たまには食事の意味を考える
砂浜を見つけ、そこから上陸することにした。
今まで足の無い状態だったのに、いきなり8本の足で歩いているのは正直妙な気分だ。
でも、全部自分の思い通りに使えるから余計に不思議な感覚。
今更だけど、ピエールクラブって、クラブの名前のわりにはヤドカリみたいだよな。
背中の甲羅は外せないけどさ、前に進むことも可能だし。
波の勢いを利用して上陸!
やったぁと爪を上に掲げた!
刹那――波が再度押し寄せ、僕を海の中で引きずり込む。
……くそっ、やられた。今度こそ!
というバカな行為を4度繰り返し、波の届かない砂浜に到着。
砂の熱が足に伝わってくるが、人間の素足よりは耐えられる。
よし、改めて言おう!
上陸したぞぉぉぉっ!
生物学にとっては小さな一歩だが、僕にとっては大きな一歩だ。
まさか、カニになって上陸するとは思ってもいなかったけどな。
まぁ、これもピエールクラブのレベルを上げて、MPを10にするまでの短い時間だ。
『やっほぉ、神様だよぉ! あれ? 間違えた、ごめん、忘れて!』
……やば、ノイズが聞こえた。
とりあえず、今は食べられそうなものを探して、
『って、やっぱり君じゃん! なんで蟹なんてやってるのさ!』
うるさい、バグだバグ!
デバッグをきっちりしないからこうなるんだ!
『仕方ないじゃん、今はネット配信でいつでも修復できるから、つい手を抜いちゃうんだよね。デバッグにかける費用を減らしてもいいじゃん。システムが複雑化しすぎて、一発で完成品を作るなんて無理だよ』
……ノリ突っ込みの長い神様だな。
ネット配信でもなんでもいいから、僕の最大MPを10にしてくれ。それで万事解決だ。
『最大MP10? あぁ、そうか、ようやくわかったよ。変身スキルだね』
今まで気づかなかったのか?
『言ったでしょ、そっちの世界は私の管轄外だからさ。変身スキルは本来、今まで進化してきたものにしか戻れないスキルのはずなのに』
なるほどな。で、最大MPを10にしてくれないのか?
『うーん、無理。頑張って、レベルを上げるか、称号を覚えるか、スキルを覚えるかしないとね』
称号?
スキル?
あぁ、称号で最大MPは増えるし、MP節約系のスキルがあれば7でも行けるな。
MP3割以上削るスキルってあったっけ?
【MP消費1/2を取得するにはスキルポイントが足りません】
だよね。ていうか、10ポイントまでのスキル一覧は全部確認したけど、そんな都合のいいスキルはなかった。
かといって、称号なんて偶然手にはいるものだしなぁ。
変わった称号を覚えようと思ったら、変わったことをしたらいいのか?
壁にひたすら体当たりをするとか……まるでデバッグで操作されるキャラみたいだな。
『でも、君が元気そうでなによりだよ! 一人で寂しくなったらまた話に来るから、元気でね!』
本当ににぎやかしにきただけか!
と、とりあえず、邪魔が入ったが、今は食べられるものを探そう。
索敵スキルによると、このあたりに白色の獲物の気配がするんだけどな。
この穴の中か。
穴の奥になにか動いてるな。
僕がそっと穴の中をのぞき込むと、そこから巨大な爪がのびてきた。
【プラージュクラブ:HP5/5】
出てきたのは、僕の大きさの倍はある蟹だった。
沢蟹のような形の茶色い蟹が僕目掛けて爪を振り下ろす。
やば、こんなの喰らったらひとたまりもない。
そう思い、僕は咄嗟に避けようとしたのだが、なれない砂地のため、避けるのに失敗。
プラージュクラブの爪が僕に当たり――あれ? 痛くない。
ていうか、プラージュクラブの爪が大きく欠け、
【プラージュクラブ:HP3/5】
になっている。僕のHPは1減っているが、プラージュクラブのほうがダメージは大きい。
……あぁ、鮫肌か。蟹になったとはいえ、鮫肌のスキルは健在。
ならば、一気に倒す!
僕は鋭い歯で……って歯が小さい!
なら、爪で攻撃!
挟むんじゃなく叩く!
一撃だった。
プラージュクラブのHPが0になり、横たわる。
【経験値1獲得】
うん、寂しい経験値だ。
ただ、ここでも僕はそれなりに生きていけそうだ。
よし、次はこいつを食べて、捕食で経験値を――ん?
無意識で僕は爪と足をひっこめ、石に擬態していた。
何があったのか理解したときには、すでにドス黒い気配が僕の横まで迫っていて、遠ざかって行った。
気が付いたときにはプラージュクラブの姿は消えてなくなっており、遠くに飛び去るトンビのような鳥の姿があった。
……地上恐ろしい。
と思ったら、頭上には先ほどと同じ種類の鳥の姿が。
僕はとりあえずプラージュクラブの堀った穴の中に入って、鳥の気配がなくなるのを身を潜めて待つことにした。
穴の中に入っていくと……僕の前にそいつらがいた。
【プラージュクラブ:HP1/1】
【プラージュクラブ:HP1/1】
【プラージュクラブ:HP1/1】
さっきの蟹の子供たちか。
僕はじっと彼らを見つめた。そして――僕は彼らに爪を振り下ろす。
【経験値1獲得】
【経験値1獲得】
【ヴィンデのレベルが上がった。各種ステータスがアップした。スキルポイントを手に入れた】
【経験値1獲得】
殺した。殺して経験値にした。
【MP 9/9】
MPが1上がっている。あと1レベルだ。
そして、息絶えた子蟹たちを見て、僕は彼らを爪で切り刻んで口に食べていく。
【スキル:“捕食”の効果により経験値1獲得】
彼らの命を噛んでいく。
【スキル:“捕食”の効果により経験値1獲得】
殺すと言う意味を理解していく。
【スキル:“捕食”の効果により経験値1獲得】
食べ終えたとき、僕は小さく息を漏らした。
生存競争。そう言ってしまえばそれだけのことだ。
だが、どうしてもこの子蟹たちを湖に残した子供たちと比べてしまう。
そして、僕自身を、無慈悲に命を奪ったアルモニーと比べてしまう。
それでも、僕はやはり生きたかった。
……あれ、なんか今、僕、大事なことを見逃した気がするんだけど。




