設計は狂うためにあるのだと知った
「偽名かよっ!」
思わずツッコミを入れていた。
「偽名だが、俺は誰にでもこの名前を使っている。偽物のほうが本物よりも本物であるということはよくあることだ」
サイモンは淡々と説明した。
イミテーションの宝石のほうが本物の宝石よりも宝石っぽいってことか?
もしくは、芸名のほうが本名よりも有名な芸能人ってことか?
それとも、小説家のペンネームのことだろうか?
確かに、小説家にサインを求めて、小説家の世間に知られていいない本名を書かれても困る。
「なるほど、なら、アルフレドのほうがお前にとっては偽名なんだな」
僕は不敵な笑みを浮かべてそう尋ねた。
【アルフレド:HP298/298 MP250/250】
そう、僕には本名が見える。まぁ、今思い出したんだけど。
索敵が通じないことに気が動転して、相手の強さを見るのを忘れていた。
……やっぱり強いな。MPが高いから魔法とか使いそうな気がする。
「アルフレド? なんだ、その名は」
「は? とぼけても無駄だ。僕のスキルにより、丸わかりなんだ。それがあんたの本当の名前――」
「そうか、俺の本名はアルフレドというのか。それは知らなかった。いいことを無料で聞くことができた。金はやらんが感謝する。礼にその魚の骨をやろう」
……マジか。
こいつ、自分の本名を知らなかったのか?
僕は魚の骨を食べながら考える。
【スキル:“悪食”の効果により経験値1獲得】
いや、サイモンは平気でうそをつく男だ。ならば、アルフレドという名前を知っていて、それでも知らなかったと言って……どんなメリットがある?
そもそも、偽名を使うことすら意味があまり感じられないのに。
だが、それ以上にサイモンのことを信用できない。
「もういい。僕はもう寝る」
夕日も沈みかけている。
家を作って寝よう。
「落穴! 落穴!」
縦穴と横穴を掘り、
「じゃあな、サイモン。久しぶりに人と話せて楽しかったよ」
そう言いながら、毒を流されたら困るので、離れた場所に出口を作り、そこから脱出し、他の場所に穴を掘って寝ることにした。
そして、翌朝。
穴から出た僕の目の前に剣が振り下ろされた。
土を抉る剣、それを握っていたのは、やはりサイモンだった。
「なんでだ! 匂いがしなかったぞ」
「教えてほしければ情報料だ。あと、命を助けてほしければ金を寄越せ」
「は? 命の代金は昨日払っただろ!」
「昨日言っただろ。今日のところは見逃してやると。今日を過ぎれば見逃さないさ」
この詐欺師め……流石に腹が立つ。
「……落穴!」
僕は叫んだ。サイモンの足元に落とし穴を作るために。
いくら強いとはいえ、咄嗟に穴を掘られたらって、え!?
サイモンは穴が現れる前に跳び、穴を避けていた。
だが、その着地点を狙えば!
「落穴!」
今度こそ、そう思ったらサイモンのやつ、剣を大地に突き刺してそっちに身体を移動させた。
まるで忍者のような身のこなしだ。
なら、今度はその剣を突き刺した場所を狙って――
「土壁!」
サイモンが叫んだ。
……え?
突如、僕の下の大地が急激に膨れ上がり、僕を宙へと押しのけた。僕の身体は放物線を描いて飛んでいき、
そして――僕の尻尾はサイモンに掴まれ、口を押さえられる。
こいつ、僕と同じ土魔法が使えたのか。昨日、MPが高いことを確認していて魔法使いである可能性を考えていた。
なのに、剣ばかり使ってくるからすっかり忘れていた。
何より、こいつがウソつきだってことを忘れていた。
剣で戦うからこそ、こいつは最後に魔法を使う、そういう奴なんだと。
「チェックメイトだ」
そう言って、サイモンは僕に剣を突きつけ、「次、無断で魔法を使えば即座に殺す」と言い切った。殺意を込めて。
そして、僕の口から手を離す。
「お前にはこれからいろいろと教えてやろう。俺がどうやってお前の居場所を知ったのかも、どうして匂いを感じなかったのかも。だから、俺の仕事の協力をしてくれ」
「……拒否権は?」
「ある。あるからこそ、俺はこうして下手に出て頼んでいる」
下手に出てるやつが剣を突きつけるわけないだろうが!
「拒否権があるなら、当然断る」
「なら殺す。あの世で悔いるんだな」
「それって拒否権がないのと同じだろうがっ! わかったよ! 協力するよ!」
「そうか、感謝する。断られるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ。こんなに緊張したのは今の女房に告白した時以来だ」
「どの口からそんな言葉が出るのか、お前の神経を疑うよ」
「結婚しているというのもウソだがな」
「だろうなっ!」
僕の人生設計……いや、両生類生設計だから、略して両生設計? まぁいいや、とにかくそれは、サイモンの出現によって大きく狂うことになるのに、この時の僕は当然気付いていた。




