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魔物と人との境界線

「待ってください! このお魚さんは私の命の恩人なんです!」


 ノーチェが僕を庇うように前に出た。

 そうです! 正確には命の恩魚だけど、その通りです!


「そこをどけ、ノーチェ! そいつは忌むべき魔物だ!」

「いえ、違います! お魚さんは心優しいお魚さんです!」

「なんでそんなことがわかる!」

「だって、自分で言ったんですよ!」


 ノーチェが言っても、誰も信じてくれない。

 このままだとノーチェがちょっと頭のおかしい子で、魔物を引き入れた罪人になってしまう。

 僕は水から顔を出し、


「あの、本当に、何も悪いことしません。海までの距離がわかればすぐに出ていきますから」


 そう言った。

 すると、エルフ全員は目を丸くし、


「魔物がしゃべった!」

「魔人だ!」

「狼狽えるな! もとより我々は魔王が来ようとも討伐するための訓練を積んできただろ!」

「援軍を! 援軍を呼べ!」


 エルフの戦士たちが狼狽えだした!

 わーい、魔人だってさぁー、さっきの恩人発言といい、魚に生まれ変わって初めて人扱いされた!

 って、そんな場合じゃない! 混乱している場合じゃない!

 エルフが混乱しているうちに僕が冷静さを取り戻し、


「ノーチェ! もしかして、魔物がしゃべるのってかなり珍しいの!?」

「は、はい。喋る魔物は私が知る限りお魚さんが初めてで! でも、待ってください、きっとみんなを説得してみせますから」

「ごめん、逃げる!」


 僕は川底に沈むと一目散に泳いで逃げた。

 うわ、矢が飛んでくる!


 いたっ! 尾に! 尾に矢が刺さった!

 後ろから「待って、待ってください!」とノーチェの声が聞こえたが、僕は振り返らずに逃げていった。



 とりあえず、川を上ることにした。下って行って、かりに僕が通れないような川だったら、エルフに追いつかれるからな。

 それに、上流には食べ残した狼がそのままになっている。


 そして、狼の肉を食べて経験値を確保していた。


【スキル:“捕食”の効果により経験値7獲得】

【捕食レベルが2にあがった】


 お、強い魔物を食べたからか、もしくは偶然か、捕食レベルが上がった。


【スキル:“捕食”の効果により経験値11獲得】


 2匹目の狼を食べたところで、経験値が増えていた。捕食レベルが上がったからだろうか?


【スキル:“捕食”の効果により経験値11獲得】


 残念、レベルはあがらなかった。

 それにしても、おかしいな、前までなら狼1匹を食べたら腹いっぱいになっていたのに、今日は3匹全部食べることができた。

 正直、僕の体重以上の量なのに、なんでだろう?

 ……もしかして、捕食の効果か?


 僕はそこで足掻いていた。足はないけど。

 矢を抜こうと頑張っていたんだけど、尾に刺さった矢が抜けない。


 矢が刺さったときはHPは4も減ったけれど、今はすっかり回復している。

 でも、それがいかなかった。傷が塞がれ、矢が完全に僕の尾に食い込んだまま抜けなくなった。

 泳ぎにくいし、痛いんだよ。無理やり折っても、やじりが中に残りそうだしなぁ。

 そんなことになったら獣医さんに外科手術をしてもらわないといけない。

 お魚を見る獣医さんって、この世界にいるのかなぁ?


 ん? 何か近付いてくる!


 どこかに隠れようとしたいが、矢で丸見えだろうな。

 こうなったら、鏃が残るのを覚悟して、矢を折るしか――


「お魚さん!」

「ノーチェ!」


 二度と聞くことのないと思っていた可愛い声に、僕は思わず彼女の名前を呼んでいた。

 彼女は、川に入ってくると、


「待ってください、今、矢を抜きますから」

「うん、お願い!」


 ノーチェは力を入れ、僕の尾から矢を抜いてくれた。

 血が僕の尾から出たが、でもすぐに塞がるだろう。


「ありがとう、助か――」

「ごめんなさい、ごめんなさい、お魚さん! 私がちゃんとみんなに説明できなかったから……私……」

「いや、ノーチェは悪くないよ。だって、僕、どう見ても凶暴なサメだし……いや、鏡で自分の姿とか見たことないから本当はよくわからないんだけど」

「人を5人くらい食べていそうな凶暴そうな顔をしていますが、でもお魚さんは私の恩人です」


 ……僕、そんな怖い顔してるの?

 そりゃ、矢で射られるわ。

 でも、そんな僕でも、彼女は僕のことを信じてくれたんだよな。

 僕のために、弓矢を構える男達の前に立って、庇ってくれた。


「……ノーチェ、僕は凶暴なサメだ……君は僕に襲われ、自分が騙されていたことに気付いた。そう言って、村に戻るんだ」

「え?」

「今のままだと、ノーチェは魔物を引き入れたエルフとして罰を受ける。でも、そう言えば君は僕に騙された被害者だ。罪はだいぶ軽減される」

「……そんな、そんなのダメです!」


 あぁ、わかってるよ! 彼女がそんなのを認めないことくらい!


「ダメだと言うのなら、僕は本当に君を襲う! 僕は魔物だ! 本当は君を食べたくて食べたくてうずうずしている! このままだと君を食べてしまう」


 僕はそう言い、大きな口を開けた。

 彼女の瞳には、僕の凶暴な口が映し出された。

 映し出されていたのに、彼女の瞳にはまるで恐怖がない。

 

「……食っちまうぞぉ!」

「お魚さん……優しいんですね……でも、優しすぎます」


 ノーチェはそう言うと、川の奥深くまで入ってきて、僕の身体にそっと触れた。

 水の中なので火傷する……とまではいかないが、それでも熱い温もりが僕に伝わった。


 僕は口を閉じると、彼女の手を振りほどき、泳いで、さらに上流へと戻って行った。

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