「気」による戦争
つい40年前までは、「非科学的」という言葉が流行っていたそうだ。今になってはそんな言葉は聞かないし、知らない人がほとんどだろう。
「気」
それが科学的に証明されたのは今から35年程前のことだ。「気」は不可視であり、物体に干渉する能力を持たない。すなわち「気」というのは「非科学的」だと思われていた。
しかし、「気」が証明され、研究が進められていくと、気変力機を仲介する事で核分裂や核融合をも凌駕するエネルギーを放出する事が分かった。
そんなエネルギー源を持った人間のした事と言えば、「気」を利用した人間の兵器化であった。
人間とは可哀想な生き物で、いつになっても戦争は無くならなかった。
だが、皮肉な事に戦争は技術をもたらす。
そして、15年前、完成したのが気動式兵器であり、その代表例が気動式飛行要塞である。
大きさは旧日本軍の製造にまでは至らなかった全幅86mもの幻の巨大爆撃機「富嶽」の約3倍、レーザー砲、超気力砲などを搭載している巨大戦艦と爆撃機がくっついたようなそれは、「気」のエネルギーを使う事で飛行を可能にした。
そして操縦士の気さえあれば動くため、半永久的に飛び続けることが可能である。
また、複数人だと「気」が不安定になるため一人きりの操縦を強いられるが、操縦士が孤独にさえ打ち勝てば、気動式飛行要塞は最強の兵器になるのである。
そして現在……。
「『黒鋼』前方12.4Km先、敵国の機体を確認」
「了解。『舞桜』、サポートを頼む」
「了解」
「超磁力ミサイル、レーザー砲。準備!」
太平洋上空、赤と黒の気動式飛行要塞が2機、轟音を轟かせながら飛行していた。血のように赤い気動式飛行要塞『舞桜』と烏のように黒い気動式飛行要塞『黒鋼』である。
舞桜は黒鋼の後ろに機体をつけ、黒鋼はその機体のハッチを開け、右翼左翼それぞれに5本のミサイルとボディーの横に8本の砲口を露出させた。
「レーザー砲、発射っ!」
レーザー砲が火を噴き、遥か遠くで爆発が起きる。レーザー砲は一発で敵機を撃ち抜いたのだ。
「はぁ、今になってもレーザー砲すら弾けないのか……」
黒鋼の操縦士、白羽竜太は手を後ろに組んでそう呟く。
『おー!やっぱり、お兄ちゃんは凄いです! 見習わなくちゃね!』
竜太の前に映し出されたスクリーンの中では竜太の妹であり、舞桜の操縦士でもある風華がハニーブラウンのツインテールをブンブン揺らしている。
「けど、風華、もう何度も見てるだろ。今更驚く事か?」
竜太は呆れつつもそう言うが、風華は
『いいえ! 装備の1割も展開しないで仕留めるのは、お兄ちゃんだけなんだよ! 普通は4割は展開して、同時に何発かレーザー砲を撃たなきゃこの距離で当てるのは無理なんだよ!』
「あーはいはい」
竜太は気のない返事を返すが、風華の言う通り、竜太は装備の1割も展開していない。
「まぁ、武器は出来るだけ無駄にしないのが俺の鉄則だよ」
『お兄ちゃん、それより私の超磁力ミサイルがもうないから、早く補給に行こう?』
レーザー砲は、ほぼ無限に撃つことが可能だが、レーザー砲では気動式戦艦や気動式飛行要塞に大きなダメージは与えられない。その為、ミサイルは常備して置くべきアイテムなのだ。
そして竜太と風華はもう1ヶ月間も空を飛び続けており、風華はその間の戦闘でミサイルを使い切ってしまっていた。
「そうだな。さっさと戻ろうか」
竜太は黒鋼を左旋回させ、機首を東に向けた。
「フルパワーで飛ばすぞっ!」
『オッケー!』
2人が会話を交わすと、黒鋼と舞桜の8つのロケットブースターの出力が増し、轟音を轟かせて黒鋼と舞桜は急加速した。
しばらく航空すると、黒鋼と舞桜は機首を下へと向けてそのまま海に突っ込んだ。最高速がマッハ2まで到達する機体が海に突っ込むもんだから、恐らく海上に船があれば沈んでしまうだろう。
だが、2機が潜った理由は船を沈めることなんかではなく、基地に入るためである。気動式飛行要塞というものは水中、水上でも行動可能であり、多くの気動式飛行要塞はその巨体を隠すため、水中に基地を設けているのだ。
黒鋼が無衝撃の交信用レーザーを海底に掃射すると、海底の一部が陽炎のようにユラユラと歪んで1つのゲートが現れた。陽炎ーー光学迷彩によって隠されていたゲートには
「第8極東軍第1水中基地」
とある。
第8極東軍。その名の通り、第8極東地区の軍隊であるが、第8東地区は国家を持たない。というのも
今から13年前、全国家を巻き込んだ戦争により、国家は相次いで崩壊し世界はおよそ1000の地区に分けられた。そして、かつて日本や韓国などと呼ばれた地域ーー極東地区も9つに分割された。
そして現在、第1極東地区と並んで高い経済力と軍事力を持つのが第8極東地区である。
黒鋼と舞桜がゲートに入ると、ゲートは再び光学迷彩で隠され、ゲートの入り口が閉鎖された。ゲート内の排水も終わると、1人の老人が2人を出迎えてくれた。
「やれ、また風華か……こっちもミサイルを作るのは大変なんだからなぁ」
老人は風華のミサイル格納庫を開けてそんな事をブツブツ言っているが、風華は舞桜から勢いよく降りると黒鋼から降りてきた竜太めがけてダイブ。
そのままムギューっと抱きつき、
「お兄ちゃん! 生お兄ちゃんは久しぶりだよー! ずっと画面じゃつまんないよ!」
「しょうがないだろ。これに乗ってるんだから」
そう言いながら竜太は顔を黒鋼と舞桜に向ける。
「うん。でも、お兄ちゃんもそう思うでしょ?」
「……まあ、ちょっとはな」
さすがに一ヶ月も機体の中にいて、画面を介してでしか話せないというのはつらい。
すると、風華は、ぱあぁぁっと顔を明るくして、ぎゅうぅっとさらに強く抱きついてくる。
「お、おい! 離れろって。歩けないじゃないか」
「いやー!」
風華は顔をブンブン振って離れようとしない。竜太は仕方なく、無理矢理風華を引きずって機体から離れたのだった。