冒険者ギルドに登録しよう
緊張でなかなか眠れなかったけれど、目を覚ましたとき、横にノーチェがいるという幸せ。
ちなみに、馬の嘶きなんて気になることはなかった。
馬小屋だろうと荒ら屋だろうと気になることはない。
いや、本当のことを言えば、彼女にこんなところで寝かせたという罪悪感はあるんだけど。
エルフには化粧という文化はない。紅を差すこともしないし、アイラインを引くこともない。
せいぜい、髪をとくくらいで、つまりは朝起きてから夜寝るまで、そして寝てから起きるまで、ずっと彼女はこの美しさと可愛らしさを兼ね備えているということなのだ。
「顔を洗うなら、水を出すよ。ちょっと温めにして」
「はい、ありがとうございます」
温めの水を水球で出し(温度調整には限度があり、お湯は出せない)、二人で顔を洗い、口を濯ぎ、その後はノーチェはブラシで髪をとく。
二人で昨日、厨房を借りて今日の分まで作っておいた蒸かし芋と、店で買ったパンを食べて朝食を済ませた。
そして、宿屋のおばちゃんに馬小屋の鍵を返し、鍵代を返してもらう。
鍵代は、銭湯とかにあるロッカーに入れる100円みたいなものだが、宿代の3倍と少し高い。
その代わり、ロッカーの100円と同じで、鍵を返せば戻ってくる仕組みなんだそうだ。
ちなみに、馬小屋の鍵代が一番高く、馬に何かあったときの保険も兼ねているのだという。
そして、おばちゃんは鍵代の上に、さらに銅貨を3枚乗せてくれた。
「馬小屋を掃除してくれたんだってね。あんた達が食事を作っている時に主人がちらっとのぞいたら、信じられないくらい綺麗になってたって驚いてたよ。これ、サービスね」
「ありがとうございます、奥様」
ノーチェはそう言って、笑顔でその銅貨3枚を受け取った。
二人で銅貨9枚(僕が銅貨3枚ノーチェが銅貨6枚)の宿代だったから、1/3が戻ってきた感じだな。
「それで、これからどこに行くんだい?」
「はい、冒険者ギルドに、ヴィンデさんの登録に行こうと思ってます」
「そうか。それなら、乗合竜車がもうすぐ出るから急いだ方がいいと思うよ?」
おばちゃんのアドバイスに、『乗合竜車?』と僕は内心で首を傾げた。
※※※
『凄いな、これ。爽快だ』
「凄いですね、ヴィンデさん」
乗合竜車、竜が引っ張る馬車かと思ったら、そうじゃない。
そうか、これが竜車だったのか。
『地竜:HP980/980』
僕が乗っているのは、竜というよりはトリケラトプスみたいな魔物、地竜だった。
この地竜の背中には人が乗るためのテーブルや椅子が置かれていて、一度に最大10人まで運べるらしい。
しかも、驚くはその揺れの少なさ。
なんでも、地竜は背中に子供を乗せて運ぶ習性があるため、背中の一部分だけは全く揺れることがないという。
グラス一杯に注いだ水をテーブルに置いても、目的地に着くまで零れることがなかったとか。
ちなみに、今日の客はノーチェを含めて5人、御者が1人の計6人だ。
一人銀貨1枚、僕は体重の関係で子供料金の銅貨50枚を支払うことになった。
一応ノーチェの財布から出しているが、旅費として彼女に持たせているのは、僕がミスリルを売ったときに得たお金の一部なので、僕が甲斐性無しというわけではない。
「お嬢ちゃんは魔物使いなのかい?」
一緒に乗っていた爺さんがノーチェに尋ねた。
「はい、なったばかりですが」
「ふぉふぉふぉ、なったばかりでドラゴンを従えるとは、才能のある魔物使いなんじゃの。ということは、これからグレッスには魔物使いの修行に行くのかね?」
「魔物使いの修行?」
ノーチェが首を傾げると、
「知らなかったのかい? グレッスの町は魔物使いの聖地と言われる町で、この地竜をはじめとした国中の地竜は全てグレッスの魔物使い達が従えて、ここ、コースフィールド中を走っているんだよ」
「へぇ、そうだったんですか」
ノーチェも知らなかったようだ。
隣の国とはいえ、ノーチェはエルフの森から出るのは初めてだから、知らないことも多いだろう。
僕も知らないし。
それにしても魔物使いのメッカか。
『もしかしたら、オークのことについて書かれている本があるかもしれないな』
僕がそう念話で問いかけると、ノーチェは僕を見て頷いた。
こうして、僕たちはグレッスの町に行った。
もちろん、門の前で右足上げて、左足上げて、ついでに逆立ちまで披露したのは言うまでもない。
おひねりがもらえたのは嬉しい誤算だった。
グレッスの町は、シノライズの町と違い石造りの建物と木造の建物が半々くらいの、そこそこ大きな町で、郊外では地竜が放牧されていた。
このあたりは土壌が豊かなため、地竜の餌も豊富で野菜もよくとれ、しかも躾けられた地竜のおかげで他の魔物が近付くこともなく、コースフィールドで住みやすい町第二位に選ばれたとか。
第一位になれない理由は、魔物使いが多いからだとか。
確かに、あちこちに珍しい魔物がいるな。
小さな子供がロアーウルフに乗って散歩している。ゴブリンとコボルトが買い物鞄を持って、買い物をしている。
もうここまでくれば魔物の町だな。
とはいえ、僕にとっては住みやすい環境なのは間違いないだろう。
なぜなら、飼い主らしい人達が魔物に声をかけている光景がよく見える。
なので僕たちが会話をしていても周りからは不審がられない。
『ノーチェ、とりあえずは冒険者ギルドに行って、それから宿に行こう』
「そうですね、冒険者ギルドに行きましょう」
あぁ、普通に会話できるって素晴らしいな。
暫くはこの町を拠点にして頑張ろうかな。
グレッスの冒険者ギルドは、町の中央にある大きな石造りの建物だった。
中に入ると、そこはまるで……
『ペットカフェみたいだな』
魔物と一緒にコーヒーを飲む喫茶店。
そんな感じだった。
大型の魔物は入れないのか、一番大きな魔物といえば、右奥にいる水色のワニ……リバーダイルだろう。
ただ、やはり冒険者ギルドらしく、掲示板があり、様々な依頼が貼られていた。
魔物退治、薬草採取といった定番のものや、あとはもしかしたらこの町ならではかもしれないが、魔物捕縛の依頼まである。
奥のカウンターに行くと、魔物の毛皮をコートのように着ている若い女性、ペアトリスさんが声をかけてきた。
ステータス把握のおかげで名前はすぐにわかる。
「いらっしゃいませ、ようこそ冒険者ギルドグレッス支部へ。本日はどのような御用でしょうか?」
「あの、ヴィンデさん……このベビードラゴンさんを冒険者ギルドに登録したいんですけれど」
「わかりました。失礼ですが、あなたは冒険者ギルドメンバーですか?」
「いいえ」
「でしたら、まずはあなたに冒険者ギルドメンバーになっていただく必要があります。人間の登録には銅貨50枚、魔物の登録には銀貨3枚が必要になります」
「わかりました」
彼女はそう言って、巾着袋から銀貨を4枚取り出した。
「あ、お金の前に、質問事項がございます。まず、貴方のお名前と種族、出身地をうかがってもよろしいでしょうか?」
「ノーチェです。エルフ族で、出身地はエルフの森です」
「職業は魔物使いでよろしいでしょうか?」
「はい」
「他に使役している魔物はいますか?」
「ヴィンデさんだけです」
「使える魔法などがありましたら」
「風魔法を少し」
「結構です。冒険者ギルドメンバーとして貴方を迎える準備が整いました」
どうやら、ノーチェのほうはすんなりとOKが出たようだ。
「次に、従魔――そちらのヴィンデさん? でしたね。ヴィンデさんについて質問を致します。種族は――」
「ベビードラゴンです」
「どのように出会ったのですか?」
「川で襲われているところをヴィンデさんに助けられたんです」
「え、あなたが助けられたんですか?」
ペアトリスさんが怪訝な顔をした。
そうだよね、普通は魔物が助けられて、そこで恩を感じて従魔になるよね。
訂正させようかと思ったが、
「嘘はついていないようですね。人を助ける魔物というのも珍しいですが、きっとあなたに一目惚れでもしたんでしょうね」
そう言って、ペアトリスさんは微笑んだ。
もしかしたら、彼女、嘘をついているかどうか見破る能力を持っているのだろうか?
だとしたら、嘘をつかせないでよかった。
「いいでしょう、このベビードラゴンを冒険者ギルドメンバーの従魔として登録させて――」
「ちょっと待ちな!」
後ろからガラの悪い声が上がった。
「そいつが、ベビードラゴン、笑わせるんじゃないよ」
振り返るとさっきの水色のワニの上で胡坐をかいている、髭面のいかつい男が笑いながらこっちに近付いてきた。
毎度おなじみ、冒険者ギルド登録時の絡まれです。
風邪をひいて死んでます。




