ノーチェと同じ部屋で寝たいと思った
「土壁! 土壁! 土壁! 土壁! 土壁! 落穴!」
土の壁を作り、さらに穴を掘って出入り口を設置。
簡易の小屋を作り上げ、
「土壁! 落穴!」
壁に穴をあけて、家の前に簡易の釜戸を作成した。
「凄いです、ヴィンデさん!」
「旅の間、ノーチェに不自由な思いはさせられないからね」
夜は二人で晩御飯の準備。
オークから芋を貰ったので、とりあえずそれを茹でて食べることにした。
「バターがあればいいんだけどね。あ、ノーチェならバターよりマーガリンのほうがいいか」
「マーガリンってなんですか?」
「植物性油脂を使って作られたバターのような味の食品だよ」
長い爪でジャガイモの皮をむいて、両前足で芋を掴んで食べる。
うん、料理スキルのおかげか、それとも芋の鮮度がいいのか、いつもより美味しく感じる。
いや、一番のおいしさの秘密は、好きな人と一緒に食べているからだな。
「おいしいですね、ヴィンデさん」
「うん……あ、そうだ。ノーチェのステータス、見せてもらえないかな?」
「私のステータスですか?」
「うん。ステータスの閲覧を許可するって念じてくれたらいいんだ」
「わかりました」
ノーチェは目を閉じ、両手を合わせて祈るように念じてくれた。
【主人:ノーチェのステータス閲覧許可が出ました】
あぁ、やっぱりノーチェは主人扱いになってるんだ。
まぁ、それは僕が忠義を手に入れたときに知っていたけど。
あれ? でもアロエやリベルテからした僕は主人なのかな? 人じゃないんだけど。
主君? 主竜? なんなんだろうな。
……………………………………
名前:ノーチェ
種族:エルフ
レベル:2
HP 19/19
MP 18/18
状態:通常
スキルポイント2
攻撃 10
防御 9
速度 11
魔力 20
幸運 30
スキル:【弓術:Lv1】【風魔法:Lv1】【君主:Lv2】
称号:【魔術師】【支配者】
……………………………………
弓術と風魔法は生まれながらに持っていたのか、それとも他に入手する経緯があったのか。
君主と支配者は、僕の忠義を覚えたときに入手、レベルアップしていったのだろう。
それにしても、やっぱりあまり強くはないな。ロアーウルフに襲われるほどだし、覚悟はしていたが。
「ノーチェ、武器として持ってきたのは短剣だったよね?」
「はい。いけませんか?」
「ダメなことはないんだけど、ノーチェのスキルを見ると、どうもノーチェは弓矢のほうが才能があるようなんだよ。次の町に行ったら買って、練習しようよ」
ノーチェのためだ。ここは心を鬼にして頑張らないと。
「あと、風魔法のレベルも上げよう。毎晩、微風を50回やってみよう」
「はい、わかりました!」
この関係、なんかいい。コーチと生徒みたいだ。
ノーチェの魔力は、他のステータスよりは高いとはいえ、まだまだ低い。本当にそよ風程度の風しか出てこない。
一回MPを3消費するため、6回使えばMPが切れてへばってしまう。
でも、僕の秘密兵器、献身さえあれば、そんなノーチェのMPもすぐに回復できるんだよね。
「微風!」
3分後。
「きょ、今日はこれでやめにしよう」
「はい、わかりました……あの、ヴィンデさん、大丈夫ですか」
「うん、大丈夫」
本当は何回か死にそうになった。
だって、献身で消費するのはHP、でも僕の最大HPは13、さらに部位欠損により12までしかHPは回復できない。
ノーチェは微風3回でMPを9消費するから、そこで回復させると、僕のHPは一気に残り3まで下がり、瀕死の重傷。
ヒールでHPを回復させる、を繰り返した。
でも、そのおかげで、献身のレベルがようやく2に上がった。
献身のレベルが上がると、一度の献身で回復できる量が増える。
「じゃあ、ノーチェは休んでいていいよ。僕は外で寝るから」
「……一緒に寝ないんですか?」
ぐっ、一緒に寝ないんですか? だって?
なに、それ、いいの?
いいんだよね、婚約者なんだし。
エルフの村ではエルフの長老に歓待を受け、長老の家で寝泊りさせられたから、一緒の部屋ではまだ寝たことがない。
DT卒業……はこの身体だから無理だけど、でも添い寝くらいならいいよね。
というのをぐっとこらえ、
「外のほうが寝やすいからね。ドラゴンだし」
そう言って笑った。
家の中では風がない分、香りが届きにくい。
ここは町の中でもなければ宿屋の中でもない。獣のいる危険地帯。
索敵だけでなく、嗅覚での警戒も必要になる。
例え寝てしまったとしても、近付く匂いがあればすぐに目を覚ますことができるから。
でも、明日には人間の町に着く。そこでなら、きっとノーチェと同じ部屋で寝られるはず。
そのはずだったのに。
翌日、予定通りオークの村の北の町、シノライズに到着した僕たち。
入口で「三の命令」が行われた。
サイモンがやってみせたことを、念話を通じてノーチェにやってもらう。
三の命令とは、その魔物が本当にテイムされた魔物かどうかをチェックするために、主人が三つの命令をして、それをできるかどうか確かめることである。
最初と二つ目は簡単な命令、三つ目は少し複雑な命令を行う。
「右足を上げてください」
はい。僕は左後ろ足だけで片足立ちをし、右後ろ足を上げた。
「左足を上げてください」
うん、左後ろ足を上げる。
次は、右前足と左後ろ足ね。
「右足と左足を上げてください」
えぇぇぇぇぇっ!
ノーチェ、間違ってるよ、両足上げられないよ。
いや、ノーチェが間違っているなんて言ったらだめだ。
うん、考えたら、彼女は僕の前足のことを手だと思っていてくれているんだ。
ならば彼女の要望に応えるのが男ってもんだろ!
そして僕は両足を上げた。力いっぱい。
その反動で僕の体は反転、そこですかさず、両手を地面につき、逆立ちを決めて見せた。
手に入れたばかりのバランス強化のスキルが役に立った。
「おぉぉぉぉっ!」
門番の男は拍手して、つられてノーチェも拍手していた。
「流石です、ヴィンデさん!」
うん、ノーチェが喜んでくれたら満足だよ。
前足を叩いて、砂を払い落した。
こうして、僕は町の中に入ることができた。
シノライズの町は、木造の建物が並んでいて、のどかな町だった。
まずは宿屋の場所を聞いて宿を取ることにした。
あと、最高の情報が一つ。
町の中ではテイムされた魔物は、リードを繋ぐか、抱いて移動してくれと言われた。
そういえば、サイモンも僕をリードで繋いでいたな。
リードを買いに行こうと提案したら、
「ヴィンデさんにそんなひどいことをできません」
と言って、彼女は僕のことを抱きかかえてくれた。
「重くない?」
「いいえ、羨ましいくらい軽いですよ」
そ、それならいいんだよ。
こうして、僕は幸せに包まれながら、二人で宿屋へと向かい……幸せは脆くも崩れ去る。
「冒険者ギルドに登録されていない魔物は宿屋では泊まれないよ」
受付のおばちゃんが僕を見て、嘆息混じりに言った。
しかも、この町には冒険者ギルドがないという。
町で唯一の宿でそう言われたら、仕方がない。
「まぁ、大人しい小さな子みたいだし、馬小屋なら貸してあげるよ。馬小屋分は銅貨3枚ね。人間の分は一室銅貨30枚、夕食・朝食付きだと銅貨45枚だよ。あ、あと魔物の餌ならくず肉があるから、それなら銅貨5枚ね」
……仕方ないよな、僕はまだ魔物なんだし。
『ノーチェ、君は宿屋に泊まるんだ。僕は野宿の方が慣れているから』
ノーチェは、そんな僕の声を聞いて、「でも……」という顔になる。
いいんだよ、ノーチェ。
「あの……一度馬小屋を見せてもらってもいいですか?」
「いいよ、ついておいで」
宿屋のおばちゃんはそう言うと、奥にいるらしい彼女の主人に対し、「あんた、ちょっと客を馬小屋に案内するから受付け頼んだよ」と叫び、僕たちを案内してくれた。
馬小屋は宿屋の裏にあった。3頭の馬がいて、少し臭い。
藁があって、そこがベッドになりそうだ。
うん、馬の嘶きさえ気にしなければ、野宿よりも数倍快適じゃないか。
『気に入ったよ、ノーチェ。ここならぐっすり眠れそうだ』
僕がそう言うと、ノーチェは逡巡し、すぐに戻ってきますから、と言って、宿屋のおばちゃんと一緒に去って行った。
あぁ、ノーチェと一緒に寝るのはお預けだな。
でもまぁ、久しぶりのいい寝床だ。
食事も、今日はオークの肉を食べるかな。
そう思った時だった。
「あれ? この気配――」
一度去ったはずのノーチェの気配が近付いてきた。
そして、馬小屋の扉が開き、彼女が毛布を持って現れた。
「ノーチェ、毛布を持ってきてくれたんだ」
「いえ、今日は私もここで寝ます」
「え?」
「そのために、毛布も二人分借りてきました」
そう言うと、ノーチェは僕に毛布をかけて、寄り添ってくれた。
「それに、宿で出される食事より、二人で作る料理のほうがきっとおいしいですよ」
「じゃあ、また二人でご飯をつくるか」
「はい。今は無理ですけど、お客さんの分の夕食を作り終えたら、厨房を貸してもらう予定ですので、そこで作りましょう。それまでは二人で……」
「そうだね、二人で――」
「二人で頑張って掃除をしましょう! やっぱり今のままだとちょっと臭いですしね」
ノーチェに寄りかかろうとしたのに、ノーチェは立ち上がってそう宣言した。
「……そうですね」
僕は苦笑し、そしてモップと水魔法を使い、馬小屋の掃除を始めたのだった。
二人で仲良く。
それもまた、僕にとっては幸せだった。
 




