迷宮の奥には思いもしないモノが
こりゃ、別の出口には期待できないな。
そう思ったのは、あまりにも水の流れがないからだ。
出口が二つあるのなら、水の流れが多少あってもいいはずなんだが、それがまるでない。
どこにいっても水が澱んでいる。
いや、清潔なんだよ?
洞窟の中だというのに、海草が育っていて、小さな魚なども入り込んでいる。
もちろん、魔物のような魚もいるけれど、僕より弱い。
全部餌だ。おいしい。
途中でザリガニとエビの間のような魔物を見つけたが、それが特に美味しかった。
エビチリ、そういえば好物だったんだよな、僕。
また食べたいなぁ。
それにしても、だいぶ奥まで来た。
マップ探索率は半分を過ぎた。
途中でカメの魔物を食べようとしたところ、僕の大事な頬を逆に噛みついて来やがった。
振りほどいて噛み返したが、HPは2減っていた。
ちょうどいいと、泡を出して、ヒールの実験。
うん、ちゃんと回復できている。
しっかり使えるようだ。
これから、定期的にヒールを使って、回復スキルが上がらないか試してみよう。
そう思い、さらに奥に進む。
蟹は迷宮の入り口にだけいるようで、中に入ってからは一匹も見かけていない。
とりあえず、いる魚や魔物を食べていく。
このペースだと、今日中にレベル8になれるな。
レベルいくつになったら進化できるんだろ?
やっぱり10かな。
そう思った時だ。
背中に悪寒が走った。
黒、ではないが赤黒い気配が近付いている。
間違いない、強敵だ!
僕は元来た道を引き返していく。マッピングを見ている暇もない。ただただ泳ぎ、適当に、広くて泳ぎやすい場所を泳いでいく。
そして、どこで間違えたのか、気が付いたら見覚えのない場所にいた。
狭い場所だ。
しかも、赤黒い気配はまっすぐこちらに向かってきている。
くっ。
僕は泡を出して、
「土針! 土針! 土針!」
と連呼。
狭い穴の中に3本の土の槍が格子状に現れ、道を塞ぐ。
苦肉の策だ。あとでこの土の檻を自分で壊さないといけなくなる。
まぁ、同じ土針で壊せるだろう。
そう思った直後だった。
その土の檻はあっけなく壊された。
そして、僕の目の前に現れたのは、アザラシだった。
【フォーカス:HP1800/1800】
後ろに逃げようとするが、通路を曲がったところは……もう行き止まりだった。
あ、詰んだ。
現世終わった。
また来世で会いましょう。
願わくば、エルフとしてよみがえってノーチェの元へ。
……そう思った時だった。
「助けがいる」
アザラシが言った。
「助けたい人がいる。お前の力が必要だ」
え? なんでアザラシがしゃべってるの?
「俺についてきてくれ」
言われて、僕は従うしかなかった。
だって、こいつ、めっちゃ怖そうなんだもん。
従うしかないよ。
それに、僕を殺すなら今ここで殺せていた。
つまり、殺すつもりはないってことだ。
僕はフォーカスについて、迷宮の奥を進む。
魔物は僕たちを襲わなかった。
でも、逃げてもいない。
ただ、フォーカスのために道を開けている、そんな感じだ。
何者なんだ?
「……お前に聞きたい。さっき、空気を出していたな。あれはどうやった?」
空気?
あぁ、泡のことか。
僕は泡を出しその中に口を突っ込んだ。
「これか?」
「そうだ……部下の目を通してみていた。お前がそれを出し、魔法を使っているところを」
「何って言われても、泡ってスキルだ。この中だと肺呼吸はできる。3分くらいで割れるが」
3分、そう言ったところで、フォーカスは渋い顔をしたが、
「連続で使用はできるのか?」
「あ、あぁ。できる。MPが続く限りだから、最大29回」
「……なるほど。なら、合計71分か」
「いや、87分だ」
フォーカスがこちらを睨み付けてきた。
わ、悪い!
でも、仕方ないだろ、87分なんだから。
そして、フォーカスは……己の毛皮を脱いだ……ってえ?
アザラシと思っていたのは毛皮で、中から人間の男が現れた。
……ウソだろ?
「俺の名前はフォーカス。セルキーという種族で、この迷宮の魔王をしている」
「人間じゃ――」
パンっと音を立てて、泡が割れた。
再び僕は泡を出す。
「人間じゃないのか? 魔王?」
「あぁ。魔王とは、迷宮の王の名前の呼び名だ。この迷宮の中にいるすべての魔物は私の配下だ」
「えっと、かなり食べてしまったんですが」
「問題ない。食べられてしまった魔物も、瘴気となりこの迷宮の中を彷徨い、やがて魔物として生き返る」
……よかった、報復はないらしい。
そのあたりは人間の価値観とは少し異なるようだ。
「あ、僕の名前はヴィンデといいます。えっと、ブラックリトルシャークという種族です」
「人の言葉を話す鮫には初めて会った。その様子だと、彼女とも会話できそうだな」
「彼女?」
「ああ、この先だ」
さらに僕たちは迷宮の奥へと進んだ。
分かれ道もない一本道。
途中、かなり凶暴そうな魚がいたが、すんなり通してくれた。
そして、迷宮の奥。
【海底迷宮Dの探索率が100%に達した】
【称号:迷宮ウォーカーを取得した】
【マッピングのレベルが2に上がった】
お、100%達成!
マッピングレベルが上がったのと、あとHPが5も増えてる。
これはラッキーだ。
って、そんな場合じゃないよな。
フォーカス、こっちを睨んでるもん。
あ、この上、空気がある。
そして、フォーカスは空気のある空間へと上がって行った。
僕、陸に上がれないんだけど。
とりあえず、顔を出した。
「きゃっ」
え? 女の声?
僕を見て悲鳴を上げたのは、20歳くらいの青い髪の女性だった。
うん、たぶん人間。
人間……だよね?
口には出さないけど、これだけは思っておこう。
ノーチェのほうが可愛い!




