決勝戦前の言葉
僕の快進撃は留まることを知らなかった。
2回戦であえて食べずに残しておいたパラライリベリュルの死骸に美味しそうな匂いをふきつけると、3回戦が始まるや否や、僕以外の魔物は全員そのパラライリベリュルに襲い掛かる。
その集団に泡につつまれた美味しそうな香りを放って、対戦相手の魔物同士の争いを誘発して争わせ、弱ったところを僕がとどめを刺す
3回戦もその手法で勝ち抜き、4回戦、アルビノ種のサンライオン……おそらくいままでで一番強いであろう白いライオンも他の3匹の魔物に襲われて、勝ちぬいたものの瀕死の重傷を負った。
そうなったら僕の敵ではなく、
【経験値1200獲得】
【ヴィンデのレベルが上がった。各種ステータスがアップした。スキルポイントを手に入れた】
【ヴィンデのレベルは最大です。これ以上経験値を取得できません】
【ヴィンデは進化条件を満たしています】
レベルが15になり、進化できる条件を満たしたようだ。
とりあえず、進化は後回しにして、食べるふりしてアイテムBOXに収納しよう。
時間がかかると思われていたコーラサラマンダーだったが、こうしてみるとあっけない気がする。
そう言う意味ではサイモンに感謝しないといけないな。
『まさかのコーラサラマンダー決勝進出! ええと、少々お待ちください』
実況の男がそう言い、
『皆さんにお知らせいたします! 決勝はこちらで用意した魔物と1対1の対戦に変更いたします! つまり、W方式が採用されました! W方式です!』
W方式?
その言葉を聞き、歓声が一斉に沸きあがる。
きっとろくなものじゃないんだろうな。
それに、1対1か、逆に厄介だな。
美味しそうな香りの効果がなくなる。
できることといえば、僕自身に美味しそうな香りを纏わせ、敵の目をこっちに向けるくらいか。
『それに伴い、10分間の休憩にします。302番はコーラサラマンダーを檻に入れて控室に案内してください』
すると、少女は僕の前に檻を持ってきた。
はいれってことだろう。
僕は素直にその檻の中に入り、少女と一緒に控室に運ばれていった。
最初に来たときの唸り声はもう聞こえなくなっていた。
決勝戦は本来5匹で戦うはずだったので、少なくとも4匹は残っているはずなんだが、その声も聞こえない。
殺処分した……わけないよな。貴重な選手だ。じゃあ、ごはんを与えられて、落ち着いたのかもしれない。
ごはん!?
僕は周囲を見回した。
いない、他の奴隷の子供が。
まさか――
「安心しろ、他の奴隷共は出番がなくなったため地下牢に運ばれて行っただけだ」
そう声をかけてきたのは、サイモンだった。
そして、サイモンは人差し指を立て、自分の口に当てる
僕には喋るなってことか。
「W方式を採用する代わりにお前と話す時間が与えられた。本当はそんな糞みたいなルールを認めたくなかったが、俺に選択肢はなかったんだ。それにしても、まさか、お前がここまで残れるとはな、くくっ」
サイモンが含み笑いをした。
勝ち残れないと思っていたのか、と文句を言ってやりたい。
「W方式が採用された以上、お前に勝ち目はない」
サイモンはそう言って俺に顔を近づけ、周りに人がいても誰にも聞こえないように言った。
「魔法でもなんでも使って、試合開始までに逃げろ。お前はよくやった。奴隷を四人助けたんだ。だが、一人は諦めろ。安心しろ、このいかれた試合は今日を最後に二度と開かれることはない」
それは、サイモンが証拠集めを終えた知らせなのだろう。
そして、サイモンは、「じゃあな。二度と会うことはないだろう」とそう言って去って行った。
僕が死ぬことを知り、死別を告げるかのように、だがその本質は、ここから逃げろと言っているように。
あいつ、それを言うためにわざわざ来たのか?
実はいい奴……なわけないか。あいつがいいやつなら、この場で僕を助けようと動いてくれるだろうから。
ただの気まぐれだったのだろう。
僕が逃げても逃げなくてもどっちでもいいと。
でも、逃げるのはいつでもできる。
ならば、最後まで戦う。
あと1回勝てばいいんだ。
ならば――、
最後までやるしかないだろ。
暫くして、スキンヘッドの剣闘士が現れた。
「302番、そいつを舞台の真ん中まで運んで出してやれ」
少女は黙って頷いた。
そして、僕の入った檻を持ち上げて、少女は小さく呟いた。
「……ごめんなさい」
……君は悪くない。驚かすだけになるだろうけど、そう言ってあげたい。
でも、本当に驚かすだけになるかもしれないから、言えなかった。
僕の檻が舞台の真ん中に下ろされ、檻の蓋が開けられた。
その時だった。
僕が入ってきた格子の扉が、隙間のない鉄の扉がスライドしてきて、変わった。
そこだけじゃない。5つ、全ての入り口が鉄の扉になる。
これでは逃げ出すことはできない。
だが、鉄の扉は僕が逃げ出すことを想定してのものではないことがすぐにわかる。
なぜなら、天井付近の壁に隙間ができ、そこから水が流れ出てきた。
まさかの水攻めっ!?
僕は木の檻をひっくり返した。檻の下の部分は隙間がないため、空気をためられる状態になっている。
僕はその檻の上に乗り、少女を檻に掴まらせた。
天井までの高さはだいたい3メートル。それが2メートル60センチくらいになったとき、ようやく水の流れが止まった。
まさか……まさか、こんな状態で戦えって言うのか?
僕の視線の先には、呆れた様子のサイモンがいた。
『それでは戦闘準備が整いました! 登場してもらいましょう! 当闘技場最強の殺し屋に登場していただきましょう! 出でよ!』
そして、鉄の扉の一つが開き、そこからそいつは現れた。
【ブラックシャーク:HP350/350】
海で見たときよりもさらに強いブラックシャークがそこにいて。
僕は思った。やばい、このままだったら勝てない……かも……と。
ブラックシャークが登場すると同時に、再び注水がはじまり、水嵩はさらに増していったから。このままだと、僕も少女もおぼれ死んでしまうかもしれない。
いや、その前に食われるか。
……このままだったら。