く、精霊術と弓を得意とする……弓な……あれは難しいよな……鋼体族……心岩と呼ばれる心臓を用いて作られた武具は、意志を宿し主人を選ぶ……そういえば、童話だと聖剣に勇者が選定される演出とかあるよな……ふんふん……」
半分以上読み進めたところで、俺はようやくその記述にたどり着いた。
「あった。操心族……記憶に干渉し、自分の記憶と相手の記憶を同調させて、操る種族。その種族特性から、過去に大規模な操心族狩りが行われたことがあり……現在では、生き残っていないとされている。記憶を操作されたものは、目が……」
その本の記述はそこで途切れていた。長い年月をこの大図書館で埋もれていたのだろう。だが、俺が欲しかった情報は手に入った。
目が、の続きに入るのはおそらく赤目のことだろう。ここ最近、赤目の人間が多いのは、操心族の仕業かもしれない。シェリルやケトリアスに話せば、発想が飛躍しすぎだと笑われるだろうが、俺はその可能性を切って捨てることはできなかった。記憶を操る種族。
もしそんな存在が生きているのだとすれば、話を聞かなければならない。もし悪巧みをしているのであれば、叩き潰さなければならない。
それが、《千魔》ルイドの英雄としての役割だ。