謎の女勇者
ギルド職員が去っていくも、僕は警戒せざるを得ない。
謎の勇者クリスティーナ。
なぜ、彼女は僕を従魔だと言ったのか。僕を庇った? いや、そもそも、ギルド職員たちは僕を捕縛しようとは思っていたが、痛めつけようとかそういう目的はなかった。なら、何故僕を助けたのか?
「私が来たからにはもう大丈夫ですよ、ヴィンデさん。喋ってください」
「…………!?」
僕が喋れることを知っている? しかも、僕の名前まで調べ上げているだって?
まさか、こいつ……僕のストーカー!?
そりゃ、確かに今の僕の姿は鏡で見る限り、プリティーでキュートだけれども、まさか僕を手懐けて、あんなことやこんなことをするつもり!?
「け、けだもの!?」
「あの、初対面の方にこういうのはあれですけど、外見だけで言えばケダモノは貴方ですよね。何を思っているのかは知りませんが、メイベルに頼まれてきたんです」
「メイベルに?」
「はい。メイベルとは友達ですから」
そっか、そうなのか。
メイベル、こうなることを予想して手を打ってくれたのか。助かる。
「さっきはけだものって言ってすみません。助けてください、大切な人が攫われてしまっている可能性があるんです」
「はい、事情は聞いています。ノーチェさん……でしたよね? 急いで助けましょう。私を案内してもらえますか?」
クリスティーナは僕を抱え上げて肩に乗せる。すると、妙な現象が起こった。
足元がはっきりと見えない。クリスティーナの胸が大きすぎる。
って、こんな非常事態に何を考えているんだ、僕は。
「あっちです!」
僕はマッピングを頼りに、目的の場所へと向かった。
そして、3分ほどでたどり着く。
「ただの壁……に見えますね」
「クリスティーナさん、蜘蛛は天井付近から出入りしていました。きっとそこだけが通り抜け可能なんだと思います」
そう言って僕は天井を見上げる。
九階層からの覗き穴。それが大きくなっていた。
迷宮の壁は壊れないと聞いていたけれど、よく見るとあの穴の周囲だけ色が異なる。もしかしたら、あそこはもともと空洞だったのかもしれない。それで、誰かが穴を塞いだのかも。
それを魔蜘蛛が気付き、穴を広げた。そして、それに気付いたスパイダーハンターは自分たちが通れるようにさらに穴を広げた……のかもしれない。
「天井付近ですか。三メートルくらいですね」
彼女は持っていた鞄の中から、小石を取り出して投げていく。
ほとんどの石は壁に跳ね返るけれど、ひとつだけ跳ね返らずに壁に吸い込まれていく石があった。
あそこが入口のようだ。
それを確認すると、クリスティーナは思いっきりジャンプした。
天井にぶつかるっ!
咄嗟に僕はそう思う。彼女の跳躍力は僕以上だった。
だが、彼女はさらに空中でジャンプをした。
まるで空気を足場にしたみたいに真横に飛ぶ。
「入れましたね」
「びっくりした……クリスティーナさん、今のって」
「多段ジャンプというスキルです。空気を蹴って軌道を変えることができるスキルですね」
「へぇ、そんなスキルがあるの」
覚えたら、空中での急な方向転換に便利そうだ。
急旋回といっても限界があるから。
【多段ジャンプを取得するにはスキルポイントが足りません】
うん、やっぱり覚えられないか。
二段ジャンプなんて、ゲームの中のキャラにしかできないと思っていたけれど、本当に使える人がいるんだなぁ。
そして、入った空間は、通気口のダクトみたいな場所だった。僕は普通に歩いていけるけど、クリスティーナが進むには少し辛そうだ。
しかも段々と狭くなっている。
「ちょっと待ってください、鎧を外しますから」
彼女はそう言うと、一度ダクトから出て、鎧を外して戻ってくる。
そして、僕たちは前進した。
少し下に傾いている通気口を、ぐるぐると回りながら進む。
「ん……きついですね……」
「もう少しで広くなっている……あの、クリスティーナさん、無理なようなら引き返してもらっても――」
「大丈夫です。あと、私のことはクリスでいいですよ、親しい人は全員そう呼んでますから。ヴィンデさん」
「うん、ありがとう、クリスさん」
そう言って振り返り――僕は彼女が中々進めない原因に気付いた。
胸がつっかえているんだ。
「……出口だ」
無心になり、僕はひと足さきに広い場所に出た。
そして、そこで見たのは――
あたり一面に存在する蜘蛛の巣だった。
「蜘蛛の迷宮……なのかな。でも魔蜘蛛の糸って時間が立てば消えるはずなのに」
「魔蜘蛛は攻撃の糸と巣をつくるための糸は違う糸を出すそうです。巣作り用の糸は、それを吐き出した蜘蛛が死なない限り消えないんでしょうね。それと、足元――僅かにですが蜘蛛糸の燃えカスがあります。最近、誰かがここを燃やして進んだ可能性があります」
「……やっぱりスパイダーハンターはここに来たんだ」
ノーチェもここにいるに違いない。
そう思った時――僕の索敵スキルにそれらは引っかかった。
かさかさと動く音とともに、前方に現れたのは魔蜘蛛の群れ。
その数、ざっと30。
毒糸を吐かれたら厄介だ。
「クリスさん、下がって! ここは僕が――」
言い終わる前に、僕は光の線を見た――気がした。それが煌く剣が残した残像だと気付いたのは、目の前にいた三十匹の魔蜘蛛の胴体が切り裂かれ、絶命した後だった。
カチャッと音を立て、剣を鞘に収めるクリスを見て、僕は言葉が出ない。
全く、動きが見えなかった。常人の動きじゃない……一体、何者なんだ?
「では、いきましょう、ヴィンデさん」
何事もなかったようにクリスは笑ってそう言ったのだった。




