花言葉は運命を呪う
一人残された僕は、海に沈んでいくフォーカスの身体を背に乗せた。
重い。
【死者蘇生を取得するにはスキルポイントが足りません】
うるさい、知っている。
【死者蘇生を取得するにはスキルポイントが足りません】
うるさいっ!
【死者蘇生を取得するにはスキルポイントが足りません】
うるさいって言ってるだろっ!
僕は思わず、叡智をOFFにした。
言われなくても知っている。死んだ人間は生き返らない。そんなことくらい知っている。
そして、言われなくても、フォーカスが死んだことくらい知っている。
なのに、死者蘇生の存在を知ってしまった僕は、そのスキルをどうにかして手に入らないかと思ってしまう。
意識してしまう。
結局、最後までなにもできないのに、覚えられもしないスキルに頼ってしまう僕がひどく情けない。
そんな僕自身に腹が立つ。
今はフォーカスを、迷宮の中で眠らせてあげる。
僕にできるのは、それだけであり、それだけしかない。
……いや、違うか。
僕は反転し、その身体を岩礁地帯へと向ける。
腹に岩礁が当たり、僕の身体が傷ついていく。
でも、こんな痛み、フォーカスのそれに比べたら大したことがない。
砂浜付近に来て、僕の身体が乗り上げる前に、僕は身体を大きく揺さぶり、フォーカスの身体を砂浜へと投げる。
そして、
「土針! 土針! 土針! 土針!」
砂の槍がフォーカスの周りに突き出す。
その砂、そして土はフォーカスの下にあるものも使われているため、フォーカスの身体は徐々に砂浜の下へと沈んでいく。
土針を二十本ほど作ったところで、
「土針! 土針! 土針!」
今度はその砂の槍から横に伸びる槍を生み出させ、砂の槍をぶち壊していく。
砂埃をあげて崩れるそれを見て、僕は嘆息を漏らす。
アネモネの住むこの島で眠ってほしい。
僕の勝手なエゴなのだろうし、ツンデレフォーカスのことだから、「勝手に思いを捏造するな」とかあの世で言ってそうだが、僕からの餞別だ。
そう思った時、何かが砂浜に近付いてくる気配を感じた。
色は白……そして、それは――
「アネモネ……」
「ヴィンデさん、お別れに来ました」
アネモネは笑みを浮かべる。
フォーカスが死んだことをアネモネは知らないのだろう。もしかしたら、父の無事を確認して、フォーカスに会いに来たのか?
そんなことを思ったんだが、
「やっぱり、フォーカスさんは死んだんですね」
「……やっぱり?」
「ええ、彼が死ぬことを知っていました」
死ぬことを知っていた?
それって、海面に出たら、アルモニーに殺されることを知っていた、ということか?
フォーカスが話したのか?
「私は――いいえ、私は、アルモニーと取引をしたんです。フォーカスさんを殺す手伝いをする代わりに自分達の身を助けると」
え? 取引?
「そのために私はフォーカスさんがいるという海面で漂流させられました。彼をおびき寄せるために。セルキーという種族は、人に優しい種族です。きっと助ける、アルモニーはそう思ったのでしょう」
アネモネは語った。
もう、やめてほしい。やめてくれ。
「アルモニーの言う通り、フォーカスさんは助けにきてくれました。そこで、アルモニーに襲われたフォーカスさんは怪我を負いながらも、私を守って、迷宮の中に入りました。その時、最後の攻撃で、迷宮の入り口が壊れてしまったのは、アルモニーにとっては計算外だったんでしょうね。迷宮は壊れないはずなのに。通路は迷宮ではなく、ただの縦穴だったんです」
なんでそんなことを僕に伝えるんだ。
「私は焦りました。フォーカスさんを殺す期限は5年。5年以内に殺せないのなら、村人を全員殺すと言われていたんです。私はチャンスを窺い、フォーカスさんをどうにか海上に行かせられないか、そう思っていました」
「お前は、ずっとフォーカスを殺すために一緒にいたのかっ! フォーカスはお前のことを――!」
「知っていますよっ! 彼が私のことを好きなことを――でも、仕方ないじゃないですかっ! 彼を連れて行かなければ、彼が殺されなければ、罪もない私の村の人が、何も知らない村の人が、私の家族が全員死ぬんです!」
アネモネが叫んだ。感情を露わにして。
「フォーカスさんも知っていたんです! 私がアルモニーの使いであることを。だって、私が話したんですから!」
「……じゃあ、フォーカスは全てを理解して――」
フォーカスは言った。
覚悟はできていると。
それは、奴に出くわしたために持った覚悟ではなく、最初から死ぬ覚悟だった?
そんなの、そんなの悲しすぎるだろ。
「……ヴィンデさん、ヴィンデさんの名前の由来、教えます」
え?
「ヴィンデは花の名前です。朝顔という花の別の呼び名です」
「朝顔?」
ノーチェらしい、可愛い名前だ。
「その花言葉は、愛の絆。絡まっていく蔓を絆に見立てたんでしょうね」
愛の絆……か。
……その話、昨日聞きたかったよ。
ならば、浮足立って喜んだのに。いつも浮かんでいるし、足はないけど。
でも、いま、こんな思いで聞きたくなかった。
「それと、朝顔にもう一つ。そして、私の名前の由来であるアネモネと同じ花言葉があります」
アネモネは言った。
その花言葉の由来を。
そういい、彼女はフォーカスの眠る場所の横に座った。
僕は彼女に尾を向け、沖へと向かった。
くそっ、くそっ、くそっ。
僕は沖へと向かう。
あぁ、僕はあんた達のようにはならない。
そう告げて。
『その花言葉は――儚い恋。人とそうでない者。私達の運命は、最初から決まっているんです』
違う、僕はノーチェと必ず……必ず。




