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ムーンライトパレード

作者: 海東翼





 ──月の光が瞬いた。行かなくちゃ。




 ガーンゴーンガーンゴーン。鐘の音が鳴り響く。


 時計塔から鳴り響く鐘の音は町中に広がり、不思議な力で子供達を引き寄せる。



「さあ。楽しいパレードの始まりだ」











 ……ここは、どこだろう?


 ぼくはさっきまで、自分の家で寝ていたはず。でも、今立っているこの場所は全く知らない。


 それに、辺りは真っ暗でよく見えない。




 ──パッパッパッ


 光だ。無数の灯りがつき、辺りが照らし出された。



(……ぼくだけじゃなかったんだ)


 周りにはたくさんの、ぼくと同じくらいの歳の子どもたちがいる。みんなパジャマ姿だ。



「ねぇ、ここがどこだか知ってる?」



 近くにいた少年が話しかけてくる。



「知らないよ。もしかして君も……?」


「うん。どうやら僕らだけじゃなくて、みんなも同じみたいだ」



 彼の言う通り、周りにいる子達もまた、状況がわかっていない様子。



「それにしても、きれいな光だよね」


「……空の光じゃないけど、これ……きれいなのかな?」



 上を見上げると、そこにあるのは夜空に輝く星の光ではなく、人工的に作られた光の数々。


 人が作ったものだと思うと、あまりきれいだとは思えない。



「僕はきれいだと思うよ。……あ、そうだ。まだ名前言ってなかったね。僕はユウタ。君は?」


「ぼくは、タヅナ」


「タヅナ……、いい名前だね。わからないけど、そんな感じがする」



 そうなのかな。ぼくは特に、そうは思わない。



「……ここに居ても何もないみたいだし、行こうか」



 ぼくが提案すると、みんなは驚いたような顔をする。



「タヅナ、どこいけばいいのかわかるの?」


「え?……多分、あっちじゃないかな」



 なんとなく……わかるような、わからないような。


 ……なんでだろう?



「……確かに、ここに居ても何もないようだし、タヅナの言うとおりにしてみようか」



 ユウタの一言で、全員が動き出した。











 ここは大きな町だ。だけど誰もいない。街灯や空の光だけがキラキラと光り輝いている。




 しばらく歩いていくと、大きな広場に出た。


 だけど、そこから先は明かりがついていない。



「タヅナ、ここは……?」


「わからない」



 正直に答えると、突然、周りの電灯に明かりが点いた。



「わあ……すごい……!」



 ユウタや周りの子どもたちは驚いている。


 それもそのはず、目の前に現れたのは、巨大な遊園地だ。


 園内から賑やかな音楽が聴こえてくる。




 子どもたちはすぐさま駆け足で中へと入っていった。



「タヅナは行かないの?」



 ユウタに訊かれる。


 遊園地とは反対方向に、大きな公園もある。そっちの方に遊びに行った子もいっぱいいるようだ。


 だけどぼくは、なんだか嫌な予感がしていた。


 急がなきゃいけない。そんな気がするけど、どこに急ぐべきなのかわからない。



「ううん、行こう」



 ぼくとユウタは遊園地へと入っていった。



「向こうにジェットコースターあるよ!」



 ユウタが指を差して言う。



「本当だね。行ってみようか」


「うんっ! だけど、子供でも乗れるのかな?」



 ユウタはそう言うが、心配する必要は無いと、直感が告げていた。



「身長制限、ないみたいだね」


「うん、そうだね」



 ここには子どもしかいない。だから乗り物も、全て子ども用なんだろう。


 そう思ったが、でも本当に子どもしか居ないんだろうか?




 ひとつ気になったのが、さっきすれ違った……風船をもったパンダのきぐるみ。


 みんなに人気みたいだったけど、あれは何だったんだろう?



「わーーーーーー!!」



 ぼくとユウタはジェットコースターに乗り、園内を高速で走り抜けた。


 とてもスリリングな体験だった。



「ふぅ……すごかったね、僕ジェットコースター初めて乗ったよ」


「はいこれ、ジュース」



 ぼくは近くの自動販売機で買ったジュースを一本、ユウタに渡す。


 買ったと言ってもお金を入れるところなんて無くて、とりあえずボタンを押してみたところ、それでジュースが出てきたんだ。



「ありがと、タヅナ。君は全然怖がってなかったよね」


「そうかな、普通だと思うよ」



 正直なところ、ジェットコースターというのはよくわからない。


 景色があっという間に通り過ぎていくだけの物だと思ってしまう。


 景色が見たいなら、もっとゆっくり見ていればいいと思う。



「ねえタヅナ、今度は観覧車乗ろうよ!」



 ジュースを飲んですぐに元気になったユウタが言ってきた。



「いい眺めだね」



 観覧車に乗り、地面とてっぺんのちょうど真ん中辺りまで来た頃に、ぼくが言った。



「そ、そうだね……」


「どうしたの、顔色悪いよ?」



 ユウタの顔は真っ青になっていた。



「実は僕……高いところ、ダメなんだ……」



 それは大変だ。これからまだまだ高いところまで上っていくというのに。



「ユウタ、外を見ないで。ここを地面だと思えばいいんだよ」


「地面……? でも、動いてるよ……?」


「エレベーターと同じさ。すぐに着くよ」


「うん……」



 てっぺんまで上がってくると、そこから見下ろす景色はとても綺麗で、これから降りていくというのが残念に思えた。



「ユウタ、高い所がダメなら、どうして観覧車に乗ろうと思ったの?」


「だって、やってみないとわからないでしょ? 一回やってみて、ダメならダメでもいいんだ。スッキリするからね」



 どうやら、観覧車自体は初めて乗っているらしい。


 ぼくはユウタの言ったことを頭の中で考えてみる。




 一度やってみて、それで好きになれば一番だと思う。だけど、ダメなものはやる前からわかってしまう。


 それでも、たまには気持ちが変わるかもしれない。


 ユウタも、大人になったら、高い所が大丈夫になるかもしれない。


 だとしたら、何でも一度はチャレンジしてみた方がいいってことだ。



「あっちにサーカスがあるんだって!」



 ユウタは観覧車から降りるとすぐにどこかに走っていき、ポップコーンを抱えて戻って来て言った。



「見たいの?」


「うんっ!」



 ユウタは興奮して、ポップコーンの容器を持つ手に力が入り、いくつかポップコーンを落としてしまっている。



「それじゃあぼくは、公園に行ってるね」


「え、一緒に見ないの?」


「サーカスはあまり好きじゃないんだ」


「そっか……じゃあ行ってくるね!」



 ユウタは駆け出していった。


 僕はゆっくりと遊園地の入り口へと歩いていく。




 遊園地の外には公園だけじゃなくて、カラフルな色の建物もある。


 中を覗くと、そこにはおもちゃがたくさん置いてあり、それらで遊んでいる子どもたちがいた。


 この町は、子どもたちのための町なんだろうか。




 公園には、すべり台やブランコ、大きな砂場にジャングルジムや面白そうなアスレチックなどが置いてある。


 どれも置いてある数が多くて、すべり台やジャングルジムなんかは大きいので大人数で遊べるみたいだ。




 子どもたちはそれぞれ好きなもので遊んでいるけど、端の方にある滑り台では誰も遊んでいないみたいだ。


 ──いや、一人だけ、いる。


 すべり台の上に一人の少女が立っている。


 ぼくらとは違って、パジャマ姿ではなく、白いワンピースを着ている。


 少女はすべり台を滑り降りるわけでもなく、ただじっと、僕の方を見ている。



「あの、君は……」



 ──僕が言い掛けると、突然、辺りが薄暗くなった。


 後ろを振り返って見てみると、ぼくらが最初に目覚めた方向にある電灯が消えている。



「どうして……」



 急がなくちゃいけない。


 ぼくは妙な焦りを感じ始めていた。


 再びすべり台の方を見ると、そこにはもう、少女の姿は無かった。


 ──パチッ……


 また、一段と暗くなった。


 また、明かりが消えたんだ。


 光が消えたのは、さっき消えたところよりも少しぼくらに近い所にあった電灯だ。



(だんだんと……近づいてきている?)


 ぼくはすぐにみんなに声を掛け、町の奥の方へと誘導する。


 遊園地の方のみんなにも伝えなくてはならない。



「タヅナ! 何があったの?」



 おもちゃの家にいる子どもたちに、外へ出るように説得していると、ユウタが駆けつけてくれた。



「明かりが、だんだん消えてきているんだ。たぶんこの辺もそのうち真っ暗になる」


「明かりが……? あっ、本当だ!」


「ユウタ、遊園地にいるみんなに、集まるように伝えてもらえるかな」


「うんっ。でもあの遊園地すっごく広いよ。間に合うかどうか……」



 歩いて伝えて回ったら、ぜったいに間に合わない。だとしたら……



「ユウタ、遊園地全体にアナウンスできそうなところ、どこかに無かった?」


「アナウンス? 何それ」


「放送だよ。迷子のお知らせとかそういうものを伝える場所」


「あっ! それなら入り口の近くで見たかも!」



 見たものというのがアナウンス出来る場所だと信じて、そっちはユウタに任せることにした。


 暗闇は、もう近くまで迫っている。


 ただ電灯が消えているという感じじゃない。消えた電灯の奥は、真っ暗で何も見えない。


 まるで最初から何もなかったかのように、黒く塗りつぶされている。




 ユウタのアナウンスが間に合ったようで、やがて遊園地にいた子どもたちが集まってきた。



「これで全員かな?」


「うん、多分」



 確認する方法はない。ぼくはユウタの名前しか知らないし、もともと居た人数もわからない。


 全員ここに居ると信じるしかない。



「それでタヅナ、どうする?」


「逃げよう。それしか無いよ」



 ぼくらは町の奥へと移動を始めた。




 先に移動をしていた子どもたちが、こっちに戻ってきた。


 わけを聞くと、この先には海があって、進めないらしい。



「それじゃ、もう逃げ場が……」



 ユウタが不安そうに言うと、後ろから着いてきている子どもたちも不安を感じたようで、ざわつき始めた。



「……待って、何か見えてこない?」


「え……?」



 先には海があると聞いたが、その手前に、塔が建っている。



「本当だ……すごく高い……」



 ユウタは思い切り見上げて言う。


 頂上は、見えない。それだけ高い塔なんだ。しかもこれは……



「時計塔……だね」


「時計……? あ、本当だ。針がある」



 一方、後ろのみんなは、ぼくらの会話を不思議そうに聞いている。


 全く何のことだかわかっていない様子だ。



「ねーねー二人とも、何のはなししてるの?」


「トウってなぁに?」


「上に何かあるの?」



 その言い方はまるで……塔そのものが見えていないかのようだ。



「タヅナ、これって僕らにしか見えてないのかな?」


「どうやら、そうみたいだね」



 ──パチッ


 突然、辺りが真っ暗になった。



「タヅナ! タヅナ、どこ!?」


「大丈夫、すぐ隣にいるよ」


「う、うん……よかった」



 いきなり暗闇に包まれたぼくらは、全く周りが見えなくなった。


 だけどちゃんとみんなは近くにいるみたいだ。



「塔が見えるのって、ぼくら二人だけなんだよね。……行こう、ユウタ」


「行くって、何も見えないよ? どうするの?」


「さっき明かりが消える前に入り口を見つけたんだ。手探りで探そう」



 ぼくが塔に近づこうとすると、誰かに手を掴まれた。



「た、タヅナ! これじゃどこにいるのかわからないよ。手、繋ごう」


「うん、わかった」



 ぼくらは手を繋いだまま、塔の壁を触って探っていく。


 固くひんやりした壁とは違う、少し温かみがある部分を見つけたので、それを押してみると、ドアが開いた。




 中は暗闇に包まれていない。


 見回してみると、壁に沿うような形で階段が取り付けられている。ぐるぐると上の方へ、見えないくらいずっと遠くまで続いている。



「ユウタ、高いところ苦手なんだよね? どうする?」


「行くよ、タヅナと一緒なら大丈夫だと思う」



 僕らはゆっくり階段を上っていく。この先に何が待っているのか、わからないけど……それでも進むしか無い。




 結構進んできたので下を見てみると、さっき乗った観覧車と同じくらいの高さまで来たのがわかる。


 ユウタはさっきの言葉通り、怯えた様はない。


 まだ先は長いのかと上を見上げた時、公園で見かけた少女の姿が見えた。


 少女は階段を早足で上っていく。



「待って!」



 ぼくはユウタの手を離し、駆け上がっていく。


 ──すると、階段の下の方から、ゴゴゴゴゴ……という音が聞こえてきた。


 見ると階段が、一番下の段から順々に崩れ始めている。



「ユウタ、急いで!」


「……っ、無理だよ、タヅナ……」



 ユウタは……下を見てしまっていた。


 高所恐怖症というのは、落ちるかもしれないという恐怖心から来るものだと聞いたことがある。


 今はまさに、急いで上がらなければ落ちてしまうという状況だ。怖くないはずがないんだ。



「ユウタ!」



 ぼくは急いで階段を下りていく。


 階段の崩壊は、思ったよりも早い。


 ぼくがユウタのもとに辿り着いた時、ユウタの足元の階段が、崩れた。



「つかまって!」



 ぼくは叫んで、手を伸ばした。


 不思議なことに、その瞬間から、階段の崩落は止まった。



「……っ」



 なんとかユウタの手をつかむことが出来た。


 だけど、全く持ち上げることができない。



「タヅナ……ごめん」


「なんで謝るの……っ?」



 精一杯力を入れて、引っ張ろうとする。


 それでユウタを引き上げられるわけじゃない。


 だけど、少しでも力を抜けば、ユウタは落ちてしまう。



「僕、やっぱり高いところ……ダメみたい」



 ユウタの手が、震えている。


 その震えで、だんだんと、僕らの手が離れていく。



「ユウタっ! 頑張って!」


「タヅナ……。……!」



 ユウタは、何かに気づいたように、僕の後ろを見ている。


 だけど、気にしている余裕はなかった。


 やがてユウタと僕の手が、──完全に離れてしまった。



「ユウタ――っ!!!」



 叫ぶも、ユウタは、あっという間に暗闇に包み込まれてしまった。


 ──けど、次の瞬間、崩れて無くなってしまった階段のずっと下の方から、青い、モコモコとしたものがゆっくりと上がってきた。


 例えるなら、雲だ。


 雲が……ユウタを乗せて上がってきた。



「ユウタ!」


「無駄よ。気を失っているもの」



 突然、後ろから声がした。


 振り向くと、白いワンピースの少女がいた。



「この青いの……君が出したの?」


「どうしてそう思うの?」



 そう訊かれると、どうしてなのか、わからない。



「……そう。私が出したの」



 少女は僕の顔をジーっと見た後、答えた。




 ユウタを乗せた青い雲は、ゆっくりと地上へと降りていった。


 ぼくがその様子を見ていると、いつの間にか少女の姿が無くなっていた。


 周りを見回してみると、ずっと階段を上った先に少女の姿が見えた。











 ぼくは階段をひたすら上り続けた。


 息は切れ、足は痛む。


 少女の姿は見えなくなっていたが、もうちょっと上がった先に、床があるのが見えた。




 そこまで着くと、その床は、塔の外側へと続きていることがわかった。


 外の風が入り込んでいる。どこか温かみがある風だ。


 塔の外側、その縁に少女はいた。



「危ないよ……?」



 数歩歩いたら落ちてしまいそうな場所に少女がいたので、ぼくはそっと声をかけた。



「いえ、危なくないわ」



 少女はぼくに背を向けたまま、手のひらで皿の形を作り、口元に当て、息を吐き出した。


 するとそこから、シャボン玉がプクプクプクと出てきて、飛んでいった。


 そして、少女はぼくの方を見る。



「すごい……魔法が使えるの?」


「いいえ。あなたにはそう見えるの?」


「うん」



 ぼくは少女の隣に並んだ。



「君の名前は?」


「私は……ユメカ」


「ユメカ……。綺麗な名前だね。ぼくの名前は……」


「タヅナ」



 ぼくが言うよりも早く、ユメカが言った。



「何で知ってるの? もしかして君は本当に魔法使い?」


「さあ……、わからないわ」



 空を見上げると、星が綺麗に光っている。


 それが本物なのか、偽物なのか、そんなことはどうでも良くなってしまうほど綺麗だ。



(空が見えるなら地上も見えるのかな?)


 ふと気になったので、足場のギリギリまで身を乗り出して、下を見てみた。



「……あ! みんなだ!」



 塔の下に、子どもたちが見える。きっとあの中にユウタもいるんだろう。


 しかし嬉しさのあまり、身を乗り出し過ぎてしまった。



「わわっ!」



 ぼくはあっという間に塔の外へ落ちてしまう。


 強い風を感じながら、地上へと、何の抵抗も出来ずに突っ込んでいく。




 ──ふいに、風が止まった。


 身体はまだ、妙にふわふわした感覚のままだ。


 だけど塔が流れていく方向を見ると、不思議なことに、今度は上に上がっているのがわかった。


 ユウタの時と同じだ。ぼくは青い雲に助けられたんだ。




 雲の動きが止まると、目の前にユメカの姿があった。


 ぼくはどうやら、落ちる前の場所に戻ってきたようだ。



「助けてくれてありがとう」


「いいえ……当然のことよ」



 ぼくは青い雲から降りて、ユメカの隣に座った。


 ユメカもぼくの隣に座った。


 助かったとはいえ、かなりの高さから落ちたため、ぼくの足はガクガクと震えていた。



「あなたは……どちらを選ぶ?」



 ユメカはそう言いながら両手をぼくの足の上にかざした。


 すると途端にぼくの足の震えが止まった。



「何を……選ぶの?」


「あなたは選ぶことが出来る。今なら……戻ることが出来るわ」



 さっきの青い雲を使えば、ここからでも地上まで安全に降りることができるらしい。


 だけど、降りたら、ここまで来た意味が無くなってしまう。



「のぼったら、何があるの?」


「あの子たちを救えるわ」



 救う……。それがどういう意味なのかわからないけど、塔の下で待っているみんなにとって、良いことなのは確かだろう。



「降りれば……ずっとみんなと一緒にいられるわ」



 それは、救うのとどう違うんだろうか。




 ぼくにはなんとなく、わかっていた。


 この世界は、偽物なんだ。きっと、ぼくたちは夢の中にいるんだ。


 夢ならいつか、覚めなくちゃいけない。



「ずっとここにいちゃ、いけないと思うよ」


「……それで、いいの?」



 何を聞かれているのか、少しの間わからなかったけど、さっきユメカが言っていた言葉の意味がフッと頭の中に浮かんだ。




 この先に進めば、みんな助かる。


 ──だけど、みんなの中にぼくは入っていないんだ。


 だから、それでいいのかって聞かれたんだ。



「わからない。でもね、子どもはやがて、大人になるんだよ」



 それがぼくの答えだった。




 塔の中に戻り、再び階段を上り始める。今度はユメカと一緒に。


 ぼくは一番上まで上らなくちゃいけない。


 疲労で足がだんだん動かなくなっていく中、──また、階段が崩れ始めた。




 ──ゴゴゴゴ……


 今度は、崩れるスピードが早い。


 あっという間に僕らの足元まで追いつき、僕らは宙を舞った。


 また、落ちるのか……と思って身構えたけど、落ちているという感覚は無かった。


 思わずギュウっと瞑っていた目を開くと、目の前にユメカの顔があった。


 ユメカの背中には、天使のような白い翼が生えていた。


 それをバサバサと羽ばたかせて、僕らは一気に塔を上っていった。



「着いたわ」


「頂上……か」



 足場に着地すると、ユメカの背中の羽は、瞬時に消え去った。




 頂上にあったのは巨大な丸い装置。


 これが、子どもたちを助けることの鍵を握っているのは確かだろう。



「この時計塔……今は止まっているの。それを動かすための装置が、これよ」



 装置には、コントロールパネルがある。動かすにはここに手をかざせばいいらしい。



「あなたの手で、装置は動くわ。だけどその先……鍵となる言葉は私も知らない」



 ぼくは──知っている。


 今、やっと全てを思い出した。


 ぼくが作ったんだ。この装置も……この世界も。



「ユメカ……ありがとう。君は、本当ならここにはいなかったんだね」


「いいえ、ここだけが私の居場所よ」



 そうか、なら子どもたちは帰さなくては。




 そろそろ──お別れの時間だ。


 ぼくは装置に手をかざす。



「……待って」



 ユメカが、心配そうにぼくの顔を覗き込んでくる。



「大丈夫。これでいいんだよ」



 装置が音を立てて動き始める。


 もう、認証できるはずだ。




 みんなは、こことおさらばすることになるけど、そうしたらぼくは二度とここから出ることが出来ない。


 これは終わりであり、始まりなんだ。



「ムーンライトパレード」





 ──バイバイ、みんな。











 ぼくはここにいてはならない。


 なぜならぼくは、子供じゃないからだ。




 子供の夢を繋げ、一つの世界を作る。そうすることで、みんなで同じ夢を見られるんだ。


 そこに大人たちがいてはいけない。


 大人たちの事情を持ち込んではいけない。




 だからこそ、子供達にとって有益なものになる。夢を抱くキッカケになる。


 だけど、その夢を管理している内に、ぼく自身がその夢に入りたくなってしまった。


 子供達の純粋な憧れを、その目で見たくなってしまったんだ。




 ──そうしてぼくはここへ入ってきた。


 だが大人が入ってはいけないというルールを無視したから──。



「だから君が生まれたんだろう?」


「…………」



 ユメカに尋ねるも、返事はない。



「これで、寂しくなるね。……ユウタたち、立派な大人になれるかな?」


「…………」



 やはり返事はない。──いや、もう言葉を話すことができないのかもしれない。


 だけど、そこにいてくれるだけでよかった。話を聞いてくれるだけでいいんだ。




 ぼくは、時計塔の頂上……その端まで歩いていき、縁に座って外の景色を見下ろした。



「すごいな……ロマンチックだ」



 街灯や遊園地の明かりが見える。


 遠くを見ると、海に掛かる大きな橋、高層ビルの数々、いろいろなものが光り輝いている。




 やはりこの世界は素晴らしい。



「ユメノ、君はここをどう思う?」



 訊きながら振り向くと、そこにユメノの姿は無かった。



「ユメノ……?」



 呼んでも出てこない。


 どうしたのかと心配していると、突然、空から光の玉が降りてきた。


 それを受け止めるように手のひらを出すと、光の玉はゆっくりとぼくの手に着地した。


 その瞬間、ポンッという音とともに、光の玉は白いうさぎへと姿を変えた。



「はははっ。そうか、君はそうだったね」



 ぼくが笑うと、うさぎは首をかしげた。


 ぼくはうさぎの背中を撫でながら、町を見下ろす。



「やっぱりここは、素敵な眺めだ」







 ──終わり。








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