決勝戦の勝者の行方
まず、僕がしたのは泡の作成だった。
少女の顔に泡を作り、溺れさせないようにする。
そして、僕自身に美味しそうな香りを纏わせる。
水の中だと効果がないとおもうかもしれないが、その逆。
ブラックシャークのユニークスキルこそ、僕が持っている嗅覚強化なのだ。
ブラックシャークは当然僕を食べるべき獲物として嗅ぎ分けた。
『おぉっと! ブラックシャークが一直線にコーラサラマンダー目掛けて突撃!』
実況の男が叫ぶと同時に「殺せ、殺せ、殺せ、殺せ」と歓声が沸き立つ。
その音を聞いていると腹が立つため、僕は水の中にダイブした。
水の外からも声が聞こえるが――もはやノイズと化している。
奴にとっても同じだろう。
外がどれだけ騒ごうが、奴の目的は僕を食べることだけになっている。
だからこそ面白い。
それでこそ自然の摂理。
でもな、与えられた獲物を食べるだけのお前とは違い、僕は荒ぶる海を生き抜いてきた。
安全マージンだとかそういうのを考えながらだけど、それでも生き抜いてきた。
お前と一緒にされてたまるかよ!
変身!
僕の身体がみるみる膨らんでいき、その姿はブラックシャークへと変わる。
HPこそ回復していないが、速度も攻撃力も防御力も最盛期の僕……いや、称号のおかげでそれ以上になっている。
【MP自動回復のレベルが2に上がった】
さらに称号のおかげでMPが109に上がったため、MP自動回復のレベルまであがってくれた。これはかなりうれしい。
上の人間達は大騒ぎだろうな。コーラサラマンダーがブラックシャークに変身したんだから。
でも、僕は慣れ親しんだこの身体に絶好調だ。
泡を展開。そして、美味しいそうな香り。
それをあちこちに飛ばす。
心の中で「デコイ発射!」と叫んでいた。
泡の中に入っていても、例え水の中でも嗅覚強化されたブラックシャークはその匂いにつられる。
泡をかみ砕いていく。
その間に僕は泡を自分の顔にも展開させ、
「ヒール……ヒール……ヒール……」
小声で魔法を唱え、自分のHPを回復させる。
ブラックシャークが3つ目の泡を噛んで割ったところで、怒り狂った様子で僕目掛けて口を広げて突撃してきた。
僕もそのブラックシャークの口めがけて突っ込んでいき、泡を展開。
そこからの「着火」種火程度の火がブラックシャークの口の中の泡の中で弾けた。
泡も一緒にはじけ飛び同時に水のせいで火は消えてしまったが。
それでも初めて味わうその火の恐怖のせいで、ブラックシャークは口を閉じてしまう。
その口に僕は噛みついた。
決してその口を開かせないために力をこめて。
ブラックシャークは暴れるが――僕はその牙にさらに毒攻撃も加えた。
もう少し、もう少しで……と思った時、後ろで泡がはじけた。
まずい――僕は口を外し、泡がなくなって呼吸ができなくなった少女に再度泡を展開。
ふぅ、間に合っ――っていってえええぇっ!
後ろでブラックシャークが僕の尾びれに噛みついてきた。
くそっ……今日は尻尾を噛みつかれたり尾びれを噛みつかれたり、尻難の相が出てるんじゃないか?
そう思いながら――僕はブラックシャークの腹に噛みついた。
その腸を喰らいつくしてやる、そう力を込めた。
僕の血が、そして相手の血が水を赤く濁す。
もう勝負ありだぜ。
痛いが、死ぬほど痛いが、死ぬのはお前の方だ。
悪いな、お前もこんな狭いところに閉じ込められて辛いとは思う。同じブラックシャークとしてなら、本当は協力してここからお前を海に送ってやるべきなんだ。
それでも、僕はお前を殺す。
やっぱり僕は人間でいたいんだ。
【経験値300獲得】
相手の死を告げるメッセージが脳裏に浮かんで消えた。もちろん、この経験値は意味がないんだけど。
殺したブラックシャークの死体をアイテムBOXに収納し、同時に僕の身体をコーラサラマンダーに戻し、泡を展開した。
泡に入り足だけを水の中にだしてゆっくり浮上。
そこで見たのは、紙吹雪のように舞う、おそらくブラックシャークへ賭けたであろう投票権。
怒り狂う観客。
そして、拍手をして僕を称える一部の客と、大穴を当てたことに喚起する極僅かの客。
ん? 水が引いていく?
水嵩が減って行き、空間が現れた。
少女を纏っていた泡が消える。
よかった、これで全部終わりだ。
後はここのことをサイモンがしかるべきところに伝えたら終わる。
水がほぼ無くなったところで、実況の声が聞こえてきた。
『皆さんにお伝えします! 先ほどお伝えした通り――』
僕の勝ちが告げられる。
そう思った。
『今回の決勝戦の結果は、勝者無し! 配当金は253倍になります!』
――は?
なんだよ、それ!
僕はこうしてちゃんと勝っただろ!
『先ほども申しました通り、勝者はどこからか乱入したブラックシャーク! ですがそのブラックシャークも消えたため勝者無しとなります』
……いやいや、僕がブラックシャークに変身したのは一目瞭然だろ!
なんでそうなるんだよ!
もうそれでもいいよ。
もう試合も終わりだし、僕は帰って寝るよ。
ファイトマネーの賞金はもらえないが、はなからこんな糞やろう達の金なんていらないしな。
「……せっ!」
ん?
「殺せっ!」
観客から声が上がった。
「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!」
なんだ? 殺せコールって。
『敗者には死を! そのため、ここにいるコーラサラマンダーを毒殺処分にします! 毒注入お願いします!』
実況が叫んだ。
おいおいおい、マジかよ!
毒注入ってそんなのありか!
その時、水が流れ込まれた注水口が開いた。
あそこから毒がでるのか。
くそっ、土壁で防ぐことができるか?
注水口から紫色のドロっとしたものが落ちてきた。