アトランティスの集大成
ありがとう。
延々と続く孤独の日々を一人生きていたプログラム。
役目を与えられ、その役目を果たすこともできないまま待ち続けた彼にとって、例え蟹であろうとも僕は待ち人だった。
3000年、いや、それ以上。
気の遠くなるような、いや、気が狂いそうになるほどの年月。だが、プログラム故に気が狂うこともできない彼にとって、その時間は一体どんなものだったのか。
想像力豊かではない僕には想像すらできない。
「せっかく来たのに茶を出してやることもできない。せめて、この世界について聞いていかないか?」
「この世界か」
「周囲の情報を収集する機能はまだ生きている」
「じゃあ、世界にいる強い生物について教えてくれ。例えば、カオ・エポラールみたいな」
「カオ・エポラール……海のギャングだな。海の魔物の中での序列は12番目じゃ」
「……あれで12番目……マジかよ」
フォーカスでさえ敵わないといっていた鯱の化け物が……
「海の魔物の中での序列第一位は、今は封印されておるが一角鯨という化け物での、1億近いHPがあると聞く」
「1億か……アルモニーの1/9だな」
確かにそれは化け物だ。封印されていて正解だ。
そんな奴の封印が解かれたら、人類は間違いなく滅ぶだろうな。
「……アルモニー、調和の魔王だな」
「知ってるのか?」
「うむ。魔王は迷宮の奥にいる存在。迷宮はここから遥か東、ラビスシティーの奥にのみ存在する。じゃが、極稀に他の地に魔王が降りたち、そこに迷宮を作る。それを破壊するのがアルモニーだ」
「……なんのために?」
「力をあるべきところに。奴がそう言ったことを千年以上前に聞いたが、詳しい理由はわからぬ」
そうか。
まぁ、平穏を何より望む僕にとって、おそらくアルモニーと出会うことは二度とないだろうが。
「じゃあ、次に、経験値だ。僕は経験値が欲しいんだが、何かうまい話はないか?」
「確か、ブラックドラゴンになるためじゃったの……うむ……捕食、というスキルを知っておるか?」
「知ってるも何も、持っている」
「レベルはいくつじゃ?」
「レベル? 2だけど」
「なら話は早い。ついてこい」
爺さんに案内されるがまま、僕は来た道を引き返していった。
そして、行きついた先は宝物庫だった。
宝石等の貴金属が置かれている。
ただし、どちらかというと書物の方が多かった。アトランティス人にとって、なによりの財産はその知識だったのだろうな。
「捕食スキルは、レベルが上がるたびに経験値の入手値が上がるスキルじゃ。レベル2なら1.5倍、レベル3なら2倍、レベル4なら3倍、レベル5なら5倍になる」
「5倍……それは凄いな」
なら、レベル7くらいになったら10倍とかになるのかな。
「捕食レベルを上げるには、量もそうだが、珍しいものを食べることが重要だ。オリハルコン丸薬。一度きりじゃが、ワシの情報が正しければこれで一気に捕食経験値があがるはずじゃ」
そう言って、爺さんは部屋の隅にある光る小さな球を指さした。
これが……オリハルコン?
「ここにある延べ棒もそうじゃが、そんなサイズ食べられないじゃろ。これで十分だ。飲み込め」
「金属を飲み込むのって抵抗あるなぁ」
そう言いながら、僕は爪でそのオリハルコン丸薬を取って飲み込んだ。
【称号:レアアイテムイーターを取得した】
【スキル:アイテムBOXを取得した】
【捕食のレベルが4に上がった】
おぉっ!
「凄い、なんか称号とスキルも覚えたし、マジで捕食レベルが4に上がった」
これで経験値3倍か。あとアイテムBOXがレベル1。
【レアアイテムイーター:それを食べるなんてとんでもない!:アイテムBOX入手orアイテムBOXレベルUP】
……………………………………………………
アイテムBOX:Lv1
レベルアップ条件:アイテムBOXにレアアイテムを多く入れる。
効果説明:亜空間にアイテムを収納できる。
ストレージ 0/100
……………………………………………………
凄いものがきたな。
「ありがとう、凄い効果だったよ。ところで、ついでにお願いなんだけど、ここの財宝ちょっと貸してもらえないか? アイテムBOXにレアアイテムを入れたらアイテムBOXのレベルが上がるはずなんだよ」
「もともとこの財宝は困った転生者を助けるために用意したものだ。好きなだけ持っていってかまわぬよ」
アトラスが笑って言うので、じゃあ遠慮なく、と僕は爪でアイテムを掴んで虚空に押し込むイメージでアイテムを入れて行った。うーん、数億円の価値はあるんじゃないだろうか? 量はそれほどはない。
最初の宝石を入れただけでアイテムBOXのレベルが3に上がり、最終的にはレベル5にまで上がった。
ストレージは292/1000000となっている。レベル1上がるごとに10倍になったからなぁ。もう容量無限といってもいいほど余裕がある。
大金持ちとかの称号がないのは残念だ。
現金に換えたらもらえるかもしれないけど、でも、これでノーチェとの結婚式は盛大なものができそうだ。
「ありがとうな、アトラス。お礼に僕に何かできることはないかな?」
「うむ、実は頼みたいことがある。一緒に来てくれぬか?」
もちろん、ここで断るようなことはしない。
一生ここにいて茶飲み友達になってくれ、なんて言われたら断っていたが、月に1度くらいは会いに来るのもいいかと思っていた。
僕たちが向かったのは、最初のアトラスと会った場所だった。そして、アトラスは奥にあるボタンを指さして、
「このボタンを押してくれないか? 大切なボタンじゃが、自分で押すこともできずに困っておったのじゃ」
「なんだ、そんなことか。わかった、任せてくれ」
僕はそう言って、赤いボタンをぽちっと押した。
その時だった。
【施設破壊装置作動。残り10分で当施設は爆破消去します】
なっ、もしかして、これ、自爆ボタン
【全隔壁の開放確認。これより海水が流れ込みます】
「アトラス! なんだよ、これ!」
「爆発は外には届かぬ。早く逃げるんだ。ありがとう。これで眠れる……本当にありがとう、ヴィンデ……ワシの最期の友よ」
そう言った直後、アトラスの姿が消えた。
同時に、通路にあった光が消え、非常灯のような赤い光に変わった。
【従来システムダウン。非常システムに切り替え完了】
システムダウン……つまり、アトラスはたったいま……死んだってことか。
その時、中に海水が流れ込んできた。
変身!
僕はブラックリトルシャークの姿に戻り、海水の流れに逆らって入口へ向かった。
そして、5分以上の余裕を残し、階段まで到着。
一瞬後ろを見たが、そこはもう海水に満ちた通路だけが広がっている。
さよなら、アトラス。ゆっくり眠るんだぞ。
そう呟き、僕は施設を出た。
それから5分後。海に沈んだ都市の地下から爆音が響いた。
再び見に行ったら、地下へと続く通路は完全にふさがっていた。
地盤沈下も起きていないのに落盤があったように見える地下通路を見て、再びアトランティスの技術の凄まじさを感じた。




