選手入場終了
声が聞こえる。
獣たちの唸り声が。飢えを訴える声が。
魔物の姿をしている僕でさえ怯えるというのに。
横にいる少女たちは怯える様子はまるでない。
強い……とは思えない。
彼女達はもう放棄してしまっている。生きようとすることも、生き延びようとすることも。
どうしてこういう境遇に陥ったのか考えてもわからないが、彼女達の生き方は僕の基準では間違っていると思う。
人としても、生物としても。
それにしても腹が減ったな。
……都合がいい……か。
「おい、302番。そのトカゲを運べ」
後ろから男の声が上がった。
振り向くとスキンヘッドの筋肉隆々の男がそう叫ぶ。
トカゲじゃない! イモリだ!
ただ、男の身体も傷だらけで、首輪をつけられていた。
もしかして、剣闘士というやつだろうか?
【98:HP186/189】
番号の名前か。
僕は隣の少女を見た。
【302:HP9/12 MP0/3】
名前が番号。人を人とも見られていない。
まともな食事を与えられていないせいか、HPが3減っており、MPが0になっている。
試合まで少し時間があるか。
僕は献身を使って、少女のHPを3回復させた。
この程度なら2分もすれば全回復できる。
「…………?」
少女は何があったのかわからず、辺りを見回した。
ヒールなら淡い光に包まれるが、献身による回復は他の人からは見えないから、剣闘士の男にはわからないだろう。
「なんだ? とっとと持っていけ!」
剣闘士に怒られた少女は黙って頷き、僕を闘技場のホールへと運んでいく。
暗い通路から明るい闘技場に出た僕はその眩しさに目を眩ませた。
同時に、歓声が起こった。
円形になった闘技場、5つの格子の扉。僕も通れないくらいの細かい格子だ。ピエールクラブなら通れるだろうから、いざとなったら逃げられる。
あと、上からも逃げられるか? と思ったが違うようだ。
……凄いな、闘技場の上部を覆っているのはガラスか?
ファンタジーの世界にガラスに囲われたスタジアムがあるなんて。
強化ガラスなのだろうか?
ただし、小さな穴が開いているので、声はこっちに届いてくる。
「おぉ、黒い……メラニスティック種か! これは珍しい! 死体が残ったらぜひ私に譲ってくれ! コレクションに加えたい」
「トカゲざますか。キモチワルイざます。勝ち残ってチャッピーちゃんが食べたら大変ざます」
「まったく暴れる様子がないが、あれで戦えるのか?」
声が聞こえてくる。全員醜い顔をしている。
人が死ぬのを見て楽しむなんて下品な奴らだ。
ていうか、あのおばちゃんのペットもこの大会に出場させているのか?
ペットに殺し合いさせるなんて何を考えてるのか。
そうこうしているうちに、魔物が運ばれてくる。
【ビッグマウス(アルビノ種):HP18/18】
白く大きい鼠。
ハツカネズミのようだが、その大きさは小型犬くらいある。
【グリーンスライム(ダブル);HP12/12】
今度はスライムか。核っぽいものが二つある。だからダブルなのかな。
ガラスのケースに入れられて運ばれてきた。
あいつなら格子の檻からも逃げられそうだ。
【コーラサラマンダー(アルビノ種):HP40/40】
今度は僕と同じ種族らしいが、真っ白だ。
【コボルト(青毛):32/32】
二本足で立つ犬のような魔物。檻が狭いせいで、中で蹲っている。
青い毛のコボルト。HPはコーラサラマンダーより低いが、石斧のようなものをもっているのは厄介かもな
確か、最初の迷宮で見たコボルトは茶毛だったから、これもレアモンスターなんだろう。
1回戦は強い魔物同士を戦わせるというより、珍しい魔物を見せ合う場らしい。
『レディース・エーン・ジェントルメーン! 皆さま、お待たせしました。たったいま1回戦の選手入場が終了しました』
男の声が聞こえてくる。マイクこそ持っていないが地声が地下空間に響き渡り、コダマして僕のところまで届いた。
『投票はあと3分で締め切ります。一番人気は青いコボルト! 倍率1.5倍になっております』
ぐっ、じゃあ僕は2番人気か。
やっぱり武器を持っているというのは有利なのかな。
『二番人気は白いコーラサラマンダー、倍率は3.8倍、僅差で3番人気は黒いコーラサラマンダー、倍率は4.0倍になっております』
……負けてるのか、くそ。
僕が勝てば4倍かぁ。サイモンが信用できる奴なら、金を預けて全財産僕に賭けてもらうんだが。
『それと、皆さま! 実はこの黒いコーラサラマンダー、人に恋するイモリでございます!』
え?
『なんと、庭で見かけた、ここにいる少女に恋をし、この子を守るためにここにやってきた!』
待て、何の話だ!? 僕が恋をしたのはノーチェだけだぞ!
思い出した、さっきサイモンとゴンザレスが話していた、面白いショーになるとはこのことか。
僕が少女を守って戦うのを見世物の一つにしようとしているんだ。
確実に僕を1回戦から出場させるために。
「おぉ、人間に恋する蜥蜴か! 面白い、お前に金貨10枚賭けるぞ」
「私も賭けるわ!」
僕の人気が上がっていく。
僕を応援するくらいならこの子を助けてやれよ。
まぁ、そんなことをするような奴ならこんな見世物を笑って見ないか。
『それでは投票を締め切りました。では、間もなく試合を開始します』
他の檻やガラスケースには紐がつけられていて、それが引っ張られると開く。
僕の檻は少女が開けるようだ。
その前に――少女がナイフを取り出し、自分の腕を切った。
血が零れ落ち、その匂いが僕の鼻孔まで届いた。
これをあと5回もさせないといけないのか。
『では、試合開始です!』




