誘拐犯との衝突
クリスが走る方向に、気配が四つ。
そのうちのひとつはノーチェに違いない。
『静かに止まって』
ここで声をあげたら気付かれる恐れがあるので僕はクリスにそう言った。
『……たぶん、その角の向こうに誰かいる』
「え? ヴィンデさんの声が頭に直接響いてくるんですが」
クリスが驚き声をあげた。しかもかなり大きな声で。
「おい、なんだ今の声は」
あぁ、もっと早く注意したらよかった――でもなんでこのタイミングで大声を上げるかな。
気付かれたのなら、認識阻害を使ってこっそり近付くこともできない。
……そうだ!
『クリスさん、とにかく今は黙っていてね。僕は今から少し姿を変えるけど、驚かないで』
僕がクリスに念話を送ると、彼女は今度こそ黙って頷いた。そして――僕は変身を使った。
弱い魔物には変身できないが、最大HPがある程度ある、つまりはある程度強いことがわかっている魔物になら変身できる。
従魔の首輪を自分で外してアイテムBOXに入れると、変身スキルを使った。
僕の体は徐々に膨らみ、その姿になる。
そう、ベビードラゴンの一つ手前、巨大なサラマンダー――G・Fサラマンダーに変身した。
そして、僕はこの体でのしのしと歩いていく。
決して慌ててはいけない。そして、僕が、竜のヴィンデだと気付かれてはいけない。
幸い、この迷宮は発見されて間もない。ノーチェを攫った悪党共もこの迷宮の魔物全てを把握しているわけではない。
ともすれば、従魔の首輪をつけていない今の姿の僕を、あの竜のヴィンデに結びつけるのはまず不可能だ。
そして、僕がヴィンデだと気付かれなければ、奴らにとってノーチェが人質としての意味があることにも気づかない。
もっとも、G・Fサラマンダーに変身しているためステータスは大きく下がっているし、試してみたけれど飛行関係のスキルも使えない。あと、ノーチェの安全を確保できるまでは、声を出して使う魔法も当然NGだ。
そして、僕は角を曲がった。
そこにいたのは――いた、ふたりの冒険者とノーチェが。
「なんだ、このデカい黒トカゲはっ!」
冒険者が叫んだ。
かつてのお約束が来たっ!
トカゲじゃない! サラマンダーだっ!
当然、ツッコミは今はできない。
僕は敵意の無いフリをするため、大きく欠伸をした。
僅かにだが、冒険者たちの警戒レベルが下がった気がする。それでも僕に近い位置にいる男はロングソードを鞘から抜いて切先をこちらに向けている。
奥にいるのは、短剣を持った冒険者。そして、そいつと一緒にいるのは、手首を縄で縛られているノーチェ。光の弓が腰につけられているが、あの状態だと弓は使えないだろう。
ノーチェの手首に痕が残らないように布をかましている気遣いには僅かに感謝するが、それでもこいつらの極刑は変わらない。
ともかく、短剣の男が、その短剣をノーチェに向けていない今なら、多少暴れてもその短剣がノーチェに刺さることはない。
それが確認できたら今は十分だ。
さて、とりあえずは――と尻尾の先から一本の針を、短剣使いの男に飛ばす。毒針だ――が、当然、ただの毒針じゃない。
「ぐあっ、体が――動かないっ!」
一瞬にして男はその場に倒れてしまう。麻痺攻撃を付加させた、麻痺毒入り毒針攻撃だ。
レベルは低いので麻痺の効果はすぐに切れてしまうが、ノーチェの傍にいる男が動けないのならもう十分。
次は――
「お疲れ様です」
気が付けば、ロングソードを持った男が昏倒していて、その傍にクリスがいて、僕にねぎらいの言葉を送っていた。
「ヴィンデさんっ!」
ノーチェが僕の名を呼ぶ。
それが無性にうれしい。
「……この姿で僕だってわかってくれるの?」
「はい、今の姿ではありませんが、サラマンダーの姿のヴィンデさんを、私は夢で見ています。たとえお魚でも、サラマンダーでも、ドラゴンでも、ヴィンデさんはヴィンデさんですから」
「素敵な彼女さんですね」
クリスは僕にそう微笑みかけた。
あぁ、そうだ、クリスのこともちゃんと説明しておかないと。浮気をしたと勘違いされたら困る。傍から見たら、従魔の首輪を外した現在の僕って、別の女性に会うために結婚指輪を外している夫みたいだもんね。
……あ、傍からみたら美女と超絶美少女とでかいトカゲですか……トカゲじゃなくてサラマンダーだけどね。
「ノーチェ、でも無事でよかったよ。今すぐその縄を解くから!」
「待ってください、ヴィンデさん。こんな姿ですけれど、私、攫われたわけではないんです」
「……え?」
どういうこと? 攫われたわけじゃないって?
更新が遅くなってすみませんでした。




