僕は貨幣価値を理解した
3時間ほど歩き、森を抜けた。さらに歩いて30分、昼くらいに町に到着した。
町は高さ1メートルほどの木の柵に囲われているようだ。
入口の前に一人の若い男が立っている。門番みたいだ。
「ここからは喋るなよ」
サイモンの命令に僕は頷いた。言われなくてもわかってる。
そして、僕たちは門へと向かった。
「その魔物は?」
「俺がテイムした魔物だ。首輪もつけている。問題ないだろ」
「規則ですので、三の命令をお願いします」
三の命令? なんだ、それ。
そう思ったら、サイモンはめんどくさそうに、
「右後ろ足を上げろ」
……? とりあえず右足を上げる。
「左後ろ足を上げろ」
言われた通り左足を上げる。
「右前足、左後ろ足を上げろ」
右足? 左足? 両足を上げる?
逆立ちをしてしまい……サイモンが睨み付けてきたので間違えたのに気付き、今度は直立して両手を上にあげ、それも間違いだと気付き、右手と左足を上げた。
バランスをとるのが難しい。
「……いいでしょう。通ってください」
ふぅ、なんとか許可が出たようだ。
三の命令って三回命令を出すことなのか、この動作が決まっているのか。多少のミスは許されるようだ。
いやいや、足とか言われても、正直、いままで魚として0本足で生きていたし、人間の時は2本足、蟹の時は10本足だったから、前足とか後ろ足って言われてもピンと来ないんだよ。
決して僕がバカとかじゃない。
サイモンは呆れて何も言わないようだが、決してバカじゃない。ちょっと緊張しただけだ。
そして、町の中に入った。
森が近いためか、木造の建物が多い。
そこそこ活気があり、通りに露店も並んでいる。
リンゴ1個が銅貨1枚か。
他にも、パンのようなものを売っているお店や、アクセサリーを売っているお店もある。
花のブローチとか、ノーチェに似合いそうだな。銀貨1枚……500円くらいか。
また、ここが異世界だと改めて認識できるできごとが。
猫耳のお姉さんとお兄さんが僕の横を通り過ぎて行った。
振り返ると尻尾が生えており、しかもその尻尾は動いていてそれぞれ絡め合っていた。猫人族とか?
まぁ、ここが異世界だっていうのは最初からわかっていたし、ノーチェもエルフだったからわかっていたことだけど。
このまま大通りを進み、剣と盾の看板のかかった店にサイモンは入って行った。
武器防具屋? と思ったら、武器や防具などが売っている雰囲気はない。どちらかといえば酒場のような雰囲気の店だ。
昼飯でも食うのかな? と思ったら、サイモンは奥のカウンターに行く。そこには、若い女性がいた。
「これとこれを買い取ってもらいたい」
よく見えないな。僕はサイモンの足を掴み、その身体をよじ登って行き、肩まで行った。
前の女性は僕の姿を見て、一瞬、顔をしかめたが、それでもすぐに笑顔に戻る。
サイモンが出したのは、金のブレスレットとプラチナリングだった。あと、カードがある。冒険者ギルド員登録証……Aランクか。
そうか、ここは冒険者ギルドで、買い取りとかもしているのか。
僕は左手を虚空に入れ、プラチナリングを1個取り出してカウンターに投げた。
「三つに変更だ」
「かしこまりました。査定しますので少々お席でお待ちください。何かお飲み物をご用意しましょうか?」
「麦酒と、こいつに水を頼む」
そう言って、サイモンは銅貨を7枚、お姉さんに渡した。
僕は水か……と思ったが、そういえば、こういう町だと酒よりも水のほうが高いんだっけか?
後で代金を請求されるかもしれない、だとすれば、どうせなら久しぶりに牛乳でも飲みたかった。
酒場で牛乳を頼むと笑われるというのは相場で決まっているが、昼間から酒を飲む奴らよりはマシだと思う。
「あと、個室を使いたいんだが」
「ミーティングルームの使用料は10分銅貨1枚になっております」
サイモンは銅貨3枚を取り出しておいた。
30分使うということだ。
「こちらがカギになっております。飲み物はそちらにお持ちしてよろしいでしょうか?」
「頼む。査定結果もそっちで伺う」
サイモンがカギを受け取り、通路奥の葉っぱのマークの部屋の鍵を開けて入った。
ソファーとテーブルのみの部屋で、調度品どころか窓すらない。
僕はそのソファーの上に座る。久しぶりに柔らかい椅子だ。
「索敵を使えるな。扉の前に誰かが来るまで話していいぞ」
「ここは冒険者ギルドなのか?」
僕が訊ねても、サイモンは何も答えない。
「査定って何分くらいかかるんだ?」
訊ねても、サイモンは何も答えない。
「冒険者ギルドってどういう施設なんだ?」
訊ねてもサイモンは何も答えない。っていや、何か言えよ。
ただ、さっきの冒険者ギルド登録証に書かれた名前を思い出す。
そこには、やはりサイモンと書かれていた。
サイモンというのは偽名で、本名はアルフレドなんだが、本当に偽名が本名になってるんだな。
冒険者ギルド、冒険者登録すれば身分証明にもなるし、仕事もできる。
人間になればギルドに登録して仕事をするのもいいかもしれない。
薬草採取とかするんだよな。
さっき、建物の中にいた男達の様子を見ていったけど、HPは30~50が平均。多いものでも100くらいしかない。MPなら0の者もいたくらいだ。
HPが300近くあるサイモンはやはり強いということだ。
隠形スキルを持っているものもいないのだろう、全員索敵で認知できた。
暫くして、男の人が水の入ったペット用の皿と、麦酒の入った木のカップを持ってきた。
僕は長い舌を伸ばし、水を飲む。
いつも海水ばかり飲んでいたせいか、水を飲むという行為が久しぶりな感じがする。
無言のまま時間が過ぎた。15分くらい経っただろうか?
さっきの受付嬢のお姉さんがやってきた。
「査定が終了しました。プラチナリングは金貨6枚と銀貨30枚。金のブレスレットは金貨1枚と銀貨2枚、銅貨50枚になります」
「それでいい」
プラチナリングが金貨6枚と銀貨30枚ということは、銀貨63枚をサイモンに渡せばいいということか。んー、3万円くらいか。
「大金になりますので、当ギルドで用意できるのは金貨10枚までになっており、残りはギルド口座への入金になりますがよろしいでしょうか?」
「いや、金貨6枚と銀貨100枚でいい。残りは全て口座に入れてくれ」
「かしこまりました」
……ん? そういえば、銅貨50枚っていってたよな。だとしたら、銅貨50枚は銀貨1枚の価値もないってことか。
銅貨100枚で銀貨1枚? リンゴが1個銅貨1枚ということは、銀貨1枚って、リンゴ100個分!?
少なく見積もっても銀貨1枚5000円、普通に考えたら銀貨1万円じゃないのか?
「サイモン、銀貨10枚って大金じゃないかっ!」
お姉さんの気配が遠のくのを確認して僕は叫んでいた。
5000円なんてとんでもない。
「大金だな。ギルド職員の平均給与が1日銀貨1枚だから、ざっと10日分だ」
はじめて僕の質問に答えたサイモンは、だが、
「だが、いいだろ? お前が払うのは銀貨10枚ではなく、お前の言った通り査定の1割だ。問題あるまい」
「そりゃそうだけど」
10分後、金貨6枚と銀貨100枚がサイモンに手渡され、うち金貨5枚と銀貨67枚が僕に渡された。
腑に落ちない感じはあるが、でも僕が言いだした契約通りの結果になった。
ギルド職員の1年半分の給与か。
これだけあれば欲しいものが買えるな。
大金を入手したので、それをアイテムBOXに入れる。
【称号:小金持ちを取得した】
おぉっ、称号GET!
幸運が1増えてる。幸運がどう影響するのかわからないが、得した気分だ。
これもプラチナリングが大金で売れたおかげだな。
「でも、なんでプラチナリングってこんなに高いんだ?」
「白金は鉱石そのものは安い。だが、加工する技術がほぼ確立していない。凄腕の錬金術師が数ヶ月かけて鉱石からインゴットにし、凄腕の鍛冶師がそこからリングに数ヶ月かけて加工するものだ」
「へぇ……」
サイモンは大金が入ったためか、ようやく僕の質問に答えてくれた。
ちなみに、冒険者ギルドを出るときに客の話を聞いて気付いたことなんだが、このあたりの井戸水は飲み水として適しているため、基本的に飲料水は無料だそうだ。




