メイベル
この子がノーチェの友達なのか?
「もしかして、メイベル? メイベルなの?」
「はい。本当にノーチェさんなんですね。あたまにドラゴンを乗せてるからもしかしたらと思ったけど」
どうやら僕が目印だったようだ。
ノーチェも彼女が友達だとはわからない様子。子供の頃会ったきりで、文通のみの付き合いだったらしいから仕方がない。
てっきり同い年くらいかと思っていたけど、ちょっと年下なんだな。
……で、なんでメイド服?
いや、まぁメイドカフェのようなメイド服ではなく、本格的な給仕服だけどさ、でもやっぱりメイド服だ。
確か、雑貨屋で働いているって聞いたんだけど、レストランなのかな?
「メイベルの店、すぐ近くなの?」
「ここですよ」
メイベルが見たのは、僕が買い物をしたサフラン雑貨店の真横の店で、サフラン雑貨店よりも小さな造りながらも、多くの客で賑わっていた。
だいぶやり手のオーナーさんのようだ。
「ちょうど私も休憩に入るところだったんです。来てください、ノーチェさん」
僕たちが案内されたのは、店の裏の四階建ての建物だった。建物の上にはこの世界でははじめて見る給水タンクもついている。
CLOSEの看板がかかっているから、何かのお店だとは思うんだが。
メイベルが鍵を開けて中へといれてくれた。
白いテーブルクロスがかけられたテーブルと椅子が複数並び、奥には厨房らしき場所も見える。
どうやらレストランのようだ。
「ここは?」
「一階はお昼はレストラン、それ以外は私たちの食事を作ってるんです。二階から上は私たちの寮になっています。お風呂もあるんですよ?」
「え、お風呂もあるの?」
給水タンクがあるからもしかしたら、とか思っていたが風呂もあるのか。
それは凄いな。
「……あの、メイベル。私たちを勝手に入れてよかったの? オーナーさんに怒られない?」
ノーチェは恐る恐る尋ねた。
そうか、メイベルはこうして明るく振る舞っているが奴隷だったんだよな。血色もいいし、身なりも綺麗だからそうは見えなかったけど。
奴隷といえば、かつて領主の家に運ばれた子供たちがいて、全員奴隷の証である首輪を着けていたけど、メイベルはそれも着けていない。
「……あぁ、実は私、奴隷から解放されたんですよ」
へぇ、それはラッキーだな。よっぽど真面目に働いたのが評価されたのだろうか?
「ついでにお店とこの寮も貰っちゃって」
「「え?」」
ノーチェと僕は思わずそう言ってしまった。
メイベルは僕が声を上げたのに気付いていないようだが。
え? でも奴隷を解放しただけでなく店と寮をポンとあげるって、どんな大富豪だよ、それ。
「じゃあ、この建物もお店も全部メイベルのものなの?」
「名義上はそうです。でも従業員が他に四人いて、とりあえず共通財産って感じにしています」
「じゃあ、メイベルの元ご主人の方はもういないの?」
「あ、いいえ、いつも遊びに来て料理を作ったり、自作した武器を持ち込んだりしていますよ。あの方が作った武器防具はとても人気が高く、前も金貨2000枚くらいで売れましたし」
「それは凄いな」
思わずぽつりとつぶやいた僕の言葉に、メイベルは目を丸くし、
「もしかして、本当に喋れるんですか?」
「あぁ、えっと、ごめん、脅かして。初めまして、僕はヴィンデっていいます。ノーチェの旦那をしています」
僕が頭をぺこりと下げると、
「驚きました。ノーチェさんのことを疑っていたわけではないんですが、喋るドラゴンなんてはじめて見ましたよ」
「どういたしまして……メイベルはノーチェに対しては敬語なんだね?」
「それは、ノーチェさんのほうが年上ですからなんとなくこうなってしまうんです。文通でも注意されていたんですけど」
ちょっとだけ困ったようにメイベルが言った。うん、ノーチェ程ではないが可愛らしいな。
「そういえば、この前男の人からノーチェさんの手紙を預かって、解毒ポーションを渡したんですけど、どうでした?」
「あぁ、それなんだけど……」
ノーチェは包み隠さず全てを話した。解毒ポーションを飲ませても効果はなく、僕の角を元に作った薬でも一時的に症状を抑える薬しかできなかった。そして、魔法のレベルを高める杖を手に入れ、キュアフォルテという魔法で治療し、全員が完治したと。
「そう……解毒ポーションでも効かなかったんですか。でも全員が治ってよかったです」
「うん、私はヴィンデさんの言った通りにしただけで、他は何もしてないんだけどね」
「そんなことないよ。ノーチェの頑張りがあってこそだよ。僕ひとりだったらそんな重責には耐えられずに逃げ出していたよ」
「いいえ、私が頑張れたのはヴィンデさんがいたからです」
「それを言うなら僕が親身になったのはノーチェの優しさが――」
「――本当にラブラブなんですね。少し羨ましいです」
メイベルがそんなことを言った。
「メイベルだって、前オーナーに気に入られて奴隷から解放されたんじゃないの?」
「あの方は、私たちとは違う尺度で生きていますから。きっと私だからとかそういう理由ではないと思うんです」
その後も、メイベルの休憩時間が終わるまで僕たちは会話を続けた。
「ところで、ふたりは宿は決まっているんですか? 部屋なら余っていますから自由に使って下さっても結構ですよ。本当は男性は立ち入り禁止なんですが、まぁドラゴンなら問題ないでしょう」
「ううん、さすがにそこまでは。私たちも冒険者になったから、今日は冒険者ギルドの宿に泊まります。それに、女性ばかりのところにヴィンデさんを泊まらせるのはあまりよくありませんし」
おっと、ノーチェの嫉妬かな。嬉しいな。
「あ、そうそう、こんな大きな店ならちょっとわかるかな」
僕はアイテムBOXからひとつのアイテムを取り出す。
使い道もわからずに放っておいたものなんだが。
昔、マザーアントという魔物を倒したときに手に入れた宝玉だ。
「蒼の宝玉ですか?」
「わかるの?」
「名前だけですが。レア度が高いのでそれ以外は何も。宝玉と言えば西大陸の精霊の宝玉が有名ですが、それとも違うみたいですね。ただ、前オーナーならばもしかしたらわかるかもしれません」
「どうして?」
「前オーナーは、鑑定スキルをマスターしているそうですから」
え? 鑑定レベル10ってこと?
それは凄いな。
「お預かりしてもよろしいでしょうか?」
「お願いするよ。えっと、鑑定代金は?」
「必要ありません。前オーナーは、珍しいアイテムがあればぜひとも持って来てほしいと仰っていましたので」
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
そして、メイベルの休憩時間が終わったので、僕たちは一緒に寮を出て、メイベルはそのまま店の裏口から店内へと入っていった。
うーん、メイベルの元主人はどんな人なのだろうか?
聞いたところによると、年齢はノーチェとそう変わらないらしい。
いろいろと謎が深まるな。
そう思った時、
「うあぁぁぁぁ、なんでミック……30個開けて20個ミックってどんな確率だよ」
店の近くから叫び声が。その声は、先ほどサフラン雑貨店でパーカ人形を買い占めようとしていた男の声だった。
15,6歳の黒髪の男。手には犬の指人形が握られていた。パーカ人形の箱を地面に置いて中身を確認しているようだ。後ろ姿なので顔はよく見えないが、あの様子を見ると、本当に人を雇って人形を買い占めたのだろう。……なんというオタクだ。
メイベルの主人みたいな人もいれば、あんな男もいる。
世の中バランスが取れていないなぁと思いながら、僕たちは冒険者ギルドの営む宿に向かうことにした。