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真の狙い



『あれ?』


「どうかしたか? 風華」


 多くの気動式駆逐艦と気動式重巡洋艦『妙高7式』を殲滅した2機が基地へと戻る最中、『舞桜』の操縦士の風華がワタワタとしていた。


「いや、舞桜の調子がおかしいの……」


 スクリーンに映し出されてそう言う風華の映像の画質は粗く、ノイズが時たま入っている。


「さっきから色々と誤作動してる。今だって高レーザー砲が格納状態で発射準備に入ったし」


 竜太が舞桜の動きを確認すると確かに軌道が変則的に左右にずれている。


「攻撃でも受けたのか? 損傷状況を確認しろ」


『うん、もうしたけど、損傷は見つからない……』


 その声は不安で震えている。無理もない、今までに体験した事の無い不調だ。しかし、攻撃による損傷は無いし、風華が気を操りきれなくなった事はあり得ない。だけど、さっきの戦いのなかで、何かがあったのには違いないだろう。

 竜太が思考を巡らせていると風華から、


『お兄ちゃんっ! 分かった! 気動式飛行要塞システムにウイルスが紛れ込んでる。ウイルスバスターを起動したけど、どうなるかは分からない……』


「ウイルスだと⁉︎ 一体いつ……もしかして……」


 竜太がハッとした顔をして舞桜の下に黒鋼を入り込ませた。


「クソッ! ……風華、左右上下に移動しないように頼むッ!」


『え……? 分かったけど……』


 風華が操縦桿をがちっと握りしめていると、いきなり舞桜の下から細かい火花が散った。


『一体何をしたの?』


「寄生虫退治だよ」


 不思議そうな顔をしてそう尋ねる風華に竜太は少し汗を浮かべながらそう答える。


『……寄生虫?』


「ああ、プログラムに有線接続して確実にプログラムにウイルスを組み込む超小型ロボット、『パラシティック』だ。恐らくさっきの戦いのなかで付けられたのだろう」


 妙高7式の高レーザー砲の無駄撃ちにも見えたあの攻撃に破壊の意味はなかったのだ。妙高7式の操縦士は恐らく、黒鋼と舞桜が1発目を躱した時には砲撃戦になれば勝ち目は無いと思ったのだろう。それで高レーザー砲に紛れて『パラシティック』を機体にくっ付かせて、ウイルス感染させる事で機体を内部から破壊しようとしたのだ。


「これは1本取られたな……マズイぞ」


『そんな……っ! ……お兄ちゃんは? 黒鋼はどうなの?』


「ウイルス侵食率は0%、大丈夫だ。それよりも……」


 風華は今も、誤作動を手動で止めている。風華の額にもじわじわと汗が滲んでいる。誤作動による操縦室の過熱が原因ではないだろう。


「風華ッ! あとどのくらい持ちそうか?」


『プログラム侵食率は64%だから、基地まで持つかどうか……』


 そう答える風華の声はまるで巨大な怪物でも目の当たりにしたかの様に震えている。

 ウイルスがプログラムの侵食をさらにヒートアップさせたのだろうが、舞桜の誤作動に風華の対応が追いつかない部分もあり、機体のあちこちから黒い煙がモクモクと上がりはじめた。スクリーンに映し出された風華の操縦室もサイレンがけたたましく鳴り、緊急事を示す赤いライトで血のように赤く照らされている。ウイルスは急速に舞桜のプログラムを蝕んでいるらしい。

 とにかく、今は基地に帰るのを最優先に考えなくてはいけない。


「風華、誤作動の修正は……ブースターだけにしろ。他はもういい、とにかく基地に帰るのが最優先だ」


 ミサイルが誤爆を起こさなければ、なんとか持つだろう。気動式飛行要塞ではミサイルのプログラムは厳重に保護されている。しかし、侵食率が60%を超えているとなると戦闘からの時間も考えてミサイルのシステム誤作動まで、遅くとも、あと10分程だろう。


「風華! 緊急用ブースター展開ッ! そのままフルパワーで前進だッ! それとミサイルには注意しとけ」


『う、うん……了解』


 未だ不安そうな声でそう返した風華に竜太は、


「大丈夫だ……俺を信じろ! 絶対に帰るぞ!」


『……うん! ……開けッ!』


 風華がそう言うと共に舞桜のブースターの下のハッチが開き、本来なら非常時に代用するブースターが4本露出した。


「こっちもだっ!」


 黒鋼もブースターを新たに露出させる。元の8本に加え、合計12本のブースターが辺りの空気を振動させ、凄まじい勢いで青い炎を吹いた。4本のブースターの助けもあり、その速度はマッハ4.4程にまで達している。舞桜と黒鋼は意図的に一部装備を展開させ、気力シールドを張っているため、空気抵抗には耐え切れているが、


 ーーズドゥオオオオオン


 舞桜の胴後方の高レーザー砲が誤射し、表面の赤い外板の一部が吹き飛んだ。中から黒く焼き焦げた高レーザー砲が覗き、そこから真っ黒な煙の帯が後方に伸びている。


「風華! 大丈夫か?」


『うん、これくらいっ! ……くっ』


 そう話している最中にも新たに外板の一部が吹き飛んだ。外板の内側で小規模ではあるが、爆発が起きているため、衝撃が伝わってきているらしい。

 基地まではあとおよそ740Km、このスピードならあと9分ほどで着くだろう。だが9分、かなり際どいぞ。遅くとも10分以内に基地に着いて、気力遮断しなければいけない。海洋上でもやろうと思えば出来るが、それでは敵の的にしかならない。


「よし、あと9分もない。それまでの辛抱だ。頑張れ風華ッ!」


『……うん!』


 風華は今にも泣きそうでいて、それでもしっかりとした声で返事してくれる。

 基地までの距離も600Km、500Km、400Kmと縮んでいき、あと70Kmというところで、それは起きてしまった。舞桜の左翼の根元付近がピカッと発光すると、数瞬遅れてから、


 ーードゥウズゥオォオオオン


聞いたこともないような大音量の爆発音が竜太の耳を襲った。超磁力ミサイルが誤爆したのだ。

 キーンと耳が痛むがそれは我慢して竜太は、舞桜に顔を向けた。今は風華が心配だ。


「くそっ……!」


 舞桜は左翼を大破させ、真っ黒な煙と炎を上げていた。左翼の大破により飛行バランスが崩れ、舞桜は右側に傾きつつある。嫌な汗が竜太の背中を伝っていく。


「風華ァッ!大丈夫か!」


『なんとかっ……』


「良かった……」


 竜太はほっと息を吐くが、このままだと今度は右側のミサイルが誤爆する。そうすれば、今度こそ風華は命を落とす事になってしまうだろう。あと30秒ほどで到着はすると思うが、それまで持つかも分からない。ならもう、こうするしか……


「風華……気力切断しろ。非常電源も切り離せ」


『え? ……分かった……』


 風華は怪訝そうな表情を浮かべていたが、そう答えると同時に通信がプツリと切れ、ブースターも停止した。機体はゆっくりと後ろへ流れていく。

 竜太はそれに合わせて黒鋼を一気に減速させる。速度はマッハ2、1、と落ちていき、高度もだんだんと落ちていく、



 風華は斜めに傾いた外の景色を眺めていた。高度はみるみるうちに落ちている。あと数十秒で海面に達するだろう。

 通信は気力切断で使えないし、本当に何やってんだろ……私。


 自分が無力すぎる。

 お兄ちゃんにばっかり頼って。

 心配ばかりかけて。


 風華の頬を涙がこぼれ落ちたその時、突如左方から眩いばかりの光が風華を襲った。

左翼が新たに爆発を起こしたのかと左翼に目をやるが、その様子はさっきと大差ない。その代わり、黒鋼の右翼の先についたライトがチカチカと変則的に点滅している。さっきの光はこれだったのだろう。それにどういう訳か出力全開らしい。


 ……・ ・・・ー・ー・・ー ・ーー・ ・……・ ・・・ー・ー・・ー ・ーー・ ・……


 そしてこの変則的な点滅は……モールス信号だ。

 ・ ・・・ー・ー・・ー ・ーー・ ・

 E、S、C、A、P、E……escape。

 脱出しろという意味である。


 そうだ、ここで一人で悲観してても意味は無い。今は生き延びることを考えなきゃ!


 風華はゴシゴシと袖で涙を拭ってから前を向きなおすと、非常脱出装置の解除キーを打ち込む。非常脱出装置は飛行や砲撃などに関するメインプログラムとは完全に切り離されており、プログラムが組み込まれていない簡易な構造のためウイルスの干渉は全く受けない。

 解除キーの打ち込みを終えると風華は一度大きく深呼吸してから、思いっ切りスイッチを押した。


「んくっ……!」


 バッと視界が開けたと思うと同時に全身が強烈な風圧に襲われた。頭上を舞桜が煙と炎を濛々と上げながら通り過ぎていく。それから、身体が急に持ち上がる感覚に襲われた。パラシュートが開いたらしい。そのままゆっくり、海面にポチャン……となるはずが、


 ーーコトッ。


風華は硬いものの上に着地した。そこは漆黒の鋼の板の上。気動式飛行要塞、黒鋼の操縦室すぐ横の外板の上だった。


「ったく、ここまでスピード落とすの大変だったんだぞ!」


 操縦室の窓を開けて竜太が風華に大声で叫ぶ。


「なら、水上で引き上げるのでも良かったじゃん」


 叫ばないとブースターの音で何も聞こえないので、風華も大声で叫んでそう言い返すが、


「服濡れるのは嫌だろ?」


 と竜太は言ってーーというか叫んで微笑む。それから竜太は腕を伸ばして風華の手を掴み、そのまま窓の内側に引き入れた。まだくっついていたパラシュートを切り離してから風華は操縦室の後方に体育座りする。


「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう……」


「おっ、おう……」


 竜太はそれだけ答えると照れたように顔を赤くしながら前を向き、黙ってしまった。


 ーーズゥウウウウウン


遠くで爆発音が轟き、窓がピリピリと音を立てる。おそらくこの爆発音は舞桜のものだろう。非常脱出装置は作動されると同時に自爆装置もその1分後に作動するようになっているのだ。


「舞桜……ありがと……」


「そうだな……。潜水するぞ」


 黒鋼はもう基地の地点まで達していた。黒鋼はゆっくり水中に潜って行くと、途中で何隻かの原潜とすれ違った。舞桜の残骸を厚めに行ったのだろう。資源は有限だとは言うけど極東地区は元々資源が少ないため、残骸であっても掻き集めなければ他地区との格差は広がってしまうのだ。



 基地に黒鋼が入ると畠山が心配そうな顔をして近寄って来た。しかし竜太の後ろについて風華が出てきたのを見て目をまん丸に見開いている。まるで化け物をみたかのような顔だ。その後ろでも従業員が同じような顔をして固まっている。


「竜太、なんで風華がここにいるんだ?」


「助けたからだけど」


「いや、気動式飛行要塞になんで2人乗れたのかという事だ」


「……あ、そういえば」


忘れてた。気動式飛行要塞は複数人乗っている状態では気が不安定になって飛行不能に陥る事に。


「……まさか」


 そしてその場に溢れんばかりの拍手の音と歓声が響いた。




「フフッ、これで今度の気動式飛行要塞操縦士は俺に決まりだ。」


 原潜に乗って舞桜の残骸を掻き集めながら一人の青年がニヤリと口元を歪めた。

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