番外編:ヴィンデのクリスマス
メリークリスマス!
クリスマス外伝です。結構適当に書きました。そのせいで本編短めになっちゃいましたけど。
「うぅ、寒い……冬眠してしまいそうだ」
僕は変温動物だから寒さに弱い、そんなことはわかってるのに。
でも、僕は今、冬眠しそうになっていた。
視界は真っ白。
吹雪で何も見えない。
唯一現在位置がわかるマッピングのスキルを使っても、大雑把な位置でしかわからない。
こんな状態で飛んで移動するなんて自殺行為だから歩いていたが、もう限界だ。
寒い寒い寒い。
寒さは僕の正常な判断を鈍らせる。
寒いなら火を出せばいいじゃないか。
――ドラゴンブレス!
高熱の炎を周囲に振りまきながら歩いた。
雪が溶けていくのを見て、これなら少しはマシになるかと思った。
だが――雪が溶け、水になり、蒸発する――すると気化熱により周りから温度を奪い、その結果、一度溶かした水を凍らせる。
そして、僕は空を飛んでいない。
結果――盛大に転ぶ。
バランス強化のスキルを持っているのに転ぶ。
転んでさらに滑る。
雪に顔を埋める。
「ぐっ……何をしてるんだろ、僕……」
このままだと本当に死んでしまう。
全ての始まりは昨日のことだった。
※※※
6日前の夜。
僕とノーチェは宿の一室で話していた。
「へぇ、地球ってそんな場所なんですか」
「うん、といっても、僕も記憶喪失で曖昧なんだけどね」
僕はノーチェに、僕の生まれ故郷である地球について話していた。
魔法が存在しないことや、学校のこと等、とりとめもない会話が続く。
「雪ってみたことがないんですけど、とても綺麗なんでしょうね」
「あぁ、綺麗だけど降ると大変なんだ。車ってさっき話したよね、車がスリップしたりして」
「そうなんですか。でも、一度見てみたいです」
そこで、僕は閃いた。
今が何月何日かはわからないが、雪が見たいというノーチェの願いをかなえてあげたい、そう思った。
「そうだね。雪にちなんだイベントでもしたいなぁ」
冬のイベントって何があったかなぁ。
「バレンタイン……はこの世界じゃ無理か」
「バレンタインってなんですか?」
「えっと、女の人が好きな人にチョコレートを贈って気持ちを伝える日なんだけどね、それは無理そうだなぁと思って」
チョコレートがこの世界にあるかどうかもわからないし。ノーチェからチョコレートを貰ったらもう興奮しすぎて爆発するだろうけど、ないものは貰えない。
「そうだ、じゃあ、クリスマスパーティーをしようよ」
「クリスさんのパーティーですか?」
「クリスって誰? なんか頭の悪そうな女の子の名前っぽい気がするけど。でもそんなこと言ったら全世界のクリスさんごめんなさい、だね。クリスマスパーティーだよ。えっと、僕の世界で、神様が生まれた日って言われてるんだけどね」
ゲノムとは別の、きっちりした神様だと心の中で付け加える。
「クリスマスの日には、大切な人と一緒にパーティーをするんだ。プレゼントを交換したり、おいしいごはんを食べたりして楽しむんだ。僕はクリスマスのメインになるものを用意するから、ノーチェはおいしいごはんを用意してよ。それで、二人でパーティーをしよう」
「楽しそうですね。いつにします?」
「そうだね。一週間後の夜とかどう?」
「いいですね。じゃあ、ペアトリスさんとゴルサーブさんも呼んで、四人でパーティーをしましょう。訓練場を借りて」
「そ、そうだね」
二人きりでパーティーをしたかったのに……いや、僕の言い方が悪かった。
でも、ノーチェも乗り気だし、まぁいいや。
それで、クリスマスに一番大事なもの――それはモミの木でしょ!
ということで、僕はサブさんからモミの木の生えていそうな場所を聞いて、パーティーの前の日に、朝から用事があると言って出掛けた。
すると、東の山の頂上付近にそのような木が生えているとのことで、そこを目指すことにした。
空を飛び、猪突猛進と飛行補助を併用して猛スピードで山を目指した。
その雪山というのが、標高4000メートルの山だとは知らずに……。
いえ、嘘です、本当は町にいたときから見えていました。
でも、流石にこれはないだろうとどこかで思っていた。
僕がバカでした。
3000メートルを超えたあたりから吹雪のせいで空を飛べなくなった。
そして、それでもマッピングがあったら道に迷うことがないし、いざとなったら引き返せばいいかと思っていたが……引き際を間違えてしまったようで、本当にどうしたものか。
このままだと死んでしまう……前に本当に冬眠に入ってしまいそうだ。
体温がだんだんと下がってくる。
このまま冬眠して、春まで寝たくなる。あ、今が冬というわけじゃなく、標高4000メートルだから年中寒いのか。なら永遠に眠ってしまうのかな。冬眠かぁ。熊みたいに土の中に入っていれば暖かいだろうな。
土の中?
「それだ! 落穴!」
僕は雪の下にあるはずの大地に穴を空けた。
と同時に、目の前の雪が陥没するかのように落ちていく。
そして、僕はその穴の中に飛び込んで移動することにした。
最初からこうすればよかった。
土の中なら吹雪の心配もないし、落穴ならMPの消費も少ないし、魔法で掘った穴なら崩落の危険もない。
ははは、楽勝楽勝!
「落穴!」
穴を掘り、そして、目があった。
こんな雪山だから誰もいないと思ってました。索敵を使っていませんでした。
【スノーベア:HP592/592】
なんで雪山にホッキョクグマがいるんだよ!
てか、グリズリー並みにでかいじゃないか!
色も赤! 僕と対等じゃないか!
「ええと、お邪魔しました、ごゆっくりお休みください……」
僕は穴を引き返していくが、
あ、怒っていらっしゃる?
『ぐがぉぉぉぉぉぉっ!』
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
雄叫びが僕の鼓膜を震わせ、再度僕の悲鳴が僕自身の鼓膜にダメージを与えた。
僕は急いで入ってきた穴を戻って行き――入ったはずの穴が雪で塞がっているというアクシデントがあり、結局命からがらスノーベアを倒した。
※※※
「これがモミの木ですか」
クリスマスパーティーの日、といっても12月24日でもないんだけどね。
飾りつけをしたモミの木を、ノーチェがとても珍しいものを見るように見上げていた。
うん、ノーチェが感動してくれたのなら持ってきた甲斐があったよ。
でも、なんでモミの木が標高4000メートルの山の上に普通に生えているのか、本当にわからない。
この世界の神も、ゲノムと同じでかなりおかしいんじゃないだろうか?
そして、パーティー開始。
「今日はお招きいただき、ありがとうございます、ノーチェさん。ヴィンデさん、最近会いに来てくれなかったから寂しかったですよ」
「おぉ、見事なモミの木じゃな。でも、何故モミの木なんじゃ?」
ペアトリスとサブが来たので、パーティーは始まった。
料理は全部ノーチェが作ってくれた。どれもおいしいのだが、一番感動したのは、肉と野菜のいためもの。
だって、ノーチェ、僕と最初に会った時は肉料理なんて知らないって言っていたのに、この肉野菜炒め、とてもおいしいんだもん。
僕のために一生懸命覚えてくれたに違いない。
でも、どうせならこのクリスマスパーティーは二人で楽しみたかったな。
食事を終えてから、プレゼント交換の時間がやってきた。
僕、サブ、ノーチェ、ペアトリスの4人での交換会。
プレゼントの端に紐を付けて、反対側の紐を引っ張るシステム。
もちろん、僕もプレゼントは用意している。
ただ、ペアトリスは僕の秘密をほとんど知らないため、用意できるプレゼントはとても限られた。
紐はシャッフルされ、それぞれ好きなヒモを選ぶ。
レディーファーストということで、ノーチェとペアトリスが先に選び、結局、僕が残り物になった。
僕のプレゼントは結構小さな箱に入っていた。小物だとしたら、ノーチェからのプレゼントの可能性が高いな。
そう思って開けたら、中に入っていたのは――
……鉄のバングル?
「おぉ、ヴィンデ君のはワシからのプレゼントじゃな。ワシが昔使っていたトレーニング用具だ。それを使って立派な漢になるのじゃよ」
……いらないよ! こんなのつけたら空を飛ぶのも大変だし!
「わぁ、これ、凄い! ヴィンデさんからのプレゼントよね! とてもうれしいわ!」
そう言って、大はしゃぎしているのはペアトリスだ。
僕が用意したスノーベアの毛皮――肉は食べるから、毛皮部分を剥いでプレゼントに使うことにした。
「よかったですね、ペアトリスさん。いつも毛皮のコートを着ていますし、ちょうどいいプレゼントですね」
やめて、ノーチェ。そんな深い意味はないよ。
「ありがとう、ヴィンデさん。一生の宝物にするね」
一生の宝物とか、そんなのいらないんだけど。
「おぉ、これは手編みの帽子か……うむ、夜は冷えるから助かるのぉ」
今度はサブが貰った帽子がとてもかわいらしい。あれ、もしかして――
「私が編んだ帽子です。喜んでもらえてとてもうれしいです」
あぁ――ノーチェの手編みの帽子!
そんな、僕が貰いたかった!
最後に、ノーチェがプレゼントを開ける。
小さな袋の中にあるそれを開けて、出てきたそれは――真っ赤な首輪。
「え?」
「とってもきれいな首輪でしょ? 絶対ヴィンデちゃんに似合うと思うんですよね」
うっとりとした笑顔でいうペアトリス。
ノーチェが貰っても僕が貰っても僕に使うことになるんだろうな。
「ペアトリスよ、もしもワシがその首輪を引き当てたらどうするつもりだったんじゃ?」
「その時は責任を取って支部長がつけてください」
「……この孫は……」
いや、爺さん、あんたのプレゼントも大概だったぞ。
よし、今夜のメインイベントに取り掛かるか。
僕は木を登って行き、その天辺に立つ。
「ヴィンデさん、危ないわよ!」
ペアトリスが叫ぶが僕はアイテムBOXから、ノーチェへのプレゼントを取り出した。
取り出した、取り出した、取り出した。
無数の取り出したアイテムは静かに落ちていく。
「これは……冷たい」
「雪じゃな」
「これが雪なんですか」
僕はアイテムBOXに入れた雪をゆっくりと出し続けた。
ペアトリスが、「あれ? でもどうして雪が急に振ってきたんですか?」と首を傾げた。
うっとりとした目で雪を見上げるノーチェを見て、彼女のその笑顔が僕にとって最高のクリスマスプレゼントだな、と思った。
でも、本当の最高のプレゼントは宿に帰ってから手に入った。
「ヴィンデさん、今日はありがとうございました」
「ううん、僕も楽しかったよ」
「あの、これ、私からのプレゼントです」
ノーチェは少し恥ずかしがりながらも包装紙でラッピングされた箱を僕に渡してくれた。それに僕は歓喜する。
「ありがとう、ノーチェ! ずっと大事にするよ」
「あの、ずっと大事にせずに、食べてほしいんですけど」
「食べる? あぁ、食べ物なんだ。なんだろうなぁ」
肉の塊かな? それともクッキーかな。
そう思って、箱を開けた――そして、そこにあったのは。
「え?」
僕はその黒い塊に固まってしまう。
「ヴィンデさん、バレンタインって、これでよかったんですよね」
ノーチェが笑顔で言った。
そう、箱の中に入っていたのはチョコレートだった。しかもハートの形の。
「ラビスシティーで働いている友達に相談したら、その友達が働くお店のオーナーさんがチョコレートを持っているらしくて宿まで送ってもらったんです……あれ? ヴィンデさん」
「……幸せすぎて爆発しそう」
この日、僕は世界一幸せな竜になった。
チョコレートはとても甘くて、とてもおいしかった。
謎のオーナー(K)
「チョコレート、とりあえず1キロもあったらいけるか?」
ノーチェの友達(M)
「いえ、一人分なら100グラムで十分ですよ」
K「それにしてもチョコレートかぁ……チョコレートには嫌な思い出があるからなぁ」
M「へぇ、(K)様、どんな思い出があるんですか?」
K「チョコレートに殺されそうになった」
M「え?」
K「いや、正確にはチョコじゃなくカカオ豆から作られたハンバーグなんだけどな」
M「え? え?」
なんて会話があったりなかったり。




