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行き遅れ魔王様と幼なじみ執事 特別版

作者: 悠久

「ねぇ、しーちゃん、クリスマスって知ってる?」


 紅茶を淹れる私の傍ら、椅子に座ったマオちゃんが問いかける。

 このやり取りは特別珍しいものではない。ただひとつ変わっている、というならばそれは彼女の様子だろう。

 紅茶を片手に虚ろな目をし、頬はげっそりと痩せこけ、目の下には大きな隈を作り、寝癖が跳ねまくっている。 だらしがないを通り越し、まるで病人のようだった。

 連日の夜更かしがたたり、健康に支障をきたしているのは明らかだ。

 そんな彼女に、そしてその問いに一抹の不安を覚える。

 

「え、えーっと、クリスマスって」

「そう、今日よ。その昔、異世界から打倒魔王のためにと召喚された者、勇者がこの世界に広げた惨劇……それがクリスマスよ」

「惨劇って……」

「大げさ、ではけしてないわよ。クリスマス、バレンタイン、ハロウィーン。これが彼がもたらした忌むべき悪習、三大惨劇よ。この行事にどれほどの涙が、血が流れ、どれほどの不幸があるのか、彼は知っていたのかしらね。いえ……知っていたのでしょうね。

 当時、彼はこれらの文化をこの世界の人間に伝え、この行事の本来の意味を努々忘れるな、と言っていたそうよ。クリスマスは聖人の聖誕祭、バレンタインは聖職者の殉教した日、ハロウィーンは収穫祭……だったかしらね。彼の世界ではそのような意味だったらしいわ、本来(・・)はね。

 しかし長い月日を経て、捻じ曲がった。クリスマスは恋人と過ごす日、バレンタインはチョコを贈る日、ハロウィーンなんて単なる仮装するだけ。彼は嘆いていた。先人の想いを忘れ、形骸化された祭り、習慣、風習。彼はしきりに言っていたそうよ、リア充爆発しろ、って。この世界より高度な文明を誇っていた世界から来た彼の言葉は、当時のこの世界の人間には伝わらなかった。それどころか、文化を伝える以外にはケモ耳最高!エルフ耳きゃわわ!ロリババアうおおおお!しか言わなかったらしいから、狂人扱いされてたらしいわ。でも、今の私たちにはこの言葉の意味がわかる、通じる。

 今になって、私たちが彼の文明に追いついた……ということでしょうね。

 もし、今のこの世界に彼が来たら、本物の勇者に……あるいは文明の破壊者、真の魔王たりえたでしょうね。

 しかし、彼は表舞台から忽然と姿を消した……」


 まおちゃんは、何もない空間をジッと見上げ、憐れむように……あるいは羨むように語っている。

 いつだって、私の先を行く彼女の気持ちは私にはわからない。彼女の苦しみも、悲しみも。私には……。


「だからっ!私は!彼の遺志を継いで!人々に教えてやるのよ!クリスマスはカップルでいちゃつく日ではないと!バレンタインはチョコを食べる日ではないと!ハロウィーンは仮装する日ではないと……!

 今一度、思い出させてあげるわ、恐怖と共にねぇ……!アハっ、アハハッ、アーッハッハッハッハ、げほっ、ごほっごほっ」

「ちょ、マオちゃん、大丈夫っ!?背中さすってあげるから、落ち着いてっ」

「げほっ、げほっ、あ、ありがとしーちゃん……」


 マオちゃんは悪い笑みを浮かべながら、立ち上がり高笑いし、むせた。どうも徹夜で妙なテンションに仕上がっているみたい……。それにしても、恐怖と共にってなんでそうなるの……。


「私はこの日のために、努力したわ……。今日、このクリスマスという日のために……!」

「う、うん。連日徹夜してたのは知ってたけど……何をしてたの?」


 気になって、何度か尋ねてみたけど、彼女は秘密、と言い張り、一向に教えてくれなかった。

 何やら図面のような、書類にとりかかっていたのはちらりと見えたけど……。


「そうね。クリスマスのために、恋人を作る努力を……」

「嘘だよね」

「……うん」

「だと思った」

「だって、できないもんっ!恋人作ろうとしてもできないもんっ!外は寒いから出たくないしっ、出たら出たでアベックいっぱいで心が折れちゃう……!」


 今度は泣きそうな顔で語り始める。テンションのアップダウンが激しいのも徹夜の影響かな……。


「よしよし、泣かない、泣かない。私がついてるから……」


 私は彼女を抱きしめ、彼女の長い黒髪を撫でる。今はいくらか艶を失っているものの、手入れの行き届いた髪は手櫛をすんなり通す。気持ち良い。


「う、うぅ、ありがと、しーちゃん……。だからね、私頑張ったの……!」

「うん、何を?」


 スッ、と彼女は指をさす。

 その先には……正直、飾りだと思いたかった、おもちゃだと思いたかった、黒光りする謎の大きな……


「あれは……大砲?」

「そうなのよっ!」


 部屋に備え付けられた、大きな大砲。白とピンクを基調としたこの部屋において、その存在感を大いに主張していた。

 正直、すごく嫌な予感がしてたから、気付かないふりをしてたのに……。


「私は!決めたのよっ!この大砲を持って、クリスマスが何の日かを民衆に思い出させると……!」

「ど、どういうこと……!?」

 クリスマスと大砲、一体何の関係が!?


「そしてしーちゃん、次にこれを見てちょうだい!」

 そういった彼女は、ティーテーブルの下からおもむろに何かを取り出す。

 これは……

「カボチャ?」

「そうっ!パンプキンさんよっ!」


 取り出されたのは見慣れた野菜。しかし、そのカボチャは皮がオレンジ色で、何箇所かがくり抜かれている。目、鼻、口を掘ったハロウィーン仕様が施されていた。


「えっと、なんで顔が彫ってあるの……?」

「それはハロウィーンだから!」

「マオちゃん、ハロウィーンは終わってるし、今日はクリスマスだよ……」

「そうだったわね!でもそんなのは些末なことよ、些事よっ!要はこのカボチャは砲弾なのよ!」

「このカボチャが……?

「そう!まずはしーちゃん、このカボチャに触れてみてちょうだい!」


 マオちゃんはカボチャをティーテーブルの上に置き、私に触れるよう促す。


「えっと……こう?」


 私は促されるままカボチャに手を触れる。すると、カボチャがクルっと向きを変え、私に顔を向ける。

 そして「ハハハハ!メリークリスマス!メリークリスマス!ハハハハ!」と奇怪な声をあげる。


「どう?ねぇ、どう?しーちゃん!」


「……」

 マオちゃんはキラキラとした目で、私に期待の眼差しを向ける。

 でも、ごめんね、マオちゃん……。私にはわけがわからないよ……!


「えっと、何これ……?」

「我が科学部門の粋を凝らして作り上げた新型兵器、パンプキンさんよっ!」

「ハハハハ!メリークリスマス!」

「なんで笑ってるの……?」

「ハロウィーン仕様!」

「ハハハハ!メリークリスマス!」

「なんでメリークリスマスって言ってるの……?」

「クリスマス仕様!」

「ハハハハ!メリークリスマス!」


 どっちなの……。

 そういえば、うちの科学部門って普段映画ばかり見てるとこだっけ……。たまに何か作ったと思えばろくでもないものばかりだし……。


「で、で、どう?しーちゃん!感想は!?」

「……」

「ハハハハ!メリークリスマス!メリークリスマス!」


 この笑うカボチャに対して何を言えと言うの、マオちゃん……。


「え、えっと、お、おっきいね……?」


 私の感想を聞いたマオちゃんの笑みが消え、感情の読めない真顔になる。

 あれ、私間違えた……?


 真顔のマオちゃんはパンパンッと手を鳴らすと、すぐさま部屋の外から声があがる。


「お呼びですか、魔王様」

「入っていいわよー」


 ガチャリとドアノブは回され、声の主が入室する。


「えっと、なんでしょうか、お姉……じゃなかった、魔王様」

「あら、好きに呼んでいいのよ、ビーちゃん」

 メイド服姿に身を包んだ、ビアンカちゃん。

 勇者くんに会うまでは村に帰りたくない、しかし居場所がないというので、住み込みのメイドとして雇っているのだ。

「でも……」

 ビアンカちゃんはチラリと私を一瞥する。

「お仕事も終わってるし、マオちゃんの言うとおり、何時もどおりでいいよ」

「ありがとうございますっ、お姉さまっ!」

 私の言葉に、ビアンカちゃんは笑みを浮かべる。フリルの着いたメイド服も良く似合っており、とても愛らしい。


「それで、どうかしましたか、お姉ちゃんっ」

 ビアンカちゃんは笑みを浮かべたまま、マオちゃんに近づき、マオちゃんはビアンカちゃんの頭を撫でる。

 こうしてみると、ビビアンちゃんは小柄な犬のようで、尻尾があれば揺れに揺れ動いてるんだろうなぁ……などと考える。


「しーちゃんはお姉さまで、私はお姉ちゃん……なんでなのかしらねぇ……」

「え、えっと……一緒だとわからなくなっちゃうかなぁって思って……だめでした?」

「うっ……べ、別にダメじゃないけど……」


 マオちゃんが頭を撫でたままふと疑問を口に出す。それに対してビアンカちゃんは困った表情で、上目遣いで答える。しかし、それに明確な答えはない。

 理由は……なんとなく、わかっちゃうなぁ。マオちゃん、親しみやすいから……。


 私は二人の問答に口を出さず、静観することにした。


「そういえば、ビーちゃんだけ?ケモミミちゃんはどうしたの?」

「あれ、そういえば……」


 新人のビアンカちゃんには、教育係としてケモミミメイドちゃんを付けていたはず。

 彼女は面倒くさがりの気分屋だが、面倒見はいい。性格を除けば、仕事はよくこなすので教育係としてはうってつけなのだ。しかし、今は彼女の姿が見られない。


「あれ、もしかしてまたサボってる……?」

「うぅん、どうだろ。彼女、目下の人の前ではサボらないんだけど……」

「あ、いえ、ケモミミさんならさっき……」

 ビアンカちゃんが何かをいいかけたところで、廊下からドタドタと走る足音が聞こえる。

「にゃ、にゃあああっ!ストップにゃっ、ビッキーっ!」

 足音の主、ケモミミちゃんが弾丸のような速さで部屋に滑り込み、すぐさまビアンカちゃんの口を手で塞ぐ。

「んっ!?んっ、んーんー!」

「はぁっ、はぁっ、お呼びですかにゃっ、魔王様っ」

「あ、あの、ケモミミちゃん?」

「んー!んー!」

「ええ、呼んだわよー」

「みゃーはサボってないですにゃっ!お客様とか来てないにゃっ!男なんて見てないにゃっ!何も知らないにゃっ!」


 語るに落ちる……とはこういうことなんだろうなぁ。

 ケモミミちゃんは、息も整わぬうちに勢いよく捲くし立て、言わなくていいことも言ってしまっていた。


「……お客様が来たのね?しかも、男性……どうしたの?」

「もちろんっ、怖かったので追い返しましたにゃっ!」

 ビシィッと、軍人もびっくりの敬礼をするケモミミちゃん。しかし、今ではそれは逆効果だよ……。

 というか……。

「あ、あの、ケモミミちゃん?」

「な、なんですかにゃっ、執事様っ」

「そろそろ、ビアンカちゃんから手を離してあげて?鼻も塞いじゃってるから息できないみたいで……青い顔してるし……」


 ケモミミちゃんはようやっと気付いたのか、手元のビアンカちゃんを見る。

 彼女は口を塞がれてから、ずっと苦悶の声をあげ、ケモミミちゃんをタップし続けたにも関わらず、彼女は一向に気付かずに彼女の口と鼻を塞ぎ続けていた。

 ビアンカちゃんは顔を青くし、目を回しかけていた。


「ご、ごめんにゃっ、ビッキー!焦って気付かなかったにゃっ!」

「げほっ、げほっ、い、いえっ、だ、だいりょうぶれふ……」


 ビアンカちゃんは座り込み、息を荒くしている。そんな彼女の背中をケモミミちゃんがさすっていた。

 ろれつが回ってないけど、大丈夫かな……。


「んー……お客様、男性……誰かを呼んでたような気がするんだけど、誰だったかしら……。まぁ、いっか。

 とにかく、ケモミミちゃん」

「はい、にゃんですかにゃっ」

「あとで、お・し・お・き」

「にゃ、にゃあ……」


 マオちゃんの瞳にきらりと嗜虐的な光が灯り、ケモミミちゃんが力なく返事をする。

 お互いに満更でもなさそうなのはなんなんだろ……。


「で、そうそう。ケモミミちゃん、録音機器を持ってきてちょうだい」

「録音機器ですかにゃ?了解ですにゃっ」


 ケモミミちゃんは立ちあがり、再びビシィッと敬礼し、駆けていった。


「なんというか、元気だなぁ……」

「ケモミミさん、メイドさんよりもっと別の職業のほうが向いてる気がするんですけど……」

 私はケモミミちゃんに代わり、ビアンカちゃんの背中をさすりながら呟く。

 ビアンカちゃんの言葉には、私も同意見だなぁ……。



「持ってきましたにゃっ」

「ありがと、ケモミミちゃん。さて、じゃあしーちゃん、もう一回カボチャの感想言ってもらえる?」

 ケモミミちゃんから録音機器を受け取ったマオちゃんは、それを私に向けてくる。

「え?」

「はい、3、2、1、きゅー!」

「え、えっと、すごく、大きいね……」

「はい、カァーットっ!いいねぇ、いい表情だよぉ!たまんないっ!はい、次ビーちゃん!恥じらいながらどうぞ!」

「え、えっと、わ、わぁ、こんなにおっきくなるんですね……」

「ありがとうございまぁすっ!はい次、ケモミミちゃん!元気よく!」

「すっごい、おっきいにゃあ!」

「ありがとうございます!我々の業界ではご褒美ですっ!最後に私!あー、テステスッ!

 とっても……逞しいのね……。はい、カァーット!いいねぇ!いいのがとれたよぉ!これで科学部門の皆もスタンディングオベーション間違いなしよっ!ちなみにおっきいのはパンプキンさんですので!あしからず!アハハハハハッ!」


 マオちゃんは、例のパンプキンさんと名づけたカボチャを抱きかかえながら、片手にマイクを持って何か言ってる。もう完璧に徹夜でテンションがおかしくなってる……。


「魔王様、それなんですかにゃ?カボチャ?」

「パンプキンさんよ!触ってみなさい!」

 ケモミミちゃんが言われるがままパンプキンさんに触れると「ハハハハ!メリークリスマス!メリークリスマス!」とまたしても奇怪な声をあげる。

「わっ……」

「び、びっくりしたにゃっ、なんにゃ、これっ」


 その声にビアンカちゃんは驚き、ケモミミちゃんも手をひっこめる。


「なんでも、異世界には踊るサンタ人形なるものがあるらしくてね。それをモチーフにしてみました!」

「にしても、にゃんでカボチャにゃ?」

「カボチャはハロウィーンのですよね……?」

「よくぞ聞いてくれましたっ!これは時代の先取りよっ!リア充共が大好きな時代の先取り(笑)ってやつよっ!」

「時代の先取り……むしろ遅れている気もするにゃ……」

「今日はクリスマスですよ、お姉ちゃん……」


 マオちゃんが胸を張りながら言うも、ケモミミちゃんとビアンカちゃんがかわいそうな物を見るような目で見ている。


「もちろん……知ってるわよ……。クリスマスの日にリア充共に泣きを見せるために努力したのよ……」

「努力の仕方を間違えてるにゃあ……」

「もしかしたら、私にも何かあるかもしれないと思ったのよ……」

「何もなかったんですね……」

「最後の望みに昨晩、サンタクロースを信じる歳でもないけど、枕元に靴下を置いて、素敵な恋人をくださいってメモを書いておいたのよ……」

「そもそも魔王様にサンタを信じる歳があったのかにゃ?」

「どういう意味よ」

「なんでもないですにゃっ!」

「そういえば、そんな靴下があったね……」


 彼女が何を欲しがったのかわからなかったので、見てしまおうかと悩んだものの、結果見なかった。

 だけど、そんなこと書いてあったんだ……。


「起きたら、普通に靴下だけだったので、私は絶望しました。でも、起きたら珍しくしーちゃんがまだ眠ってた上に、毛布に丸まってる姿が可愛かったので、サンタの存在は抹消しました」

「う……」

 そういえば、昨晩もマオちゃんが今夜は徹夜するから先に寝ててって言ってたけど、いつの間にかベッドにいたっけ……。私より先に起きて、寝顔見られてたんだ……恥ずかしい……。

「寝言も可愛かったので、私は機嫌を直しました」

「ちょ、ちょっとマオちゃん!?」

「っていうか……え?お姉さまとお姉ちゃんって一緒に寝てるんですか……?」

「毎晩ご一緒の部屋で、ご一緒のベッドで眠ってらっしゃるにゃ」

「え……?」

「驚きにゃよね。にゃーも最初は驚いたけど、慣れたにゃ。二人とも、すっごい安らかな寝顔を浮かべてるにゃよ」

「そ、そうなんですか……」

「なんというか、見続けているといけない気持ちににゃってくるにゃよ」

「いけない気持ちってなんですか……」

「見ればわかるにゃよ。花はいいにゃよ。見るもよし、愛でるもよし、にゃ」


 私がマオちゃんを止めている間に、ケモミミちゃんとビアンカちゃんがひそひそ何かを言い合っている。

 ちょっと何を言ってるかよくわかんないです。


「そんなわけで、最初はサンタを象ろうと思いましたが、サンタなんていないので、この間、失敗作としてできあがったカボチャを品種改良し、このパンプキンさんが完成しました。このパンプキンさん、実は魔族の魔力を源に笑っています」

「そういえば触ってる間、ちょっと力が抜けたような……」

「言われると確かににゃ……」

「とても微弱な力で動いていますが、それはあくまで魔力の話。人間に魔力はないので、代替として生命力を源にします。こちらもまた微弱なものですが、触れ続けると危険なので、ビアンカちゃんはあまり触らないように」

「「「はーい」」」

「ちなみに先生は魔族というか、魔王ですが魔法を使えないうえに、なぜかパンプキンさんを動かすことができません。なぜでしょうか。それは魔力がないうえに生命力がないということでしょうか」

 マオちゃんがなんだかよくわからないことを口走り始めた……なんだか嫌な予感……。

「パンプキンさんにおめえは魔族どころか生きてすらいねぇから、とでも言われてるのでしょうか。なぜでしょうか、行き遅れた女性は生物ですらないということでしょうか、なんでだよ、おいコラこのカボチャ野郎、なんか言えよコラ」


 マオちゃんは持ち前の力で、パンプキンさんをぎりぎりと万力のように締め付け、パンプキンさんはその丸い頭を細長く変形させている。


「ス、ストップ、マオちゃんっ!折角完成させたパンプキンさんが爆発しちゃうからっ!」

「ハッ!危なかったわ!本来、パンプキンさんはリア充に当てて爆発させるもの!あるいはリア充を爆発させるもの!パンプキンさんのみを爆発させたら意味がない!危なかったわ、ありがとう、しーちゃんっ!」

「いまいち用途がわからなかったけど、そういうことだったの!?」

「当たり前よ、単なる笑うカボチャなんて意味がわからないじゃない。このパンプキンさんに私のいらだち、不満、不幸を込めて幸せなカップルにぶつけて不幸のどん底に陥れる、これがパンプキンさんの役割よ」

「それ、単なる八つ当たりだよね!?」

「……ねぇ、しーちゃん。私は王様なの。民の幸せは私の幸せ」

「と、突然どうしたの……?」

「なら、逆であってしかるべきじゃないかしら。私の不幸は民の不幸であるべきよ」

「おかしいよ!?おかしくないけどおかしいよ!?」

「私が不幸になってるならば、民も不幸だっていいじゃない。まおう」

「それは当て付けじゃないかなぁ!?」

「ええ。当て付けだってわかってるわ!でも私は憎いの!クリスマス!幸せオーラを漂わせ!街を闊歩するアベックが……!」

「もうだめにゃ、この人……」

「落ち着いて、マオちゃんっ!徹夜で疲れてるんだよ……!」

「私は!この日のために徹夜したのよ!今日!ことを起こさずして何のための努力か!」

「努力の仕方を間違ってるよ、お姉ちゃん……」

「諦めるにゃ。魔王様はこういう人にゃ……」

「そ、そうだっ、マオちゃん。今日はクリスマスパーティをやろうって言ってたよね、準備はできてるよっ!」

「そ、そうでしたにゃっ」

「えぇ!パンプキンさんの完成お披露目会としてね!いろんな人に招待状送ったけど誰もこなかったわ!」

「え、誰も……?」


 それはおかしい……。今はこんな状態でも、マオちゃんは一国の王。たとえどんな下らない理由でも、呼ばれたならコネクション目当てに来る人がいるはず……。


「そういえば、ケモミミちゃん……。お客様って……」

「な、なんのことですかにゃ、執事様……」


 私がジト目を向ければ、ケモミミちゃんはサッと目を逸らす。何度も、何度も。決して私と目を合わせようとはしない。それどころか滝のように冷や汗を流し始めた。

 間違いない……。


「一人じゃ、ないんだね……」

「だ、だって皆男だったにゃっ!怖かったにゃっ!男は皆ケダモノにゃっ!さっきなんて例の……」


 ケモミミちゃんはそう叫びながら、体を庇うように丸め、涙ぐんでいる。

 こんな様子を見せられれば、責めるに責められない。

 むしろ、例のあの写真以来、男性恐怖症というトラウマを負ってしまった彼女の傷を甘く見た私の落ち度だ。

 彼女の傷を甘く見て、来賓を任せた私の落ち度。彼女に対しても、また来てくれたお客様にも非常に申しわけない。

 改めてお詫びしとかないと……。

 その前に……この惨状どうにかしないとなぁ。

 目の前には、未だにパンプキンさんをぺしぺしと叩き続けるマオちゃん、脅えるケモミミちゃん、二人を見てどうすればいいかわからずに慌てるビアンカちゃん。


「アハハハハッ!見てなさいリア充共!いきなさい、パンプキンさん!綺麗な大輪の華を咲かせてやるのよ!血の赤とカボチャのオレンジに彩られた綺麗な華を!アハハハハっ!げほっ、ごほっ、ごほっ」

「怖いにゃ……男は怖いにゃあ……」

「あ、あわわわ、お姉ちゃん落ち着いてっ!ケモミミさん、ここに男はいませんから、大丈夫ですからっ!どどど、どうしましょ、お姉さまぁっ!」

「ほんと……どうしようね……。とりあえず、パーティの準備だけでもしておこっか……はぁ……」


 騒がしく、慌しい。だけど、とても楽しい一日。メリークリスマス。





「シャンメリーがないのなら、ワインを飲めばいいじゃない!」

「ジュースがにゃければ、酒を呑め!にゃははははっ!」

「わぁ~……勇者がいっぱぁいだぁ、えへへぇ……」

「なんて、綺麗に終わるわけがないよねぇ……」


 今日は無礼講。マオちゃんがそういい始め、ケモミミちゃんが悪ノリし、ビアンカちゃんが犠牲に。

 瞬く間に私以外にお酒がまわり、この惨状である。

 もう私もお酒呑んじゃおうかな……。


「アハハハハ!何がサンタよ!何がクリスマスよ!そんなの知ったこっちゃないわ!」

「まったくだにゃ!単に騒ぎたいだけのくせに、理由付けて装ってんじゃないにゃ!」

「勇者ぁ~、えへへ、勇者ぁ~」

「見なさい!このパンプキンさんの笑顔を!何もなくとも世界は平和なのよ!アハハハハッ!」

「こいつ幸せそうだにゃあ!見てるとムカツクにゃあ!」

「ハハハハ!メリークリスマス!メリークリスマス!」


 ケモミミちゃんがマオちゃんの手からパンプキンさんを奪い取り、ぺしぺしと叩いている。


「お?魔王様、あれなんにゃ?」


 ケモミミちゃんが窓のそばにある大砲に気付く。


「よくぞ聞いてくれました!あれはパンプキンさんを打ち出す装置、名づけてハンプティパンプキン砲よ!ちなみに今名づけました!」

「おぉー!知ってるにゃ!あれは東の国にあるっていう花火、ってやつにゃね!」

「アハハハハ!その通り!綺麗な花が咲くのよ!」


 酔いの酷い二人が通じているのか、通じていないのかよくわからない会話を繰り広げている。


「見たいにゃ!花見たいにゃ!」

「私が許すわ!面舵いっぱーいっ!」

「いいのかにゃ!?魔王様太っ腹にゃあ!輝いてるにゃ!魔王様今最高に魔王様っぽいにゃあ!」

 魔王様っぽいってなんだろ……というか面舵って船じゃないんだから……。それは船長だよぉ……。

「アハハハハっ!」

 マオちゃんは窓の外を指差し、笑い続けている。傍らではケモミミちゃんがパンプキンさんを大砲に装弾し……あれ?

「魔王様っ!準備できましたにゃっ!」

「ちょ、ちょっと、マオちゃん……?」

「撃てぇーい!」

「アイアイサーにゃっ!」

 導火線に火が付けられジジジ……と焼いていく。


「総員!パンプキンさんにけいれーいっ!」

「ビシィッ!」

 マオちゃんとケモミミちゃんが立ち並び、敬礼する。ビアンカちゃんは酔いつぶれていた。

「え、ちょっ……」


 私の制止も虚しく、大砲は凄まじい爆音を響かせ、パンプキンさんが高速の弾丸となり放出される。


「ま、まずいっ……!止めにいかないと……!」

「ふ、ふふふっ、無駄よ、しーちゃん。パンプキンさんは砲丸を想定として造られた。そして、この世界で

 唯一、高速の弾丸を妨害できる術があるとするなら……それは魔法。

 パンプキンさんは狙った獲物は逃さない……パンプキンさんは、魔法の効力を受け付けない。例えそれが、あなたの瞬間移動であってもね……!」


 ニィ、とマオちゃんが口端を歪ませる。その笑みはとても邪悪で、狡猾で……!


「そ、そんな、まさか……」

「いつから私が徹夜でおかしく、酔っていると錯覚していた……?」

「まさか、今までのは全てブラフだったと……!?」

「フ、フフフッ、フゥーハッハッハッ、ごほっ、ごほっ!」

「おー!魔王様!今の最高に魔王様っぽかったにゃあ!」

「アハハハハッ!そう!私が魔王よ!もっと崇めなさい!もっと恐れない!さぁ、全てのカップルよ、おののきなさい!パンプキンさんは反撃の狼煙よ!今まであなたたちが、かわいそうだとあわれみ、蔑んできた独り身の恐ろしさを思い知らせてやるわ……!アーッハッハッハッハっ!」

「そんな……パ、パンプキンさーんっ!」


 私の伸ばした手は、パンプキンさんには届かなかった……。




「いやぁ、まさか僧侶ちゃんが魔王だったなんてなぁ……」

「最初、魔王からクリスマスの招待状が届いたときは何の冗談かと思いましたよ……」


 隣を歩く巨漢、戦士が驚きの声をあげ、魔法使いが信じられないといった様子。


「まったくだ……。あの美少女達が魔王にその執事だって?確かに高貴な血だとは思ったがまさか王族とは……」

「あはは、僕も最初は信じられませんでしたよ」


 俺の驚きの声に、隣にいる少女……の様相を扮した少年、勇者が答えた。


「しかし、なんだったんだろうなぁ。日付が書いてない招待状ってのも」

「多分、単に忘れてたんだと思います。あの人達、結構おっちょこちょいですから……」


 勇者は頬をポリポリと掻き、苦笑いを浮かべている。

 それでいいのか、魔王に勇者よ……。


「まぁ、もしかしたらパーティは昨日のイブだったのかもしれんしな。確認しなかった俺達も悪い、諦めてオークの村に帰って俺達でパーティすりゃあいいわな!ガハハ!」

「まぁ……そうだな。村に帰ってパーティ……いや、いつもあの村はパーティみたいなもんだが」

「ちげぇねぇ!」

 戦士はガハハハと馬鹿笑いをしている。しかし、城から出てきた獣人の娘の脅えよう。尋常ではなかった。いったいなんだと言うのか……。


「ん……なんか変な音しねぇか?」

 戦士が突如笑みを消し、辺りをいぶかしみ、見回す。しかし雑踏にのまれる俺達には人々の声以外聞こえない。

「そうか?なんも聞こえんが……」

「いや、なんか打ち上げ花火みてぇな、いや、これは……」

 戦士が首をかしげ、唸る……すると、間もなく凄まじい風圧と爆音を感じ、反射的に目を閉じる。瞬間、頬に何かが付着した。

「ぐっ、なんだ今の音と風は……!?皆、無事か!?」

「僕は無事ですっ」「僕もっ!」

 一人称から察するに、勇者と魔法使いの無事を確認する。

「戦士……!?戦士はどうしたっ!?」

「戦士さんっ!?」

「これは……ぺろっ、カボチャ……!?」

 おい、誰だ今何か舐めた奴!

「くっ、戦士……ってうおわっ、なんだこれっ!」

 先程まで戦士がいた場所を見れば、そこには見慣れたはずの坊主頭ではなく……

「なんだあれ、カボチャ?」「さっきまでタコみたいな人がいたはずなのに……」「ハゲ男はどこいった?」「ハゲじゃねぇよ!」「お前じゃねぇよ!」などと周りの人間が声を出し、戦士の位置にいるカボチャ頭から距離をとる。漫才コンビは黙ってろ。


「せ、戦士……?」

 目の前のカボチャ頭は先程までの戦士と同じ服装をし、辺りにカボチャが弾け飛んでいることから察するに、戦士にカボチャが飛来した……ということか?

「ハハハハ!メリークリスマス!メリークリスマス!」

「うおっ、なんだっ!」

 カボチャを被った戦士がくるりと此方を向くと、カボチャには顔が彫られており、笑みを浮かべながらメリークリスマスと喋り始める。

「ママー、あれなぁにー?」「シッ、見ちゃいけません!」「カボチャがクリスマスって……お前はハロウィーンだろ」「誰か私にイタズラしてぇ」

 ちょこちょこ雑踏から変なのが聞こえるのはなんだ。

「戦士!どうした、戦士!?」

「ハハハハ!メリークリスマス!メリークリスマス!」

「お、おい戦士どうしたっ!」

 俺は戦士の体を揺さぶり、カボチャを外そうとするがカボチャは一向に外れる気配がない。

 すると、喋るカボチャの中、戦士がボソボソと何かを喋っていることに気がつく。

「どうした?戦士!何を言ってるんだ!」

「ハハハハ!メリークリスマス!メリークリスマス!」

「えぇい、やかましいカボチャめっ」

 カボチャに耳を近づける。

「戦士が、戦死……がくっ」

「ハハハハ!メリークリスマス!メリークリスマス!」

 そう呟き、戦士の体が倒れこむ。

「おい!しっかりしろ!戦士!死ぬな!これは戦死じゃない!多分事故死だ!お前が死んだら俺はお前の両親になんと伝えたらいい!カボチャに頭をぶつけて死んだと伝えたらいいのかっ!クリスマスの日にカボチャにぶつかり遺言はメリークリスマスだったと告げたらいいのか!冗談じゃないぞ!」

「ハハハハ!メリークリスマス!メリークリスマス!」

「狩人さんが結構余裕があるような気がするのは僕だけでしょうか……」

「多分、楽しんでますよね……」

 そんなことはないぞ。

 俺は戦士の体を激しく揺さぶるが、反応はない。ひたすらカボチャがクリスマスと叫ぶだけ。

「くそっ!どうしたら……こうなればカボチャを割るしか!誰か!何かないか!」

 辺りを見回せど、カボチャを割れそうなのはどこにもない。

「くっ……!魔法使い!カボチャを燃やせ!」

「え?いいんですか……?」

「構わん!」

「わかりました!燃え上がれ!ファイア!」

「わぁっ、僕、魔法って初めて見ましたっ!すごいっ!」

 魔法使いが簡単な呪文を唱え、カボチャに火がつき、燃え盛る。

 それを他所目に勇者がキャッキャッと喜び、魔法使いが照れる。うるせぇぞ、バカップル!

 しかし、喋るカボチャといえど植物。火がつけばすぐに炭に……

「ハハハハ!メリークリスマス!メリークリスマス!」

「燃えて……いない!?」

 カボチャ頭は燃えながらも、笑顔でメリークリスマスと叫び続ける。

「ま、ママー……怖いよう……」「な、なんなのよあれ……夢でも見てるの……?」

「ここは地獄なのか……?」「地獄よりの使者だ……」「カボチャが……?」「いや、あれは……あの方は地獄よりの使者、カボチャ男爵だ……!」「カボチャ……」「男爵……」「怖いよう……」

 そのカボチャ頭の……いや、カボチャ男爵の異様さに人々が脅えた声をあげる。

 かくいう俺も、かつてない恐怖を覚えていた。戦士は……カボチャ男爵に憑かれた戦士は、無事なのか……!

「頼む……誰か、誰か、助けてくださーいっ!」

「ハハハハ!メリークリスマス!メリークリスマス!」




 その日、突如、飛来した笑うカボチャ、通称「カボチャ男爵」に人々は恐れおののいたという……。

全ての人に贈る「メリークリスマス」

私はカボチャ男爵になりたい

何がクリスマスじゃいっ、二日も過ぎとるがなっ

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