温泉はいい湯だな
結局、老婆は一ヶ月前から心臓が弱っていたという証言が多くあり、事件性がないということ、さらに鍵が内側からかかっていた完全な密室だったということで、事件性が全くない病死だろうということで終わった。
僕たちがあの場にいた理由も、実はあの牧場は「美味しい牛乳が飲める牧場」として有名で、それを飲みに行ったということにした。実際、僕も牛乳飲みたかったし、ノーチェにもその話はしていたからウソではないしね。
魂アイテムの探索はできなかったが、まぁ、仕方ない。
ただ、身内がこの町にいないそうなので、遺品などが近々処分され、その代金は公共墓地の運営費にまわされると話を聞いたので、その時にでも買うことができる可能性はある。
ノーチェが心配していた牧場の牛たちも、ひとまずはギルドが管理することになり、殺処分などはないそうだ。
ただ、事件性がなかったとはいえ、事情聴取や事後処理などで手間取り、解放されたのは夜になっていた。
ギルドから宿に連絡が行っているので、食事は置いていてもらったんだが。
んー、なんとも豪快な料理だな。
ノーチェが食べているのはクリームキノコパスタ。とても美味しそうだ。
それに引き換え、僕の目の前に置かれたのは――キャベツだった。
一玉丸ごと。
「よかったら私のパスタ半分食べますか?」
『いや、キャベツは嫌いじゃないし、うん。歯ごたえがあるからこれで十分だよ』
首を横に振り、念話で伝える。
うわぁ、新鮮だ。
口の中でシャキシャキいってる。噛むたびに水が溢れてくる。
しかも、消化にはとてもよさそうだ。
僕がキャベツの芯まで食べ終えた頃、ノーチェもちょうど食事を終えたので、二人で部屋に帰ろうかと思ったんだが――
「ヴィンデさん、部屋に帰る前にお風呂に行きましょうか」
『え?』
お風呂って……え?
いいのですか?
僕、こんな姿をしていても心は男なんですけど。
覚悟を決めろ、ヴィンデ!
ノーチェから誘ってくれたのに断るなんてかえって失礼だろ。
よし、行こう!
『まぁ、オチはわかってたんだけどね』
脱衣所が三つに、男用、女用、従魔用に分かれていた。
「じゃあ、ヴィンデさんはこちらから入ってくださいね」
『……はい』
とぼとぼと入って行く僕。脱衣所って、脱ぐもの何もないんだけどね。
むしろ、さっきまでテンション上がりすぎたせいで、今は抜け殻状態なんだけどね。
いやいや、テンション上げていこうぜ、僕。
お風呂なんてこの世界に来てから入ったことなんて一度もなかっただろ?
楽しみじゃないか。
それに、女湯と魔物湯は隣同士だから、柵越しに会話するというのもなかなか乙じゃないか。
そう思い、テンションを上げてお風呂に向かい、飛び込む――前に。
「水球!」
かけ湯を忘れてはいけない。
そして、お風呂に入った。
んー、いいな。お風呂は10人くらいは余裕で入れそうな木の湯船。
あと、お湯を沸かしているのかと思ったら、これ、温泉だ。
白濁していてお肌がすべすべしてくる気がする。
鱗で覆われているし鮫肌だからそんなことは絶対にないんだけど。
「ヴィンデさん、湯加減どうですか?」
『最高だよぉ』
思ったより近くから聞こえてくるような気がするノーチェの声に、僕は一応、念話で答えた。
目を瞑ったら、本当に横にいるように思えてくる。
「なら、私も入りますね」
ノーチェはそう言うと、かけ湯をして、湯船に――ってあれ?
お湯に入る音が真横から聞こえてくる。
別の魔物が入ってきたというオチじゃない、ノーチェの気配は確かに真横にあって、これはもしやあれでは?
脱衣所は別でも中は一緒という夢のシステム?
いやいや、騙されませんよ、きっと何か深い罠が。
僕は目を開けて横を見て――
『ほらやっぱり』
僕は呟いた。だって、横にいたのはノーチェだったから。
『って、ノーチェ!?』
「どうしたんですか、ヴィンデさん、大きな声を上げて」
『……い、いや』
いいんですか?
本当にいいの?
見ちゃっていいの、ノーチェの……えっと、本当に?
僕は視線を……ゆっくりと下げていき……、そこで見たのはピンク色の……
「可愛いですよね、この湯浴み着」
『うん、可愛いね』
ノーチェの着ているピンク色の湯浴み着をしっかりと見た。
うん、だと思った。
「気持ちいいですね」
『そうだね。源泉かけ流しのようだし、僕の心の闇もしっかり流れていくといいんだけどね。そうだ、ノーチェ、面白いもの見せてあげるよ』
「なんですか?」
「水流操作」
僕が魔法を唱えると、突如、お湯がひとりでに動き出し、噴水のように噴き出した。
さらに、意識を集中させ、今度はその水流が二つに別れ、ハートの形になる。
「とても綺麗です、ヴィンデさん」
「本当に綺麗ね。これ、その子がやってるの?」
え?
思わず意識を魔法から手放してしまい、水は音を立てて湯船に落ちた。
振り返ると、湯浴み着を着た銀髪の女性がいた。
ギルドの受付嬢、ペアトリスだ
「ペアトリスさん、すみません、ちょっと遊んでました」
ノーチェが謝り、僕もごめんなさいと頭を下げる。
「いいのいいの。今日はいろいろと手伝ってくれてありがとうございました。それにしても、ヴィンデさんって凄いね。かわいいのに強くて、その上、水まで操るなんて」
「はい、ヴィンデさんは凄い人です」
「はは、凄い人ね。まぁ、ノーチェちゃんたちの絆の深さはその子がネームドモンスターだってことでわかってたけど」
「ネームドモンスター?」
ノーチェにとっては聞き覚えのない名前らしく、首を傾げた。
「知らずに名前をつけたの? 魔物は強い忠誠を誓う相手からしか名前を受け取らないのよ。その代わり、名前を受け取った魔物はネームドモンスターと呼ばれ、少しだけ強くなるの」
え? アロエは普通に名前を貰ってくれたし、リベルテは紆余曲折あったけど名前を受け取ってくれたけどなぁ。
「ヴィンデさん、そうなんですか?」
『んー、名前を貰って強くなったのは本当だけど、名前ってそんなに珍しいものだとは思わなかった』
あ、でもそういえば、地下武道会で、チャッピーちゃんと呼ばれている白蛇、アナゴスネークがいたけど、あいつをステータス把握で見てもアナゴスネークのままだったし、他の魔物達も名前のついている魔物はいなかった。
オーク大将も、昔は主がいたみたいなことを言っていたのに、ネームドモンスターじゃなかったし、ネームドモンスターのほうが少ないのかな。
セオドアも、試合前に、ノーチェの魔物使いの才能を認めるとか言ってたけど、僕がネームドモンスターだからだったのかもしれない。
そして、ペアトリスはかけ湯をして、僕の左側に座った。
あの時は毛皮のコートを着ていてわからなかったけど……この人胸大きいな。
ノーチェの倍はあるんじゃないだろうか?
「ヴィンデさん、あまり女性の胸をじろじろ見たらダメですよ」
ぶっ、ごめんなさい! 決してそんなつもりはなかったんです。
僕は咄嗟にノーチェの方を向いて謝罪の念を送る。
「え、ヴィンデさんって女性の胸が好きなんだ。それなら言ってくれたらいくらでも抱いてあげるのに」
そう言って、ペアトリスは僕を背後から抱きかかえると、自分の胸に引き寄せた。
だ、ダメ! 背中に胸が――マシュマロがあたってる!
やめて、本当に、どうにかなっちゃうから。
「んー、かわいいなぁ、ギルドのマスコットにならないかな。番犬兼マスコットとしてなら支部長も認めてくれると思うんだけどなぁ」
「ダメです! ヴィンデさんは私のヴィンデさんですから」
そう言って、ノーチェは強引に僕をペアトリスから奪い取ってくれた。
と同時に、僕の顔が――ノーチェの微かな膨らみに接触した。
「んー、やっぱりヴィンデさんは胸の大きさよりもご主人様の胸のが一番か。残念、お姉さんフラれちゃった」
ペアトリスはそう笑った。
そして、幸せ連携コンボから解放された僕だった。
「ねぇ、ノーチェちゃん。明日、依頼が張り出されるんだけど、受けてくれないかな?」
「依頼ですか?」
「うん、手紙の配達。北西にあるメトラって村なんだけどね。そこに住んでいるジルダって男の人に」
「ジルダさん……どうして私なんですか?」
「その手紙の差出人がね、さっき亡くなっていたお婆さんだったの。それと、そのメトラの村からも依頼があってね、力のある人か魔物を探していて、本当はセオドアさんとリバーダイルちゃんが行く予定だったんだけど、リバーダイルちゃんが、お昼の戦いでちょっと寝込んじゃってね、ヴィンデさんって小さいけど力があるからちょうどいいかなって思って。二つとも依頼を達成したら、特別にランクをFにしてあげちゃうから」
どうしよう? という目でノーチェは僕を見てきた。
『とりあえず、メトラの村まで往復どれくらいかかるか聞いて、一日や二日で終わるようなら受けてもいいと思うよ』
「そうですね」
結果、メトラの村には乗合竜車で半日、二日後にはこの町に帰ってこれるだろうということで、依頼を受けることにした。




