エルフレッド(偽名)とマイン(偽名)
サイモンはゆっくりと近付いてくる。
まるで親戚の叔父さんのような気楽な感じ。彼からは警戒心のようなものがまるで感じられない。そのため、何も知らない人だったら彼の存在を受け入れてしまうだろう。
しかし、僕はサイモンの恐ろしさを知っている。
僕は念話を使ってノーチェに指示を出した。
『ノーチェ、この男は危険だっ! 近付かせたらダメだ』
「止まってくださいっ!」
ノーチェは僕に従い、一歩、下がりながらサイモンにそう命令した。
「こんな遺跡で何をしているのですか? 冒険者のようには見えませんが」
「なるほど、その疑問はもっともだ。そういう君は冒険者か。なるほど、素晴らしい警戒心だ。自己紹介をさせてもらおう。私はエルフレッドという。国からの依頼でこの遺跡の調査を行っている。もしも君がこの遺跡について何か知っているのなら教えて欲しい」
何がエルフレッドだ、嘘ばかり言いやがって。
前はサイモンって名乗っていただろうが。そう名乗った時は誰にでもこの名前を使っているって言ったくせに、何堂々と別の名前を使ってるんだ。
しかも本名はアルフレドだろう。
「そうですか――私は……マインと申します。この遺跡は先ほど偶然見つけました。失礼ですがお役に立てそうにありません。失礼いたします」
ノーチェは僕の頼み通り、偽名を名乗ってその場を去ろうとする。
「待て、いま嘘を言ったな。マインと名乗ったがそれは偽名だろう。なぜ嘘をつく必要がある? そうか、そのドラゴンの指示か」
――っ!
いまの会話だけでマインが偽名だということ、そして僕の指示だっていうことを見抜いたのか。
流石は嘘つきのベテランだな。
しかし、嘘だという証拠もなければ、僕の指示だという証拠もない。
「確かにこの子があなたに警戒心を持っているため、私もあなたを警戒しています。偽名を使ったのもそのためです――このまま失礼します」
「『この子』という時にやや違和感があった。普段は名前で呼んでいるのだろう。そのドラゴンの名前はなんという?」
……おいおい、ノーチェの台詞には違和感らしきものなんてほとんど感じられなかった。にもかかわらずそこにまで辿り着くのか?
ダメだ、もう何も話してはいけない。
何も喋らずに逃げるべきだ。念話でそう言おうとしたら、先にサイモンが口を開いた。
「ヴィンデ」
「――っ!」
「そうか、やはりそうか。いやはや、驚いた。随分と可愛らしい姿になったじゃないか。いや、初めて会った時も似たようなものだったか――そう思うと何も変わっていないのではないか? この数カ月何もしていなかったのか、お前は」
「何がエルフレッドだ、この野郎。偽名の偽名を使ってるくせに本名に近い名前を使うな」
「あの……ヴィンデさん。エルフレッドさんと知り合いなのですか」
「……エルフレッドは偽名の偽名。こいつの本当の偽名はサイモンだ」
「本当の偽名?」
確かにややこしいけれど、そう説明するしかないのでそこは流させて欲しい。
「昔、こいつに散々利用されて死にそうな目に遭った。あの時に儲けた金、半分くらいよこせ」
「あの金は恵まれない孤児を助けるために教会に寄付した。もうない」
ウソをつけ。お前のような奴が教会に寄付なんてするわけないだろ。むしろ神父を名乗って教会から金を毟り取るタイプだろ。
そんなことで騙される人なんて――
「ヴィンデさん、サイモンさんってとてもいい人なんですね」
……ノーチェくらいしかいない。
さっき僕が殺されそうになったって話を忘れたのだろうか?
いや、もしかしたらサイモンが気さくに話しかけてくるものだから、僕の発言が大袈裟に言った冗談に思われたのかもしれない。
「ああ、俺はいい人だ。だからお互い改めて自己紹介をしようじゃないか。俺の名前はサイモンだ。君の名前は?」
「ノーチェと申します。先ほどは嘘の名前を言ってすみませんでした」
「謝る必要はない。さっきも言ったようにサイモンってのも偽名だし、国の命令でこの遺跡を調査しているっていうのも絶対に嘘だから」
「心外だな。調査の依頼を受けたというのは本当だ――依頼書もここにある」
サイモンはそう言って、一枚の紙を取り出した。
それは冒険者ギルドの依頼書だった。
暗視と遠見のスキルを使って細かい文字を読んでみるが、本当に調査の依頼が書かれている。
依頼書が偽造でなければ――だが。
「ヴィンデさん。冒険者ギルドで受けた依頼なら協力しましょうよ」
「……はぁ、と言っても俺がわかるのはここの地図と名前くらいだぞ。ノーチェ、紙とペンを貰ってもいいか?」
「はい」
ノーチェから紙とペンを受け取ると、マッピングスキルを使って周囲の地図を書き写した。結構複雑な道で、しかも隠し扉も多い。
「この遺跡の名前は古代の宝物庫っていうらしい」
「ほう、マッピングスキルを使えるのか。珍しいな」
「珍しい?」
マッピングスキルに必要なスキルポイントは少ないはずだが。
まぁ、洞窟を調査する人間でもなければ、わざわざマッピングスキルを取得しないか。
人間は進化することもないし、変身スキルも覚えていないだろうから手に入るスキルポイントには限りがある。覚えるならもっと有用なスキルがあるということか。
「ちょうどいい。お前たち、調査に付き合え。報酬はふたりで山分けにしてやろう」
「ふたりって、僕を数に入れていないだろ?」
「当たり前だ」
まぁ、僕はノーチェの従魔という扱いだから妥当なんだろうけど、しかし納得いかないな。
「サイモンさん、ヴィンデさんをしっかりとひとりの仲間として認めてください」
「つまり、報酬の三分の二を寄越せといいたいのか? 思っていたよりもがめついな」
「いいえ、私の報酬は必要ありません」
ノーチェはそうサイモンに言った。
サイモンは振り向き、
「俺はどちらでも構わない」
とそう言うと、地図を手に進み出した。
そのサイモンの声がどこか嬉しそうに聞こえたのは気のせいだろうか?
「ノーチェ、いいの? それだとノーチェがタダ働きってことになるけど」
「はい、構いません。本当に私はきっとここではあまり役に立たないでしょうから」
そんなことないよ。
ノーチェがいるお陰で、僕はサイモンに対するストレスを大きく軽減され、あいつに襲い掛からずに済んでいるんだから。




